4-5 異世界バー『ジンジャー』
それから店にはジンジャーエールを求めてやってくるお客さんが徐々に増え始めた。
それに併せて売上金をはちみつに一番味の近かった『ハチム』を購入し、グレードアップ。
シナモンに関しては、アガルタで情報を集めて天然のシナモン木を伐採し乾燥させて、シナモンパウダーを造った。
まあその間にもひと悶着あったりなかったりしたのだが、今の状況に比べればそんなものはかわいいものだ。
一週間をかけてグレードアップした俺の店のジンジャーエール。
味はかなり前の世界にいたものによせることができた。むしろこっちの原材料の違いからか、若干強めのパンチと程よい甘さがマッチングしてかなり旨いものになっていると自負している。
そしてこの一週間でモーニングルーティンとなったシナモン集めを終えて、いつものように店に戻ると、店の前は大量の人と魔族であふれていた。
「なんだこれは!?」
乱闘寸前の冒険者と魔族を押しのけて、店の扉の前まで来るとそこに立っていたのは、一番最初にジンジャーエールを提供したあの狐頭だった。
「おうおう、さすがの無口なマスターでもこれは驚きか?」
なんだかにやにやしている顔が腹立つが、まさかこいつの仕業か?
「感謝しろよー、俺がわざわざ町でこの店の噂を広めて客呼んでやったんだからよ」
……というわけらしい。わざわざこの狐頭はアガルタとニブルヘイムの街で俺の店の宣伝をしてくれていたらしい。
それにしてもこの客の量はおかしいと思うが……やっぱりカクテルの物珍しさからか?
「開店までちょっと待ってくれ」
「はいはい」
相も変わらずにやついている狐頭。感謝しろよぉというなんとも間の抜けた声を背中に受けながら、扉を何とかあけて店の中に入る。
「アモンさ~ん、これはいったい何事ですかあ?」
リリスが涙目で店内入ってすぐのところで立ち尽くしながらおろおろとしている。
まあ一人でいて、いきなりこんなに大勢の人と魔族が集まってくればそりゃ不安になるってものだ。
「ああ、狐頭がやらかしたらしい。みんなよっぽどカクテルが飲んでみたいらしいな」
「狐頭……ああ! 先週来てくれたお客様ですね! それにしても本当にカクテルのためにこんなに集まったんですかね?」
「正直分からん、あいつが何か嘘をついているとも限らんしな。ま、ともかく急いで開店準備だ」
「はい!」
俺の到着で気を持ち直したのかリリスは勢いのよい返事をすると、店の奥にかけていく。まあ気合が入りすぎて店の奥にたどり着くまでに一回こけていたが……。
俺もこのシナモンを片付けて準備しないとな。
気合を入れ直すと、両手に抱えていた乾燥済みシナモンを所定の位置に保管する。
そしてリリスとともに大急ぎで開店の準備をした。
「よし、気合入れろ。あけるぞ……」
「……はい!」
リリスは身構えるように俺が手をかけている扉に向かってファイティングポーズをとる。
まあ全然強そうには見えないし、むしろかわいく見えてしまうくらいだからたぶんリリスのその行為に意味はない。
俺はそんなリリスの様子を見ながら、扉をあけ放つ。
「いらっしゃいませ! ガルフ・ろわああああああ!!」
リリスの挨拶は流れ込んできた客の話声で遮られ、さらには客の流れに逆らえずもみくちゃにされながら客の波に消えていった。
一人一人はそんなにスピードを出して入ってきているわけではないのだが、数が数だ。リリスはあっという間に店の奥に流れていく。
そしてリリスが店の中央に戻ってきたころには店内は満席以上、立っている人すらいた。
そして全員分の注文を聞いて三十分後、店内にいる者の手に握られているグラスに注がれていて、皆がおいしそうに味わっていたのはジンジャーエールだった。
「なんでだ!」
思わず小声でつぶやかずにはいられない。
俺はカクテルの箸休め的な感じでジンジャーエールを提供したいのに、どうしてこれがメインになっているんだ!
数名ならまだわかる。ただ全員が全員というのはいくらなんでもおかしいだろ。
俺は思わずすでに三杯目のジンジャーエールをあおっている狐頭を睨みつける。
俺の視線に気づいた狐頭は満面の笑みでサムズアップしてきやがった。
だめだ……俺の意思が全く伝わっていない……。
俺は狐頭から視線を外し改めて店内を見渡す。
ジンジャーエールが入ったグラスを片手に各々のテーブルで笑顔で話す客、そんな客のジンジャーエールのお変わりの対応に追われて走り回りながらも、どこか楽しそうなリリス、活気のあふれた店内。
全員飲んでいるものがジンジャーエールであるということをのぞけば、それは俺が理想としていたカクテルバーの雰囲気、光景に近かった。
「まあ…………いいか」
カクテルをあきらめるわけではない。でも今は目の前の客が楽しそうにしている。
それなら結果オーライか。前の世界では絶対に見ることができなかった景色をいまおれは目にすることができている。
全員飲んでいるものがジンジャーエールだというところが不服ではあるが!
そして夜が更けるまで、俺が調達してきた乾燥シナモンがなくなるまで客たちは数を徐々に減らしながらも店に滞在していた。
「リリスさん、これを俺にわかるように説明してくれるか?」
最早お祭り騒ぎだった前日から一夜明け、若干寝不足の中一階に下りると、目の前になぜか真っ黒ペンキにまみれたリリスが目の前に立ちはだかった。
白いワンピースにはところどころ赤いものも飛び散っている。
この子まさか殺人……んなわけないか。
「アモンさん! こっちです!」
「あ、おい」
リリスは自分が汚れに汚れていることも構わずに、俺の手を引いて外へと連れ出す。
「見てください! 力作です!」
そういいながらリリスが指さしたのは彼女の頭上。
恐る恐る目線を指さしている方に向けると、そこには信じがたい、いや考えたくもない光景が待ち受けていた。
「こ、これは……?」
文字通り開いた口がしまらない。
「はい! ガルフ・ロワイヤルではジンジャーエールの店とはわからないと思いまして、アモンさんが寝ている間に変えておきました!」
リリスはペンキまみれの顔で今までに見たことないくらいの清々しい、やりきったという表情で俺を見てくる。
そして……。
「ガルフ・ロワイヤル改めジンジャーです!」
そう言い放った。
彼女は俺が開店前に作った看板「ガルフ・ロワイヤル」という文字を黒いペンキで上から塗りつぶし、赤い文字で「ジンジャー」と上から書いていた。
その看板の端々にはこぼしたのであろう、黒いペンキ跡が盛大に飛び散っていた。
「リリスさん!?」
「はい?」
やっと目の前で起こっていることに頭の理解が追い付いてきて、俺はリリスを問い詰めようと、なんならぐりぐりの刑に処してやろうと、彼女の顔を見る。
しかし相変わらず彼女は一仕事終えてすっきりしているような、晴れ渡った笑顔を見せてくる。
そしてその表情のままリリスの澄んだ目が俺をまっすぐ見つめてくる。
「……はあ」
こんな顔されたら怒れないよなあ。
俺は握りしめていた拳を広げると、そのままその手をリリスの頭にぽんっとのせる。思わず笑みもこぼれてしまう。
「アモンさん?」
ま、まあこれも味があっていいか。端っこのペンキ跡とか他にない装飾でいいんじゃないかな。名前も何かこだわりがあってつけたわけじゃないし、ここはリリスの頑張りをたたえることにしよう。
「ただし……」
俺はリリスの頭にのせていた手をゆっくりと握り締め、拳に戻す。
「うちはジンジャーエールの店じゃなくて、カクテルバーだけどな!!」
「え? ちょ! アモンさん!! いたいたいたいたいたい!」
やっぱりぐりぐりの刑には処した。これくらいは許してほしい。
こうしてなんとか俺とリリスで作り上げたカクテルバー『ガルフ・ロワイヤル』改め『ジンジャー』はどこかのうわさ好きな狐頭と、リリスの頑張りにより軌道に乗ることができた。
軌道に乗っている理由がジンジャーエールなんて認めない。俺はこの世界にカクテルを広めてやる。
そう胸に誓いながら俺は今日もジンジャーエールを作る。
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