4-4 ジンジャーエールのお手前

 狐頭は受け取ったグラスを自らの鼻に近づけて、匂いをかぐ。

 安心しろ、毒なんて入ってないし何より俺自身が味見済みだ。


 ただし客の口に合うかはわからない。さっきは酒と知らずに飲んで、ぶっ倒れてしまったが、ジンジャーエールはアルコールも入ってないし倒れる心配はないだろう。


 そして散々、これでもかというほど匂いを確認した狐頭はグラスを口につけて、一口ジンジャーエールを口に含む。

 そんなに慎重になられたら、こっちもなんだか緊張してきてしまう。

 そんな俺の心情を知らない目の前の客は一瞬目を見開き、そのまま俺の方に視線を向けると、グラスをぐいっと一気に傾けて、グラスに入っていたジンジャーエールを飲み干した。


「なんだよ、マスター、まともにうまいの作れるんじゃねえか」


 テーブルに置かれた空になったグラスを回収しながら、俺は素直に軽く頭を下げて感謝を示す。

 よかった、どうやらお詫びの品は狐頭の舌にあったらしい。

 


「飲んだことない味だったのに、なんでか故郷を思い出したぜ」


 しまいには鼻をすすりだす始末。いやいやそんな涙ぐむほどうまいものを出したつもりはないぞ?

 既に俺の手の中でおとなしく磨かれているグラスを少しだけ観察するが、なにか特別な魔法がかけられている様子もない。


 炭酸と酸味が思った以上に効きすぎていたのか、もしくはこの客がよっぽどホームシックになっていたのか……。


「いくらだ? かしなんちゃら」


 だからカシスオレンジだ。まあ金は払ってくれるみたいだから、野暮なことは言わない。


「銀貨五枚です」

「あれが!? ジンジャーエールを推した方が絶対にいいぜ! あんたもマスターに言ってやってくれ! これを商品化しろってな!」


 狐頭は文句を言いつつも、機嫌よさそうにテーブルに銀貨五枚おいていくと、笑いながら手を振って店を出ていった。


 マスターに言ってやれってリリスに言ったところでそのマスターは今目の前にいるんだから、直接言ってるのと変わりないだろうに……。


「ありがとうございました! よかったらまた来てください!」


 そんなことを考えながらもリリスの再来のあいさつとともに、既にしまっている扉に向かって、頭を下げる。


「はあよかったあ。怒られなくて……」


 リリスは狐頭が座っていたカウンターテーブルと椅子を拭きながら、ほっとしていた。


「ところでマスター、前から一つ思ってたんですけど言ってもいいですか?」

「ん? なんだ?」

「どうしてマスターはあんまりお客様と会話をしないんですか?」


「ああ、それは……まあ、ミステリアスな方がいいかと思ってな……」

「なんですか? それは……」


 あれ? リリスさん若干呆れてる? 

 リリスに呆れられるようになるとか大分まずいような気がする……まあいいか。


 実際しゃべらない理由としては、うっかりこの世界以外の知識を話してしまって無駄に疑われるのが嫌だからだ。無口であれば余計なことをしゃべる危険性はない。


 まあこの世界には存在しない『カクテル』なる代物を提供している時点で、大分怪しいのかもしれないが、そこは大目に見てもらおう。


 その点、リリスに接客を任せておけば彼女自身は、この世界のことも詳しく知らないから気軽にこの世界の情報の質問が客にできて、俺もそれを盗み聞きできて万々歳というわけだ。


 まあリリスの接客がおぼつかない時は、さすがに客とも会話していたが、数回接客をしただけでリリスは形にはなるようになっていたし、客とも普通に会話できるようになっていた。


 長年他人と関わっていなかったのに、こんなに短時間で進歩するのは正直驚きだ。

 元々他人を驚かして生計を立てていた種族なだけあって、意外と肝は据わってるのかもしれない。


 それにしてもあんなにべた褒めしてくれるなら……。


「ジンジャーエール……メニュー表に加えるか」

「いいと思います!」


 そうとなればはちみつとシナモンの調達が必要だ。

 あくまでお酒を飲めない人の為のソフトドリンクだ。

 メインがカクテルなのは変わりない。

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