4-3 それはもはや酒ではない。

「たー?マスター!」


 リリスの呼びかけに意識を今に戻す。

 目の前に転がった客、床にこぼれたカクテル。

 現在の状況と過去の悲しい記憶が重なって思わず思い出にふけってしまった。


 すでに床はリリスの手によって片づけられており、狐頭も椅子に座り直して、じとっとした目でこっちを見つめてきている。


「なに料理長がボーッとしてるんだ?」


 俺はとりあえず深く頭を下げて、その場をやり過ごすことにした。


「それでマスター、ジンジャーエールって作れますか?」


 ジンジャーエール……それが目の前のいまだジト目をこちらに向けてくる狐頭が望んだものなんだろうか。


「もちろんアルコール抜きだぞ」

 

 それはもはや酒ですらないじゃないか……。


「作れ……ないですか?」


 作れないのかと言われれば、もちろん作れる。

 こちとらカクテルを家で自己学習で作っていたくらいだ。カクテルに比べればジンジャーエールなんて簡単だ。

 それに一度家で自作してから市販の物よりもおいしくできたから、定期的に作ったりもした。

 そういえば自作したものも、最初は実家でおふくろが作ってたやつを真似して作ったんだっけな……。


 問題は材料だが……。

 生姜は……ショウジが似たような味だったな。炭酸水はある、

 レモンは市場で買ったやつがあるし、砂糖もある。

 シナモンとはちみつがないのか……。

 まあ即席だし、その辺は勘弁してもらおう。


「承知」


 俺は返事と同時にショウジを洗い、皮をむくことなくスライスしていく。


「おいおい皮つけたままか? 大丈夫かよ……」


 なんだ? この世界のジンジャーエールの作り方と何か違うのか?

 まあ細かいことはいい。俺が知ってるのはこのつくり方だけだしな。


 狐頭の疑いの目と発言を横に流しながら、砂糖適量、まあはちみつとシナモンがないから多めに入れないとな。それと一緒にスライスしたショウジを鍋に入れて、10分放置。


 この世界の原材料はすべて名前がこの世界の言語になっていたためよくわからなかったのだが、わざわざ市場で一口ずつ食べて近い食材を買ったのだ。


 よくほとんど同じ味の材料を見つけられたものだと思う。まあ実際には多少味の違いはあるが、一部の物を除けばそれは誤差の範囲だろう。


「なにしてんだ? 早く仕事しろ」


 唐突に鍋を放置してグラスを拭きはじめた俺を見て、目の前の客は俺を咎める。

 うるさいな、放置しないとダメだろ。それにグラス拭いてるんだから仕事はしてる。


 そして体内時計で10分後鍋の中を見ると、大分水分が出ている状態になっていた。

 よし、ここに水を加えて沸騰させる。……また放置してたら文句言われそうだな。

 ここは軽く魔法を使うか。


「ファイア」


 俺は指先から鍋底にむかって軽く炎を出すつもりで魔法を使った。


「うお!!」


 しかし実際に出た炎は鍋全体を包み込むほど大きくなり、覗き込もうとしていた狐頭の毛を軽く焦がしていた。


「なんだよ! 俺を燃やす気か!? 殺す気か!?」

「失礼」


 さすがに謝った。しかし俺も予想外だ。ごく少量の炎を出そうとしただけなのに、まさか鍋全体を覆ってしまうほどの火力が出るなんて……。

 ま、まあ沸騰は十分すぎるくらい、むしろちょっと蒸発してるが、できているから問題はなし、結果オーライだ。


 狐頭のにらみながらの愚痴はリリスに聞いてもらうとして……。

 俺は鍋の上からムモンを片手で絞り、レモン果汁を落としていく。

 よし、うまく力加減ができて果汁だけ絞り出せてるな。


「まじかよ……」


 狐頭が俺の手の中でどんどんしぼんでいくムモンを見て何か言ってるが、構っている暇はない。

 本当はここでシナモンスティックも入れればいいのだが、この世界にはそんな便利なものはない。今回はあきらめよう。


 そして火を少し弱くしてさらに10分煮つめた後、今度は冷やさなければいけない。

 ジンジャーエールって意外と完成までに時間がかかるよな。


「アイス」


 まあ魔法を使えば一瞬で冷やせるのだが。本当に便利なものだ。

 それに今回は鍋の周りが凍るくらいで、氷山はできなかったのである程度威力は調整できた。

 後は慎重にやれば簡単だ。今作ったジンジャーエールのもとと炭酸水を1:3の割合でグラスに注ぐ。

 そして炭酸を逃さないようにかるーくまぜてやれば自家製ジンジャーエールの完成だ。

 狐頭に出す用とは別にショットグラスに味見用に注ぐ。

 そして酒をあおるようにそれを一気に飲む。


……うん、はちみつとシナモンが入ってないから甘さが物足りないが、ムモンの酸味と炭酸水の炭酸が向こうより強いからか大分パンチが効いている。

 これはこれでありだな、好みはわかれるだろうが。


「これでまずかったら、あのカシスなんちゃらの酒代金払わないからな」


 完成したことに気づいた狐頭が相も変わらず俺の方を睨みながら、無言で差し出したグラスを受け取る。


 無銭飲食を堂々と宣言するとは……。

 ふざけるなよ、カシスオレンジの原価がいくらしたと思っているんだ。


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