第4章 カクテル専門店.......?

4-1 『ガルフ・ロワイヤル』開店


「これはどう説明しましょうか?」


「なにもいわなくていい……なにもいわなくていい」


俺は本来客が座っているはずの、カウンターテーブルに座り込み、頭を抱えてうなだれていた。


「アモンさ「ここではマスターと呼べといっただろう」


「すいません、でもお客さん誰もいないのにマスターと呼ぶ意味あるんですか?」


リリス自身には教えていないが俺のことをマスターと呼ばせているのは、昔居た場所から来た者に同じアモンだと悟られないためだ。


変化した姿は赤髪は変わらないが髭を濃くして顔も少し変えている。

パッとみではあそこにいたアモンだとは分からないだろう。


しかし、こんな対策も意味はない。

バー「ガルフ・ロワイヤル」開店1週間今店は閑古鳥が鳴くとはこの事かと現実を突きつけられている。


つまり、客が来ないのだ。

いや、ちらほらとは来てくれるのだが皆微妙な顔をして帰っていくのだ。


意気揚々とアガルタから帰宅して3日、カクテルをつくりあげ、そしてなんとか店を整えて、「ガルフ・ロワイヤル」なんて洒落た看板をぶらさげて、寝不足の中店をオープンした。

そして期待に胸をときめかせ、どこかテンションの高かった1日目……訪れた客は1名だ。

しかもその1人も何を頼むわけでもなく、メニューを見て店から出ていってしまった。

なんだよ! ひやかしか!? そんなの客ですらない!!

日本だと飲食店で席について、何も頼まずサヨウナラなんて許されないだろ!?

俺は一生あの微妙な顔をして退店した剣士冒険者の顔を忘れない! 名前は忘れたし、そもそも聞いてないかもしれないが。


そこから2日、3日と月日は無情に過ぎ去り、そして1週間がたった。


訪れた客は5人、未だにカクテルを飲んでいくものはいない。

一応エールも置いている。親しみをもつ馴染み深い酒も置いておくのも必要だと思ったからだ。

ただし、それがまさか裏目に出るとは……

誰もカクテルを頼まずに来た客が全員エールを頼んで、飲んで、そして微妙な顔をして帰っていく。


「何が悪いんだ?やっぱりカクテルが新しいからか?」


薄々感づいてはいたが、この世界の人達は皆、カクテルという存在すら知らないのだ。

酒はあるもののせいぜい酒樽から直接飲むまで、だからあるのもエールくらい。

だからおかしな名前をした飲み物なんて頼もうとしないし、頼まれたとしても色のついた酒なんて飲んでくれないんじゃないか……。


しかも酒が高い。一番低価格でも銀貨1枚だ。銀貨1枚あれば1週間はまともな食事が食える。

だからこの世界は酒の文化が発達してない。酒を飲むのは何かの祝い事がある時か、貴族様が奮発する時か、はたまた生活に困らないくらい稼いでいる冒険者が飲むくらいだ。


この世界で銀貨一枚稼ぐのがどれだけ辛いことかこの一週間でいやというほどわかった。

手元に入ってきた金は銅貨数枚、それもエールを値切られてこの値段だ。酒を値切るってなんだ、聞いたことねえぞ。


そんなことをたらたらと考えていると、久しぶりに入口の扉が開く音がした。


「いらっしゃいませ、ガルフ・ロワイヤルへようこそ」


リリスがうやうやしく入ってきた者に頭を下げる。


店に入ってきたのは狐頭の魔族だった。

まあもう夜も更けてきたしな、魔族が動き出しててもおかしくないか……。


リリスが久しぶりに訪れた客をカウンターテーブルに案内しているのを横目に見ながら、俺は急いでカウンター内へと向かった。


「ここはなんだ?料理店か?」


狐頭はテーブルに腰掛けてすぐ目の前のメニュー表を手に取る。

そして訝しげな表情を一瞬見せると、メニューから目を離して俺の方を見た。


「いえ、カクテル専門店となっております」


しかし狐頭の問いかけに答えるのはリリス。

接客は基本的にリリス担当だ。


「かくてる?」


「ご興味があるなら1度頼んでみてください」


この一週間でリリスの接客はかなり上達していた。

最初はひどいものだった。まあ細かく言う必要はないだろう……ともかく、それはそれは酷かった。


「なにがなんなんだ? ややこしい言葉ばっかりだな」


狐頭は耳を長い耳を触りながらメニューを睨みつけている。

ああこいつも結局馴染みのあるエールを頼むのかなぁ。やっぱりなにか宣伝しないと難しいか?


俺は特に磨く必要もないグラスを手に持ち、そんなことを考えながらずっと拭き続けていた。


「じゃあ…このかしすおれんじ? それを頼む。というかここには飲み物しか置いてないのか?」


「カクテル専門店ですので」


「なんだよかくてるって、とりあえずそのかしすおれんじってやつ」


「はいかしこまりました。マスターカシスオレンジを」


「承知」


リリスが俺のところにくるまでに、俺は既にカシスオレンジを完成させていた。

当たり前だ。客は目の前のひとりなのだからそんなに時間がかかるわけもない。


「あんたがここの料理長か?」


「マスターだ」


狐頭の純粋な問いかけに、俺は軽くうなずきカシスオレンジを狐頭の目の前に置く。


「なんだ、無愛想だな」


狐頭は目の前に置かれたブラッドオレンジの飲み物がなみなみと注がれているグラスを持ち上げると、マジマジとそれを見つめ、そして匂いをかぐと一気に飲み干した。


そしてグラスが空っぽになり、一瞬の沈黙のあと、狐頭は椅子から転げ落ち床に転がった。

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