第2章 小さな幽霊と強大な魔族

2-1 異世界『ユグドラ』

異世界「ユグドラ」

そこは太陽が出ない世界、空はいつも厚い雲に覆われている世界だ。

人間はもちろん、亜族が歩いているのも当たり前、さらには魔族なんてものも存在する。

冒険者なんていう命知らずの輩もごろごろいるし、魔法も存在している。


太陽が出ないから土地が枯れ果てているかと聞かれれば、どういう訳か野菜は普通に市場で売られているし、花だって咲いている。

元いた世界の常識なんて捨ててしまった方が正解だ。


そして羅生学は光に飛び込んだ後人間でも亜族でもなく、魔族としてこの世界に降り立った。

この世界に来てから1ヶ月は過ぎた。

いや、まだ1ヶ月しか過ぎていないのか……。

こつちにきてから怒涛の、それこそ一言では言い表せない出来事が起き続けてた訳だが、それを語るのは今じゃない。


まあこの世界に来てから1ヶ月しか経ってないわけだが、この異世界のことはだいたい把握出来ている。

というのも、魔族アモンは「俺」として生まれ育った訳ではなく、この体の元の持ち主が存在していた。

要するに意識だけ転生してきたという訳だ。正確にはこの身体を羅生学が乗っ取ったと言った方が正しいかもしれない。


そういうわけで俺はアモンになった瞬間、「過去の俺」の記憶をある程度は引き継いでいる。だからこの世界のことも多少は理解出来ている。

しかし前のアモンは世界を渡り歩いてた訳ではないのか、知らないこともまだまだある。それに記憶も全てを引き継いでいるわけではなく、ポッカリと穴が空いたように1部抜け落ちているところもある。


そして俺は記憶を頼りに氷の国「ニブル」にたどり着き、なんやかんやあり、ニブルを飛び出してきた。


いや本当にいろいろあったんだよ……。


そして勢いのまま行動した結果が……


「腹へった……」


これだ。

俺はひたすらに何も無いだだっ広い野原の真ん中にやけに整備された道のど真ん中をゆっくり歩いていた。

もう3日飲まず食わず、眠らずにただひたすらにあるいている。ちなみに目的地はない。

この体になってからというものの肉体的疲労は一切感じなくなっていた。


 ただ疲れはなくても腹は減る。

 体の疲れはなくても精神的な疲れは襲ってくる。


昨日雨の中歩いたせいもあってか精神的疲労はピークを迎えている。


ふと立ち止まると水たまりに自分の姿が映る。


赤い髪のようなトサカのようなものが頭に生え、骨むき出しの、むしろ骨しかないカラス顔。目の奥は赤く光る。

体は赤と白の羽毛に覆われていて、特に腕はその量がひどい。


これが今の俺の姿だ。

ニブルを出た直後は変化術を使っておっさんの姿でのんきに進んでいたが、俺はもはや変化術で自分の姿を隠すことすらやめていた。


それに変化していると色々と面倒だった。

あれは街を出てすぐの頃だったか……



「ちょっと待ちな赤髪の兄ちゃん」


「いや、こいつはおっさんだぜ、髭生えてるしよ」


「それもそうだな」


街を出て、意気揚々とイケメンフェイスのハンサムダンディな姿で歩いていた俺の前に、バカ笑いをしながら現れたのは豚頭の魔族3匹だった。


「髪の色を変えれるくらい金を持ってるってことだろう?」


「さっさと俺達に金をよこしな」


この世界にもカツアゲする人っているんだな…。


いや、人ではないか…。


俺はとりあえずよくわからないという風に首をかしげて見せた。


「なにとぼけてんだ!?」


「やっちまえ!!」


豚頭の魔族三匹はよってたかってナイフを掲げて襲いかかってくる。


自慢じゃないが俺は結構強い。


俺は片腕に意識を集め少しだけ力を入れる。

すると腕かろ1本の刃が生える。そして間髪入れずに間際に迫ってきていた豚男達に向けて一閃。


それだけで三匹の豚頭は上半身と下半身できれいにまっぷたつになり、切れた断面から血を吹き出しながら倒れていく。

しかし倒れる前に切れた断面からオレンジ色の炎が広がり、血を蒸発させると共に三匹もろとも焼きつくした。


「豚の丸焼き…にはならないな」


俺は豚頭の焼け焦げているさまをみて、ようやく気づく。


「飯が…飯がないじゃないか!」


俺はこの豚頭達のカツアゲを皮切りに赤髪のせいか、俺が金持ちに見えたのか大量のゴロツキ魔族に目をつけられた。



どれも実力としては、圧倒的に俺の方が上なのだが、とにかく相手をするのが辛いのだ、面倒なのだ。

こうして俺の精神疲労はどんどん蓄積され変化術もとけてしまうという今の最悪の状況に陥ったわけだ。


しかし、こういう状況になりひとつ得をしたのは、カツアゲ魔族達が変化術が解けてからは一切襲ってこなくなったのだ。


「それなら最初からといておけばよかった…」


人にあう可能性を危惧して変化術をとかなかったのだがその心配は無用だった。


誰一人として魔族の姿の俺にも人間姿の時の俺にも興味を示さないのだ。

忙しなく俺の横を通り過ぎていく。

みんな忙しいんだろうな。


剣、弓を腰、肩にさげ、冒険者たちはせかせかとすれ違っていく。


変化術をかけ人間の姿になっていた時、飯をくれと頼もうとしてもみんな立ち止まる素振りすら見せず素通りしていくのだ。


全くひどい世界だと思う。

まあそれはどこの世界にいても同じか。


かといって魔族の姿であるいていると一切襲われないのかというと…ある程度は襲われるのだ。数は極端に減ったもののパッと見弱り切っている魔族を見て、冒険者やほかの魔族が放っておかない。

馬鹿なものは俺に勝負を挑んでくる。


こうして俺はカツアゲ魔族と相手をする疲労、勇者から逃げる疲労がピークに達し半分思考停止状態で、今こうしてどこかもわからない道を歩いていた。

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