悲劇

クロバンズ

悲劇

「もう少しだな」


そう呟きながら、少年は故郷を向かう森の中を歩いていた。

その少年の存在はもはや世界では知らぬ者はいない程の有名人となっていた。

今や彼は『化け物を皆殺しにした英雄』として人類に注目される存在であった。

勇者の証たる腰に帯刀した"聖剣"がその事実を物語っている。

小枝を足で踏み、木々を掻き分けながら少年は今までの旅路を思い出す。


数年前、突如として出現した怪物たち。

醜悪な見た目におぞましい体躯をした化け物。

通称"魔族"を滅ぼした少年は自身の故郷へ帰還しようとしていた。

長年足を運んでいない故郷への帰還。

勇者の心は少し浮足立っていた。

自分は聖剣に選ばれた勇者であり、魔族を滅ぼした英雄。

醜悪な怪物たちを次々と斬り伏せ、魔王すらも倒した人々の英雄なのだと。

そんな思いが心のどこかにあったからかもしれない。

だがそのおかげで勇者の出身地である村の存在は多くの場所に広がり、今でも知らぬ者はいないほどの有名地になっているという。


(父さんと母さん、元気かな……)


父と母に会うのも、随分久しぶりだ。

長いこと会っていないせいで少し緊張気味だが、もうすぐ村に着く。

考えていても仕方あるまい。

そんなことを思っているうちに徐々に視界が開けてきた。


あと少しで村が見えてくる。

村人たちはどんな顔をするのだろう。

喜んでくれるだろうか。それともいきなり帰ってきて驚くだろうか。

しかしそれももうすぐわかることだ。期待しておくことにしよう。

少年は歩みを早め、走り出した。

数分するとやがて見慣れた風景が見え始める。

そしてやがて。


「あっ!見えてき——」


そこまで言いかけて、言葉が止まる。


その原因は視界の奥にある——黒い煙。

そして村を包み込む、巨大な炎。


「え……?」


思考が停滞を生む。

立ち尽くす少年の脳裏に一瞬のうちに様々な疑問が過っていく。

何故?なんで村が燃えている?村人たちは無事なのか?

そんな疑問が脳裏を駆け抜ける。

だが、その事を考える前には既に、足は動いていた。

焦りと不安を抱きながら、少年はすぐさま村へと駆け出した。



——そこは地獄と化していた。


住居は放火され、今もなお炎が燃え盛っている。

それに加えて、村のあちこちにいくつもの破壊跡が残っていた。

そして荒れ果てた村にの地に横たわる多数の影。

破壊された家の残骸や、燃え盛る炎に照らされる"何か"。

血みどろに汚れたそソレを、少年は直視できなかった。

そして村に蔓延る異形の怪物たちの姿が、状況を物語っていた。


「なんで……なんでッ!」


必死に悲惨な戦場を走りながら、もう戻らない時間を呪いながら、脳裏に記憶が蘇っていく。


少年はある日、村に伝わる"聖剣"を引き抜いた。

『勇者』にしか引き抜くことができないそれを引き抜いた事で少年は英雄として祭り上げられた。

村の人々も自分自身も勇者の誕生を大いに喜んだ。

魔王を倒せる唯一の存在になれた少年に、少年の父は『さすが俺の息子だぁぁ!』と泣いて喜んでくれた。

普段感情をあまり見せない母も笑って祝福してくれた。

嬉しかった。自分が期待を背負えたことが、誇らしかった。

やがて少年は勇者として、魔族を束ねる元凶、魔王を倒す旅に出る。

旅の出発の際には村の人々が総出で見送りに来てくれた。

いってきます、と。いってらっしゃい、と。

あの時、そう言葉を交わしたのだ。


——それなのに。


「畜生ッ!畜生ッ!!」


目尻から涙を溢れさせながら、少年は走った。

視界が涙で朧げになる中、何度を転びながら走った。

——家族の元へ。


「父さんッ!母さんッ!みんなッ……」


記憶にある村の光景は今や見る影もない。

自分は魔王を討伐し、村へ帰還したはずだった。

はやく村の人々の笑顔が見たかった。

ただいま、と。おかえり、と。

そう言葉を交わしたかった。

だが今もなお自分の途切れることなく道に無造作に横たわるソレは嫌でも目に入ってきた。


——変わり果てた村人たちの姿が。


腹に刃物が貫通し、あるいは四肢を切断され大量の鮮血が、村中に溢れている。

そして目の前にはそれを成したと思われる怪物たちの姿。


「うああああああああああああああああっ!」


背に翼を生やした怪物に、四つの目玉を持つ化け物に、見上げるほどの巨躯をした醜悪な魔族たちに、少年は叫び声をあげながら聖剣を手にして斬りかかる。


「ガァァァ!?」


複数の魔族の手を、足を、首を切断し、道に立ちふさがる敵を次々と絶命させていく。


「誰か!誰かっ!誰かいないのかぁぁぁッ!!」


喉がおかしくなるくらいの大声で、村中に響き渡る大声で少年は叫んだ。

だがその問いに答えるものは、一人もいなかった。


「ッ!」


少年は絶望に満ちた表情を浮かべる。

認めたくなかった。

絶対に受け入れたくなかった。

だってそれはつまり——


「イタゾ!」


もう何も聞きたくない耳に、声が聞こえた。


「——」


だがそれは聞きなれた既知の声ではない。

少年は声の方に視線をを向けると。


「コイツガ魔王サマヲ殺シタ勇者ダ!」

「お……前、は……」


少年はその姿に見覚えがあった。

長い髪をした三つ目の怪物。

少年が魔王を倒すために襲撃した魔王城で見かけた、魔王の側近。

村に惨状をもたらした魔族に、少年は怒りの形相を浮かべ叫んだ。


「なんでッ!なぜこんなことをッ!絶対に許さないッ!」


その言葉を聞いて、三つ目の怪物はうちに潜む黒き憎しみを宿した眼光で口を開いた。


「なにを言っていル……!先に仕掛けてきたのハ貴様らの方ではないカッ!」


怪物はなにかを嘆くようにその拳を握りしめた。


「我らが一体なにをしタ?人間に害を加えたカ?貴様らのように武力で敵を支配してきたカ?なにもしていない我らを蹂躙し、平穏な日々を奪ったのは貴様のほうだろウッ!」

「ッ!それでも、俺はっ……許さない!」

「許サナイダト?ソレはコチラノ台詞ダッ!貴様ハ我ラノ王ヲ殺シタ!コレハ報復ダァ!」

「貴様ハ我ラを救って下サッタ魔王様を殺しタ大罪人ダ!」


怒声を荒げ、二つ目の魔族は吠えた。

それに続き一つ目の怪物が怒りの表情を浮かべて叫ぶ。

だがそんな言葉は少年にとってどうでもよかった。

心を支配するのは耐え難い失意と限りない怒り。


「よくもッ!よくもおおおお!!」


少年は怒りの衝動に従い、首に向かって剣を振り上げようと地面を蹴りつけようとしたその瞬間。


「ゔっ!?」


足に鋭い痛みが走った。

視線を足に向けると、矢が右足を貫通していた。

そして視線の先には矢を射たと思われる弓を構えた魔族。

その周りにも多数の魔族の姿があった。


「くっ!」


痛みと同時に足から痺れが全身に回ってくる。


(毒か!)


全身の自由が奪われる。

地面に這いつくばる少年が周囲を見渡すと。


「畜生ッ……!」


気付けば少年は周囲を多数の魔族に取り囲まれていた。

動けない身体。注がれる多数の殺意の眼差し。

少年は自らの運命を悟った。


一歩。また一歩と三つ目の怪物はこちらに歩み寄ってくる。


(嫌だ)


そして、少年の目の前で立ち止まり、憎しみに満ちたた表情を浮かべた。


「——死ネ」


冷酷な声と共に怪物が手に持った剣が上段に構えられる。


(嫌だッ!)


そして少年の首筋に銀の一閃が振り下ろされ——


「嫌だあああああああああああああああああ

あああああああああっ!!——あっ」


怪物が剣を振るった瞬間、"ソレ"は宙を舞い、やがて音を立てて地面に転がった。


「……仇は取りましたヨ。父上」


三つ目の怪物は悲壮な表情をしながら、そう呟いた。

やがて大量の血の海の中を、異形の怪物たちは進んでいった。



その後、勇者の死は世界に知れ渡ることになる。

そしてそれを聞いた人類がその復讐として魔族と終わりのない戦争を繰り広げていくことになることは、まだ——誰も知ることはなかった。


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