お題「ショートケーキ、爆発オチ」

 私は甘いものが嫌いだ。でも、家業を継いだ。継ぎたかったから継いだのではなく、継がざるを得なかったから継いだ。両親の重すぎる期待に応えるため、そして就職氷河期による辛すぎる現実を楽に乗り越えるため、私は自らが嫌悪するはずの砂糖と生クリームの大海に身投げした。私はケーキ職人である。

 甘いものが嫌いという事実は不動だが、お菓子作りそのものには大した抵抗感はない。自分が食べなければいいだけである。味見をしなければならない状況が訪れることはもちろんあるが、たいていの場合は他の人に任せている。どうしても自分が試食しなければならないときは、鼻をつまんで一気に飲み込む。当然そんなことをしたら味が分かるはずがないので、まったくの無意味である。だから、原則として私は自分のつくったケーキを食べたことはない。店のショーケースに綺麗に並べて、味に関する最大限の嘘を書き連ねた説明文を添えて、たくさんの色とりどりのケーキを販売しているけれど、私はそれらを愛してはいない。買いに来るお客さんは、買いに来てくれるというだけでほんとうにありがたいことだけれども、私にとっては、よくもまあこんなまずいものをわざわざ金を払ってまで欲しがるものだ、といつも不思議に思っている。イートインコーナーをつくった暁には、歓喜の表情を浮かべてケーキを頬張るお客さんを間近で見かけるようになったが、本来ならばそれは作り手にとって感動的な瞬間であるはずなのに、私はその様子を純粋には喜べない。そうやってお客さんに喜んでもらえるのは嬉しいけれど、ついつい、あんなまずいものをよく食えるな、という気持ちが先行してしまう。でも、それももう慣れた。というより、それを覚悟のうえで家業を継いだのだから、いちいち嫌悪感を覚えていては精神が持たない。だから、私は偽りの笑顔でお客さんに接し続けた。それでよかった。それがよかった。いつしか表情筋が麻痺して、微笑みがさながらアイシングのごとくべったりと張り付くようになって、思うように口角が下げられなくなっても、それで満足していた。そのはずだった。真の幸せを掴み取ろうとする二人のお客さんが、私にあんな非道な依頼を持ちかけてくるまでは。


 この世にはたくさんのケーキ屋が存在する。チェーン店のように広く大衆に愛される店もあれば、個人経営だけど爆発的な人気を誇る店もあり、当然ながらその陰に隠れていまいち売り上げのふるわない店や、経営難に陥って泣く泣く撤退する店もある。私の店は、これまで数世代続いてきただけあって、地元ではそこそこの知名度を誇るし、リピーターも多くて味の評価も上々らしいので、だいぶましなほうだとは思うけれど、そうはいっても一流のケーキ屋と呼ぶには程遠い存在だった。良くも悪くも、どこにでもありそうな地元の庶民的なケーキ屋、という立ち位置だった。それが、よりによって、結婚式用のウェディングケーキを用意してくれだなんて、いったいどういう了見だろうか。そもそもああいうものはブダイダル業者がどこかのケーキ屋と契約して提供しているものだとばかり思っていたから、まさか自分の店にオーダーがやってくるとは予想だにしなかった。何か特別なこだわりがあってのことかと身構えたが、いわゆる絵に描いたようなシンプルな三段タイプのショートケーキの注文だったので、ますます意味が分からなかった。とはいえ、そこはビジネスなので、納得のいく値段とスケジュールとその他諸々を調整したうえで、快諾することにした。そしてその決断を、私はすぐさま後悔した。

 結婚式とはいったい何なんだ。ウェディングケーキとはまさに愚の骨頂だ。まるでそれが二人の幸せの象徴であるかのように飾り立てられるが、あんなものが存在していいのか。ケーキは私にとっての大切な商売道具だが、それ以前に、やはり避けられようもなく憎むべき対象だ。それをあろうことか幸せの象徴として祭り上げるなんて、この世界はどうかしている。そうやって考えているうちに、私はますますウェディングケーキに対する嫌悪感を募らせていくようになり、そしてとうとう発狂した。

 発狂といっても、私は自分の感情を抑え込むことに慣れていたので、うまく他人の目を欺くことができる程度の余力は残っていた。思考回路は明らかにめちゃくちゃに荒らされてしまったが、それでも最後の理性を振り絞って、私は淡々とケーキをつくった。それと同時に、私の計画を成就させるために必要な化合物もつくった。他人に危害を加えるつもりはなかったので、化合物の扱いには細心の注意を払った。もちろん、別に他人なんかどうでもいいので、巻き込んでも私の良心が傷付くことはないが、それでも私のケーキを愛してくれた人々のことを思うと、彼らを裏切る気持ちはわかなかった。たしかに彼らは異星人のような味覚の持ち主だが、異星人に罪はない。異星人は異星人らしく、奇異の目を向けながら私の散り際を静観してくれればいい。そう思って、私は最後の理性と最後の慈悲をよりどころにして、ケーキと化合物をひたすら朝から晩までつくり続けた。

 店じまいの時間がやってきて、私以外のスタッフが全員帰宅したのを確認した後、私は空っぽになった店内を歩き回った。ウェディングケーキの件は式の開催までまだしばらく時間があったので、お客さんと相談のうえで注文を取り消させてもらった。商売人としては非常に申し訳ない気持ちになるが、ほんとうの私、ケーキが大嫌いな私としては、当たり前の結果としか言いようがない。ケーキを心から憎む私には、幸せの味がするケーキなんてつくれるはずがない。私は厨房に入っていき、今日の売れ残りのケーキの数を数えて、毎日そうするように、ざまあみろと悪態をついた。それは自分に対する戒めであり、かつまたケーキに対する罵りでもあった。それから、私は用意した化合物を正しい手順で、何の躊躇いもなく起爆した。


 思った以上に良い破壊力だ。ケーキは踊る。ショーケースのガラスは飛ぶ。私は絶叫する。イチゴが私の頬を強打して、そこから鮮血がほとばしる。すべては一瞬だった。私はその一瞬、自らと運命をともにした無数のケーキたちに、初めて深い愛情を抱いた。来世はきっと、まともにケーキを愛せる人間になれるような気がした。




※ Pさんから2019年7月14日にお題をいただきました。ありがとうございます。

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