第16話秋人の暴走
それから夜も更けていき、クリスマスを迎えたのはそれぞれのお互いの腕の中だった。ようやくお互いの愛する人の腕に包まれる時が迎えられた幸せに浸っていた。そうしてまだ暗い中、朝を迎えた。見慣れない天井に美羽はゆっくりと体を起こす。横には秋人が寝息をたてて穏やかな顔で眠っている。
「おはよぉ…」
小さく呟くとトイレにむかう。そうして顔を洗い、冷蔵庫を覗いてみる。相変わらずほとんど食材は内に等しい物の、秋人の朝食位は作れるほどにあった。ウインナーを焼き、卵を焼いて、トーストを焼き上げる。その音で目を覚ました秋人はリビングにやってくる。
「おはよう…」
「おはよう!もう少し待って?勝手に悪いなぁとは思ったけど…簡単だけど作ってるから…」
「朝飯?」
「ん。…はい、どうぞ!」
コトリとそれぞれテーブルに運んで置いていくみう。顔を洗いに行き戻って来た秋人の表情は明らかに嬉しそうに輝いた。『ありがとう』と言うとトーストをかじる。洗い物をしている美羽に声をかけた。
「美羽はくわねぇの?」
「んー、私後で食べるよ。」
「ダイエット?必要ねぇじゃん」
「秋人の食料で私までご飯食べたら秋人の分無くなるでしょ?」
「クス…いいのに。」
そう言うとウインナーをさし、美羽の元に向かった秋人。そのまま美羽に差し出す。
「ほれ、」
「…ッん、おいひい…」
「フハ…自分でいうか?」
「…ウインナーが、よ?」
そう笑いながらも2人は何てことの無い普通の朝を迎えていた。そうして片付け終えると仕事用のパソコンを開く。1件のメールが来ていた。
『初めまして。私、スウィート・ロゼの企画プロモーションチームの綾瀬と言います。突然のご連絡申し訳ございません。今回連絡させて頂いたのは来年度のバレンタイン商戦の企画に、ぜひ榎本秋人さんを起用したくその案内と提案とさせていただく次第でございます。もし、折が合えば合えば一度お話させて頂ければと思います。』
そんなメールが来ていた。見入っている美羽を見て秋人は声をかける。
「どうした?何かあった?」
「ううん?秋人にお仕事だよ…?」
「仕事?何の?」
「スウィートロゼってブランドのバレンタイン企画だって。」
「それって…何の商品?てか、バレンタインで俺?」
「…みたい…取りあえず話だけでも聞いて来るよ」
そうしてメールの返信を打つ美羽。だいぶこのやり取りも慣れてきた。始めの頃にはメールの1つもどう打っていいか、迷いながらだったことを思い出すと1人でおかしく感じる程となっていた。
「……良し。できた!」
そのまま待つ事数分して美羽の連絡用の携帯に電話が入る。
「もしもし、葛城です。
『もしもし、私スウィート・ロゼの企画PMの綾瀬と言います。お世話になります』
「こちらこそ。先日はすぐのご連絡が出来ず申し訳ございません」
『こちらこそ。突然の事なのに、丁寧にお返事いただきましてありがとう御座います。早速なんですけれど、本日ってご都合いかがでしょうか?』
「問題御座いません。あ、少々お待ちいただいてもいいですか?」
そうして美羽は秋人にも聞いた。
「今日、秋人都合どう?」
「今ん所は何年かぶりのクリスマスオフだけど?」
「だとしたら、一緒に話、聞きに行く?」
「マジか…まぁ、それもいいか」
「もしもし、お待たせいたしました。本日の打合せなんですけれども、秋人本人も同行してもよろしいでしょうか?」
『それは願ってもない事です!宜しければ一緒にお会い出来たら話もスムーズに行くかと思いますが、そうしましたら打合せのお時間なんですが…何時ごろに致しましょうか?』
「それでしたら午後でいかがでしょうか?」
『14時頃でも構いませんか?』
「はい、大丈夫です」
そうして打合せの時間も決まった。場所は落ち着いたアンティーク調の喫茶店にしようとの提案がありそこにする事になった。
「秋人、午後の2時に打合せなんだけど…ホリックスって喫茶店知ってる?」
「知らないなぁ…でも、あいつなら知ってるかな」
「あいつ?」
「和。意外といろんなところ知ってるからな。」
そうして聞いてみると言い連絡を取っている秋人。すぐに連絡も付き、場所の特定も適った。車で道が混んでさえいなければ30分もあれば着くという返事だった。13時に出れば余程間に合うと踏んだ2人はそれまでの間にそれぞれやりたい事を済ませてお置こうとした。しかし、そう思えば思うほどに時間のすぎるのはとても早く感じた。もう5分程で出発の時間となる所だった。
「じゃぁ行きますか?」
「そうだな…あ、まって?美羽」
そう言うと秋人はグイッと引き寄せてふわりと抱き寄せた。
「あ…きと…?」
「クス…ちょっとだけ…」
そう言うとほんの数分抱き締めていた秋人。その後ゆっくりと離すとそのまま家を出た。待ち合わせの喫茶店に着くとまだ時間は多少あり、待つ事にした。待ち合わせの10分前に綾瀬はやってくる。
「すみません、お待たせいたしました。」
「いえ、大丈夫です。」
そう返すと美羽は名刺を出した。この手馴れた感じを見ていた秋人はまた、クスリと小さく笑った。名刺交換も済んだ2人は、着席し、注文をすると話を始める。
「早速なんですけれど、…えっと…こちらが企画提案書になります。」
そうして渡された物を読み始める美羽。それを横から覗き込む秋人。それに気づいた美羽はテーブルの上において自由に見れる様にした。
「今回のコンセプトに関しては、バレンタインなんですけれど、男性からも愛を伝えようという事で、本来のバレンタインの形と言いますか、それを再現しようかなと思っています。もちろん男性からというのでもなく、女性が自分用の商品にとしても利用できるように…と。バラを主にベースノートを作り、フルーツやその他のフワラーも入れてあります。香調は優しさから甘さに変わり、微かにフローラルが残る仕様になっています。」
そう言われながらも一通りさらりと見終えた秋人は綾瀬に問い始めた。
「それで、俺1人のプロモーションになるんですか?」
「そうなります。本当は絵コンテにもあるんですけど榎本さんに合う様な女性モデルが見つからなくて…」
「絵コンテ?」
「秋人、これ」
そう言われて美羽が広げて見せたのは最後のページに載っていたものだった。『そっか』と納得して秋人は頷いた。そのまま即決で秋人自身から『受ける』と返事をしたのをきっかけにこのオファーの成立が決まった。そうして話はどんどんと決まって行く。撮影は年内に…そうして美羽もまた忙しさがマックスとなる。そんな中CM撮影の日もやってきた。滞りなく済んでいく。バレンタイン企画の為、秋人からのバレンタインと銘打った応募キャンペーンも組まれた。そうして年明け、早速と言わんばかりに制作発表も段取りを組まれた。
「秋人!すごいよ!」
「なぁにが?」
「だって、それまでは予約あっても予約時点で完売なんてなってなかったのに秋人がCMやるって発表されてから速攻だったって!少しの間待ちだって!!」
「なぁんで美羽はそんなに嬉しそうなの?」
「そりゃ嬉しいよ?だって秋人がやるよってなってから売り上げが伸びたなら秋人効果じゃん?」
「なんだよそれ…」」
くすくすと笑い合う2人。そうして明日に発表会を控えた夜、秋人は宮村に連絡をとった。
『もしもし、宮村です』
「もしもし、秋人です。匠さん、今少しだけいいですか?」
『秋人か、どうした?』
「実はお願いがあります。」
『珍しいな、秋人が折り入ってお願いだなんて。どうした』
「明日、新商品発表会の場で、美羽との交際、発表させてください」
『ちょ…、ちょっと待て!急すぎるだろう?美羽は、彼女は何て言ってる?!』
「言ってません。俺が勝手に公表したいだけです。」
『後の始末があるんだぞ!今の仕事だって…これからにだって差しさわりが出てくる可能性が無いとは言えない!』
「だけど、俺、……もう美羽との事で回りに黙っていられる自身もないし、そんなつもりもない…デートだってしたいし、一緒にだって暮らしたい。そうするには先に手を打たないとだめになる」
『……秋人、本気なのか?』
「はい。」
『もし仮に仕事が減ったとしても後悔しないか?』
「減ったら取り戻すだけの事…何も問題ない」
『最後に1つだけ…秋人に譲れない一歩は無いのか?』
「…匠さん、俺にだって譲れない一歩位ありますよ。」
『だったらその1歩を守るためにも…』
「クス…美羽ですよ。俺の譲れない1歩。匠さんと一緒です。」
そう言われた宮村は言葉を失った。しかし、すぐに秋人に対して言葉を紡いだ。
『解った。負けたよ、秋人には。好きにしたらいい。仕事の事も、何でも俺に任せておけ。その代り、美羽ちゃんはお前がしっかりと守ってやれ。ただで傍にいるんじゃないんだから』
「解ってます。ありがとうございます…」
そうして電話は切れた。ふぅ…と息を吐いて秋人はソファにぐったりと凭れた。
「明日の会見より緊張するわ…」
そう呟くと寝室に移動してそのまま眠りに着いた。
次の日、予定よりも早くに目が覚めた秋人。そのまま支度をし始めた。のんびりとゆったりとした時間を過ごしてそのまま待つ事十分。チャイムが鳴った。
「はい?」
「おはようございます、早いですね」
「そう言う美羽こそな?」
そうして少し早いがイベント会場に向かっていった。ゆっくりとむかったものの、そこにはもうすでに綾瀬が到着していた。話していてわかった事…それは『やはり秋人の任期は半端ない』という事だった。そうして発表会見が始まるまでの間に最終的な打ち合わせをして、待っていた。そんな中、新商品の香りや特徴などの説明が始まる。そうこうしていると時間は来て、秋人たちは移動を始めた。
『それでは続きまして、Lazo eterno(ラソ・エテルノ)のイメージキャラクターを務めて頂きました榎本秋人さんに登場して頂きます。どうぞ』
そう促されて秋人は会釈をしながら会場内へと入って行く。無数のフラッシュがたかれる中、目を細めながら秋人は中央に立った。そこにはミニテーブルに乗った香水がちょこんと待っていた。
「お越しいただきましてありがとうございます。先程紹介されました、榎本秋人です。宜しくお願い致します。」
「それでは、色々と質問タイムに入らせて頂きます。乾燥ですとは裏側等も榎本さんに聞きたい事があればどうぞ?」
そう司会者に言われた時、ほとんどのメディアが一斉に手を挙げた。それを見て秋人は嬉しくなり思わず声を上げた。
「誰も何も聞いてくれなかったらどうしようとか思っていましたが」
「では…」
そうして司会者に指名された人からの質問が飛び交った。香りに関して、イメージキャラクターに選ばれた時の率直の感想、実際はどんな香りが好きか、女性にどんな香りをつけて貰いたいか……などなど想定内の質問が飛び交った。そんな中、とある記者が聞いた質問に司会者は一瞬戸惑いながらも打ち切ろうとした。
「お願いします。先程の商品説明にも、Lazo eternoの意味が永遠の絆…と言われていましたが、今、榎本さんの中にそんな風な相手はいらっしゃいますか?」
「商品以外の事に関して以外はお断りいたします。」
「…大丈夫ですよ、僕ですか?居ますね、」
「今現在ですよ?」
「はい。」
「それは噂されていた方でしょうか?」
「いいえ?僕が大切にしたい相手は別に居ますよ。」
「それは誰ですか?」
「教えてください!」
「これで終了いたします!」
司会者の静止を止めるように秋人はにっこりと微笑みながらメディアに向かって広言した。
「僕の大切な相手に関してはまた後日、発表させて頂きますので今回はこれで失礼いたします。」
そうしてぺこりと頭を下げて退席となった。袖では美羽がむぅっと頬を膨らませていた。
「……ちょっと!」
「あれ、美羽、怒ってんの?」
「怒らない訳ある?!何考えてるの?!」
「大丈夫だよ、問題はない」
「大有りですって!!」
そう言いながらも控室に戻った秋人と美羽は綾瀬に謝罪の猛攻撃を受けていた。こんなはずではなかったと…本当に申し訳なかったと…それに対して飄々とした表情の秋人と逆に謝りっぱなしの美羽の姿は面白くも見えた。
「…さて、ここからどうやって帰ろうか…」
「普通に帰ればいいだろ。」
「普通って…」
そう言いながらも言葉通りに颯爽と出る秋人。その後を追う美羽はやはり当然の事の様にマスコミやメディアに囲まれた。
「先程の発表会の中で意味深発現されたことについてですが!」
「コメント下さい!」
「お相手は誰なんですか?!」
「以前否定された早川さつきさんですか!?」
「榎本さん!答えてください!」
そう言いよられるメディアたちに対して美羽は小さな体を使って必死になって守ろうとしたものの、そんな美羽の方を抱いて秋人はカメラの前に立った。
「そんなに知りたいなら教えますよ、マネージャー兼俺の大切な彼女の葛城美羽さんです。」
そんな秋人の突然の告白に美羽もまた一気に血の気が引く思いを感じた。しかし、余裕の表情の秋人。美羽もまたフラッシュの標的となるがなるべく顔を撮られない様に秋人は胸の中に美羽を抱き入れていた。その行動が、誰もが美羽の事を『秋人の本命だ』と疑う事なく受け止めるしかなくなった。一瞬の隙をついて美羽にそっと『走るぞ』と耳打ちをして秋人は手を引いた。車に乗り込み、秋人が運転席に乗り込む。美羽を後部座席に座らせたまま車を出した。そのまま走り続ける秋人。自身のマンションに辿りつくまで色々と話をしていた。しかし余裕の表情を崩さない秋人に美羽は少し諦めモードだった。
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