第15話温かくも凍りつく想いの狭間

あの話し合いの日から、今まで通りの穏やかな時間が流れていた。クリスマスまでに返事を出そうと思っていても何も躍起になっている様子も見受けられることもなく、美羽の心も、いつも差し迫られているような感じもなかった。12月に入り、1週間が過ぎようかと言う時だ。突然にメディア、ファン…様々な各方面を騒がせるニュースが飛び込んできた。



『人気モデル・SATSUKI。電撃引退!!その真相は妊娠が原因!?』



妊娠の事も美羽たち一部の人間は解っていた。それでも実際にこのニュースを聞き、目の当たりにすると、やはり動揺する心は否めなかった。それを美羽は秋人の控室のモニターで知った。


「引退…かぁ…」

「美羽?気にする事ない」

「…気にしてなんか…」

「十分気にしてるように見えるけど?」

「そんな事…そりゃ…少しは…それにさつきさんとの関係知ってる人もたくさんいるんだから…秋人に何か起きたらいやだな…って」

「いやだ?」

「うん、仕事しにくくなるでしょ?」

「俺は関係ないけど?」


そういうとにっと降格を上げた秋人を見て美羽は小さくため息を吐いた。しかし、美羽の予想は大きく的中したのだった。仕事を終えて現場を出ると秋人は一気に報道陣に囲まれる。


「榎本さん!SATSUKIさんが引退と言う事ですがどう思われますか!?」

「彼女のお腹の中の子の父親は噂通り榎本さんですか?!」

「何かコメント下さい!」


しかし美羽は秋人を守るのでいっぱいだった。そんな美羽を止め、秋人はカメラに向かった。


「彼女の引退は彼女自身が決めた事ですし、僕自身も今日報道で知ったことです。関係はありませんし、ましてやお腹の子は僕の子供でもありません。もしなんならDNAだろうとなんだろうと提供しますよ?」


そういうだけ言った秋人は美羽の車に乗り込み、美羽もまた運転席に乗り込むと車を発車させた。秋人の堂々たる対応で唖然とした報道陣は美羽の車をあっさりと見送ってしまった。しかしその車の中では小さな論争が勃発していた。


「やっぱり思った通り…!報道陣のみなさん来てるじゃないですか!」

「誰も来ないとは言ってない。ただ問題なんてのは無いとは言ったけど。」

「報道陣が来るだけで十分大問題ですよ?!」

「だけど、さつきの事に関しては全くのとばっちりだよ。だから反論じゃない。事実を言ってるだけだ」

「そうだけど…」

「俺ちょっと寝る…」


そういうと窓に凭れて秋人は眠りについた。美羽は秋人が狸寝入りをしている事は気付いていたが起こさないようにそれ以上何も言わなかった。

それから何日も過ぎても、やはりさつき引退の余波は続いていた。ネットでの噂もまた、いくつも消えては流れ、消えては流れを繰り返している。とある所では『お腹の子は秋人の子だ!』と言う声もあれば、『あの潔さは絶対違う!』と言う声、また別の所では『妊娠説自体がガセなんじゃないか?』と言う声も出て来た。それでもいつの間にか秋人の事を疑うような声は消えていった。そんな日が続いた中…来週にはもうクリスマスがやってくるといった日の事。少し早めに仕事が終わったのをきっかけに美羽はクリスマスプレゼントを見に行った。そう、秋人と宮村の分を。


「何がいいかな…」


どちらにしても初めての事。何をあげたらいいのか全く分からない…服と言ってもサイズが解らない。秋人のは1度着てみた所でサイズまで見てはいなかった。食べ物ではなんだかつまらない…形に残るもの…それでいて気持ち的に重たくないもの…考えれば考えるほど解らなくなっていた。


「そういえば…」


色々と考えてみると、宮村がマフラーをしているのを見た事が無い事を美羽は思い出した。宮村にはマフラーにしよう…秋人は……?迷いに迷った美羽。メンズコーナーに向かいマフラーを買おうとした時、目に入ったのはニットとボアのコンビネーションになったメンズ仕様のスヌードだった。前からこの季節になると出ているのは知っていたが、実際に手に取ってみた事は今までなかった。と言うより、その必要性にかられなかったというのが正しいだろう。


「これ…かわいい…」

「いらっしゃいませ!そちら、男性だけでなく女性にも人気なんですよ?!」

「あ…そうなんですか…」


女性にも人気…となると秋人は嫌がるだろうか…でもこの柄、色目…一目見て秋人に似合いそうだとピンと来ていた。店員の細かな説明を聞かずして、美羽はマフラーと一緒にそのスヌードも購入した。どちらがどちらかをしっかりと解るようにしてもらって美羽は嬉しそうに2つのプレゼントを抱えて店舗を後にした。



それから数日後…


いよいよ2人に答えを出す日が来た。最近では珍しく秋人と美羽は別の車で出勤となる。夕方前には終わるイベントのセレモニーの出席だった。美羽は先に秋人に連絡をしていた。セレモニーが終わったら、その足で宮村に会いに行くと…その言葉だけで、秋人は半分以上気持ちは萎え始めていた。その反対に宮村は浮かれているかと思いきや、それはそれで少し落ち込んでいたのだ。セレモニーも終わり、16時少し回った頃。美羽は挨拶をして宮村の携帯に連絡をした。まだまだ事務所で仕事が残っているという宮村に、17時回るが向かうとだけ伝えて、美羽は事務所に向かった。やはり着いたのは17時回っていた。混み合っていたせいかもうじき半を指そうとしていた。携帯で今着いたことを入れると、あと少しで受付も帰るから…と言われ、待つ事5分ほど…宮村の言う様に2人の影が事務所から出てくる。車に乗り込み、この日は2台ともすぐに出て行った。そうして美羽はその車を見送って事務所に入る。


「お疲れ様です…」

「うん、お疲れ様…」


そうして美羽は社長室に入って行く。座る?と促されたが、美羽は首を横に振った。


「あの…匠さん…」

「ん?」

「これ…クリスマスプレゼント…」

「マジ?いいの?」

「よかったら…確か去年も首…寒そうだったし…」


そうしてそっと包みを開けた宮村。綺麗な紺色と白の千鳥格子のマフラーを手にした宮村は一気に顔がほころんだ。


「ありがとう…」

「多分、チクチクはしないと思うけど…」

「柔らかい…ほんとにありがとうな?」


そういい宮村も鞄から小さな包みを差し出した。


「これ、俺からの。受け取って?」

「……もらえないです…」


きゅっと両手を握りしめた美羽は腰からほぼ直角に頭を下げた。


「ごめんなさい…」

「美羽?」

「やっぱり…私…匠さんとはお付き合いできない…です。」

「…クス、解ってた」

「え?」


包みを持ったまま美羽の傍に寄るとそっと顔を上げさせた宮村の顔は優しく見えた。泣きそうな美羽の頭を撫でながら宮村は続けて話し出す。


「解ってたよ、美羽が秋人を選ぶって事位。だって、いつだって俺の事は『匠さん』なのに、秋人は呼び捨てなんだぜ?どんなに鈍い奴でも勝算なんてない事解るだろ…」

「匠…さん」

「でも俺、そんな勝算のない事でも美羽の傍に居れたこと、すげぇ嬉しかったよ。一時でも美羽が俺の事好きになろうとしてくれたこと、俺に対して笑ってくれたこと…全部が嬉しかった。一瞬でも美羽の中で俺が1番になったならそれでいいのかもしれない…。」

「匠さん…」


泣きそうな美羽をそっと抱き寄せた宮村は優しく包み込むように抱きしめたまま話を続けた。


「付き合えないって答えを出したなら、秋人んとこに行くんだろ?」

「……コク…」

「大丈夫、あいつはまっすぐすぎるけどいい奴だよ。俺が保証する。あいつとトラブルがあったらすぐに言って来いな?」

「た…くみ…」

「クス、なんでなんだろうな、なんでかさ?届か無い想いなのに、身を持って知らされたのにさ?嫌いになれないんだよ…だからもう少しだけ…俺が美羽の事好きでいる事…許して?」

「匠…ごめんね?…ごめんなさい…」

「謝るなって。な?ほら…」


そういうと美羽の涙の跡をそっと親指でゆぐった。そうしてそっと前髪を避けると額にキスを落とす。


「美羽、これ…貰って?」

「でも…」

「もし俺の事がまだほんの少しでも好きでいてくれるなら…」


そう言われて差し出された包みを両手でそっと受け取った美羽。そんな美羽に『ありがとう』と伝えると背中を向けさせ、トンっと背中を押した。


「秋人が、待ってんだろ?」

「……」

「早く行ってやれ?」


そう言われ扉を開けると振り返り、美羽はまっすぐに宮村を見た。


「あの…私ね?」

「ん?」

「匠の事、本当に好きになりかけてた」


ぺこりと頭を下げて美羽は静かに扉を閉めた。1人残された宮村はソファにどさりと腰を下ろす。そっと天井を仰ぎながら瞼を閉じる宮村…そのままベルトを外し、パンツのジッパーも降ろす。ほんの数分前にかすかに抱きしめただけの美羽の温もりでこんなにも自分自身感じているなんて…


「…ゥ…ァ…ハァハアァ…ッツッ!」


宮村が白濁とした欲望の種を吐き出すまでに、それほど時間はかからなかった。息も上がりながらぐったりと力を失ったまま無造作にその処理を済ませるとツーッとほほを伝う涙が零れ落ちる。


「完敗だな…俺の…」


そう呟きながらどれくらい振りかに宮村は本気で泣いた。あのまま行くなと強引にでも引き止めたら…あの時、もっとうまく立ち回っていたら…それよりも秋人よりももっと先に美羽に思いを伝えていれば……・・・いろんな後悔と同時に、それでもやはり美羽のあの幸せそうな笑顔には適わなかった。


「これでよかったんだ…」


そう自分自身に言い聞かす他なかった。


その頃美羽は秋人のマンションの下まで来ていた。少し緊張しながらも秋人の携帯に電話を掛ける。


ワンコール…ツーコール…

3回目が鳴ろうとした時だった。コール音が止んで聞き慣れた声がした。


『もしもし?』

「あ…えと…」

『美羽?どうした?』

「今ね?…マンションの下に居るんだけど…秋人…今どこに居る?」

『俺今家だけど…マンションって俺の?』

「私自分の所だったら連絡しないわよ…」

『上がってくる?それか俺降りようか?』

「行っていい?」

『どうぞ?待ってる…』


そうして通話が切れると前と同じように来客用の場所に停めて美羽はエレベーターで上がって行った。直にエレベーターは美羽を14階まで引き上げる。チャイムを押して間もなく、玄関の扉はカチャリと開いた。


「どうぞ?」

「ありがと…お邪魔します…」


そうして美羽はどれくらい振りかに秋人の部屋に入った。その空間は以前とほとんど、いや、まったくと言っていいほどに変わってはいなかった。少し緊張しながらも玄関を入って行き、リビングに入った時だ。背中越しに美羽は秋人の上着をそっと掴んだ。


「秋人…」

「…ん?何?」

「あのね…私、秋人に伝えなくちゃいけない事があって…」


その後に少し沈黙があった。秋人は半ば諦めた様子で小さくため息を吐くと少し俯き加減で美羽に問うた。


「その話って…匠さんとの事?」

「…それも…ある。」


その言葉を聞いて秋人はそっと体の向きを変えた。少し見下ろすように美羽を見つめると微妙な距離を持ったまま美羽の言葉を待った。


「…私、あれからずっと考えてて…さっき匠さんの所にも行って来て……私…」

「…ん」

「やっぱり秋人がいい…私が選べる器じゃないなんて解ってる…だけど…やっぱり私は秋人の隣に居たい…」

「俺でいいのか…?」

「ん…」

「後悔しないか?」

「ん…しない…」

「明日になったらやっぱり匠さんのがいいって言っても遅いぞ?」

「秋人…」


そう1回名前を呼ぶとキュッと巻き付いた美羽。腕を背中に回して巻き付いたまま、胸に顔を埋めてポツリと呟いた。


「…好きだよ…秋人」


そう言われた秋人は気付けば美羽を抱き締め返していた。


これほどまでに嬉しくも、温かいクリスマスを迎えれるなんて…もうほかに何もいらない…


匠さんには申し訳ないけど……


「ありがとう…美羽…」


やっぱり美羽だけは…手放せない…


色々な思いが重なり、混ざり合う中…こうして、1度は切れた絆の糸が再び結ばれて、互いの糸が絡みあった…

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