第13話コテージな休日
秋人との関係にも大分涙する事なく過ぎてきたそんなある日。秋人のオフと、宮村のオフが偶然にも重なった。それ故に美羽もまた、時折の電話以外には休みとなる為、オフにほど近い物となっていた。そうなる事が解っていた前日の夜…宮村からの着信が入ってくる。
「もしもし、美羽です」
『もしもし?今いいかな?』
「はい、大丈夫です。」
『あのさ?明日秋人オフだろ?俺もオフで。だからずっとどこにも行けてなかったから…一緒にどこか出かけようかなって思って。どう?何か用事とか先約ある?』
「明日…ですか?明日だと、かかってくる電話が数件あるかも知れないですが…それ以外は特に…」
『どこか行きたいところある?』
「どこでもいいです!匠さんのおすすめの所とか…おすすめの場所とかありますか?」
『そうだな、最近はとんと出掛けないからなぁ…よし、どこでもいいのな?』
「はい!楽しみにしてます」
『じゃぁ8時に迎えに行く。いいかな?』
そうして待ち合わせの時間も決まり、電話は切れた。そうして急いで支度をし、明日に備えてしっかりと準備をした美羽は少し早めに就寝に就いた。
次の日。早めに起きた美羽だったが、迷っていた。行く先が解らない為、昼食を作って行こうか、解らなかった。それに、もし宮村が手作り弁当を苦手としていたら…迷惑になるだろう。そう考えて作ろうかどうしようか迷いに迷っていたが、朝の8時という事もあって、軽めの朝食位なら…と思った美羽は運転中でも食べやすいようにとおにぎりを作った。ご飯の量を減らしつつ、中にウインナーを入れてみたりと試行錯誤していた。別途袋に入れた時だった。チャイムが鳴り、美羽は慌てて玄関に向かった。
「…ゥキャ!!」
ガチャンと躓きながらも玄関の戸を開けた美羽はにこと笑いながら戸をゆっくりと開けた。
「おはようです…」
「…大丈夫か?」
「ヘヘ…なんの事でしょうか…?」
「無理すんなよ?もう出れそうか?」
「はい!」
そうして鞄を取り、作ったおにぎりもこっそりと持ち、家を出る。車に乗り込んだ宮村はそっと美羽に問うた。
「美羽ちゃん?聞いていい?」
「はい、なんでしょうか?」
「何やらさっきから香ばしい磯の香りがしてんの、気のせい?」
「気のせいじゃないですよ?本当はお弁当もって思ったんですけど、お弁当苦手な男性もいるだろうし…何か策があったりしても申し訳ないし…それ言ったらこれもなんですけど…」
そう言いながら美羽はそっとおにぎりを2つ取り出した。手渡すときょとんとした様子を一瞬見せたものの宮村はすぐに笑顔になった。
「ありがとう、てかさ、美羽ちゃん?覚えておいて?」
「…はい……」
「好きな人の手作りの物ならどんな男だって嬉しいもんだよ。頂きます」
そう言いながら宮村は運転しながらおにぎりをパクリと頬張った。じっくりと味わうように咀嚼を繰り返す。もう一口…と頬張った時に中からウインナーが出て来たのに気付き、美羽の方を見た。
「ほえ!!ほえ、はんは、はぁっへぅ!」
「匠さん、よくわかりません」
「……ンク…これ…なんか入ってる?!」
「はい、おかず食べれないだろうからと思って…ウインナー嫌いじゃなかっただろうし。」
「…え?」
1つ目のおにぎりを完食した所で驚いたように宮村は美羽を見た。
「なんで知ってるの?」
「…え?だって…去年の忘年会の時もむしゃむしゃ食べてたし…それに良く相沢さんにも聞かされてたし…」
「相沢さんかぁ。あの人ね…ちょっと問題があってね。」
「問題…ですか?少し癖が強いとは思いますけど…」
「まぁ…これがひどければ辞めてもらうしかなくなるけど?」
そう言いながらの2つ目のおにぎりをパクついた。もう1つはどこにでもありそうなふりかけのおにぎりだったものの、『うまい!』と食べていた。
「ごちそうさま、さて、今日なんだけどさ?」
「はい。どこ行くんですか?」
「んー、まぁついてきて?」
そう言いながら走って行く。都会の喧騒から少し離れた所に入り、そのまま車はどんどんと進んでいく。そんな中、スーパーを一軒見つけて買い出しに入った。お魚、肉、その他色々なものを買い込んだ。そうして両手いっぱいになった袋を持って車に戻り、再度車を走らせる事十分。やっと車は宮村の目的地とする場所に到着した。車を降りると美羽は一気に言葉を飲んだ。
「ぅわぁ…」
「どう?ちょっと借りてみた。」
そう言いながら宮村は美羽と一緒に荷物をもって中に入る。テーブルにドサリと置くと冷蔵庫に生ものだけ入れていく。美羽は無邪気にもハンモックに座っていた。
「見てみて!匠さん!ハンモック!!」
その様子はさながら、幼い子供の様に見えた。嬉しそうに笑いながら美羽の傍に近付くと腕を引き、そっと抱きしめる。
「たまにはのんびりと一緒に時間過ごしたくてね。」
「…匠…さん?」
「…そろそろ『さん』要らない…匠でいいよ」
「でも…それは……」
「2人きりの時は大丈夫。匠でいい…」
そう促した宮村。それにつられる様に美羽はそっと名前を口にした。しかしそんな直後に美羽は照れ隠しなのか、俯いてしまい背中を向ける。そんな相手に宮村は背中から抱き締めた。
「ここ、今日1日貸切だから…好きに使えるから…」
「…はい…ッッ…あ、」
「ん?何?」
「お昼ごはん、食べますか?」
「作ってくれる?」
「クス…はい」
そうしてするりと腕から抜け出ると、美羽はキッチンの調理場になって居る所に向かう。ガスも水道はもちろん、そこにある食器類も使って構わないとの事だった。2人で決めた昼食は何てことの無い、カレーライスだった。何でカレーライスになったのかは良く解らないが、宮村が突如『カレー食べたい…』と言ったからだった。煮込んでいる最中に美羽はソファに座っている宮村に近付いた。ふと見ると、転寝しているのだろう…瞼はそっとくっついていた。こんなにゆっくりと間近で宮村の顔を見た事は無かった美羽は起こさない様にそっと前髪を避ける。そのまま頬に触れ、そっと口唇に触れた。
「…キレイ…」
キラリと光る右耳にあるピアスも、少し癖のある黒髪も、男性にしては長めの睫毛も…ひとつひとつ見ていると美羽は嬉しくも、気恥ずかしさも出てきた。そんな時だ。何を思ったのか、美羽はゆっくりと顔を近付ける。そのままそっと微かに自身の口唇を宮村のそれに重ねた。
「…ッツ…何やって…」
ふと我に返った時、恥ずかしさのあまりに体を起こそうとした時。それを宮村は阻んだ。
「なぁにしてんの?」
「…いえ…えっと…その…ごめんなさい…」
「謝らないでいいよ。ただ、寝てる時じゃなくて、今してほしいんだけどなぁ…」
「…い…っま……ですか?」
「そう。」
そう言われる美羽。しかし、さっきとは状況も違い、なぜか動けない。恥ずかしさの余りに美羽は固まってしまっていた。それを見かねた宮村はクスリと笑い、腰に腕を回して抱き寄せる。
「…じゃぁ、俺からシていい?」
「…」
小さく頷くだけの美羽の頬を包み込んで、逃がさぬ様に右腕は腰から動く事なくそのまま自身の方に引き寄せた宮村。そっと優しく重なる口唇…一旦は離れるものの、再度重なりあう…何度となく交わしたその後に、美羽は何とも言えない様な感覚に堕ちていった。それは、どこかしびれるような…熱く、高鳴るようなものだった。首に巻き付いた美羽はそのまま宮村の耳元でそっと呟いた。
「匠……ッき」
「?なに?」
「好きよ…匠…」
感情に任せて口を吐いたのは愛情の言葉そのものだった。このまま、愛され続けたら、きっと秋人の事なんてすぐに忘れられる…匠を好きに、もっと好きになれる…この時の美羽はそう思っていた。そんな盛り上がる気持ちのなかでふと現実に引き戻すかのように具材を煮込んでいた鍋の音が変わった。ぱたぱたと走る美羽の後を追う宮村。カレーのルゥを割り入れて回しながら様子を見ていた。流石に炊飯器は無いという事でレンジでチンしたご飯の上にかけた。
「お待たせしました」
「大丈夫。頂きます!」
そうして頬張る宮村。目をキラキラとさせながら美羽を見つめて、無言のまま親指を立てた。口に入れた分を飲み込むとまず第一声がおいしいだった。笑いながら美羽も一緒に食べる。そんな些細な事だったが、本当に嬉しかった。
こうして昼食もおいしく食べ、まったりと、ゆっくりとした時間を過ごしていた時だった。宮村の携帯に着信が入る。
「ごめんな?…もしもし?」
『お休みの所すみません。社内、木村です。』
「あぁ、お疲れ様です。どうかした?」
『実は、ワイズプロモーションズの社長様自らお見えになっていまして。』
「ワイズの社長が?なんだって急に。今日はアポないはずだけど?」
『はい、ご本人もそうは言っているんですが…早川さつきさんのことでどうしても急ぎで話がしたいと…』
「今日は無理だ。悪いがすぐに行ける距離にはいない。改めて出直してもらえるように…」
『すみません、電話を代わってほしいと…』
『もしもし?宮村社長さんですかね?』
「はい、ご無沙汰しております。本日はアポイント無かったと記憶していますが?」
『まぁな。しかし、SATSUKIとおたくの榎本秋人君のことでどうしても早急にお話ししておきたい事がありましてね。』
「急用…とおっしゃいますが、申し訳ないですが僕も今直ぐにお伺いできる場所に居ないものでして。」
『でしたら今夜20時頃にお会いできましょうか?』
「20時…ですか…」
『まぁそれより早くてもよろしいが…この話し合い…避けて通れんと思うが?』
ワイズの社長は、何やら意味深な物言いをしていた。そうして、宮村はなるべく早くに戻れるように…とだけ伝え電話を切った。ふと美羽に目をやると、洗い物もすっかりと終えて、帰り支度を始めていた。
「美羽?…なにして…」
「帰ろう?」
「でも…」
「せっかくのオフとはいえ、問題が起きて、それで相手の社長が来て見えるならそれなりの要件のはずでしょう?先に済ませてしまおう?」
「でも…」
「せっかく借りてくれたコテージももったいないけど、思い出ならまた作れるし。それに今日だっていい思い出作れたし!」
そう言いながら笑う美羽。そんな笑顔に救われると言わんばかりに宮村も頭を下げた。そうしてひと言『穴埋めは絶対するから…』といい片付けて少し前に来た道を戻って行ったのだった。
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