第9話クライシス…潰れそうな心

2人が本格的に付き合い始めてから、3ヶ月が経とうとしている9月末のある日…自身の家の一室で、いつも通りに日報を送った美羽。少しして宮村から電話がかかってきた。


「もしもし、葛城です」

『もしもし、お疲れ様。宮村だけど…』

「お疲れ様です。あの、私何か間違ってましたか?」

『いやそうじゃなくてね。久しぶりにどこかで食事しないか?』

「あの、社長…そういったことは…」

『社長とマネージャーとしてじゃなくて…少し話もしたいと思ってね。』

「そうですか…いつですか?」

『明後日、予定半日で終わるだろう?』

「えぇ、確かに…」

『その日。夜空いてる?』

「私は今の所…空いてますけど…」

『じゃぁ決まり。そのまま空けといて?』


そうして久し振りの宮村との食事となった。確かに宮村に報告しなくてはならない事もいくつかあった。社内恋愛禁止ではないと言え、まだ秋人との交際を隠している状態だった。いずれは言わなくてはと思ってはいてもなかなか切り出せずにいたのだ。秋人の誕生日も間近とはなっていても当日ではなかった為問題はないと踏んでいた。日報も終わり、軽く伸びをして、浴室に向かう。ゆったりとした時間を過ごし、30分ほどした頃か、美羽は浴室から上がり、リビングに戻ってきた。チカチカと点滅して着信を知らせるランプが目に留まり美羽は携帯を起動させた。


「秋人…?」


その着信の主は秋人だった。すぐに折り返しをした美羽。3コール目で秋人は出た。


『もしもし?』

「もしもし?秋人?…ごめんね、お風呂入ってて…」

『そっか、美羽さ、明後日、仕事終わりに用事なんかある?』

「明後日…」


そう、その日はまさについさっき宮村と約束を交わしたばかりだった。しかしいくら秋人からの申し出とはいえ、先約がある以上断るに至った。


「ごめん、その日先に先約がある…」

『先約?』

「ん、ごめんね?外せそうになくて…」

『そっか、無理言って悪かった。土曜日は?6日…夜空いてる?』

「6日は空けてあるよ。秋人の誕生日だもん」

『…サンキュ、それじゃぁ明後日は諦めるか…』


そうして秋人との短い電話は切れた。その直後に『ごめんね?』ともう一度メールを入れた美羽。その返事で秋人からも速攻で来た。


『まさかと思うけど、翼じゃないよな?』

『違います!連絡先は貰っても返事返してないから、相手は私の番号知らないし。』

『それならいいけど…』


その短いやり取りを済ませると美羽は寝室に向かってそのままベッドに突っ伏した。



それから日も過ぎて宮村との食事の日…

仕事も難なく終わりを迎えた。美羽は車を持ってきていなかった。と言うのも、前日に秋人から自身の車で向かうとの連絡があったからだ。秋人の方にも約束が急に入ったからとの事だった。丁度、その日の撮影場所も交通の便もそんなに悪い所でもなかった為美羽自身も安心していた。


「秋人…お疲れ様です」

「あぁ、気を付けて…」

「うん、秋人もね?」

「…………」

「秋人?」

「…ん?あ、何?」

「ううん…なんでもない…気を付けてね?」


そうして仕事が終わった後、2人はそれぞれの待ち合わせの場所へと向かっていった。美羽は指定された駅に向かっていく。着いて時期に宮村から連絡が入った。


『ごめん、もうじき着くと思う。』


そのメールを見て、美羽はなんだか不思議と笑みがこぼれてきた。あの社長が一体どんな顔をしてこのメールを入れているんだろうか…『大丈夫です』と短い返信を入れたもののキョロキョロとあたりを見回して待っていた。それから10分ほどした時だった。美羽の携帯に着信が入ってくる。


「もしもし、葛城です。」

『ごめん、遅くなった。今着いた。どこにいる?』

「改札のすぐ出たところです。」

『解った、待ってて、すぐ行く』


そうして電話は切れた。またしてもキョロキョロと見回していると、珍しくシャツを着た宮村が走ってきた。


「悪かったね…」

「大丈夫ですよ、私もさっき来たとこでしたし。」

「本当に?」

「はい。電話貰う少し前だったので。」

「やばいな、結構待たせた。」


そう話しながらも宮村の車に向かい乗り込んだ。シートベルトを締めながら、宮村は美羽に聞いていた。


「夕飯、何か食べたいのある?」

「いえ、特に。おすすめとかありますか?」

「んー、じゃぁ決めてたところでも良いかな。フレンチなんだけど…」

「フレンチ…」

「あ、苦手?」

「苦手…じゃないですけど、きれいに食べれるか…」

「そんな心配…個室にするから問題はないよ。」


そう言いながら宮村は車を出した。個室のフレンチ…美羽の鼓動は一気に高鳴った…かなりの金額がするはずだ…手持ちが足りるか…不安になっていた。それを悟ったのか…宮村はくすりと笑いながら切り出した。


「僕の誘いだからね。気にしなくていい。それに僕が勝手に予約してたし。」

「予約って…」

「うん、まぁ行けたらなって思って前乗りしてただけだけど…」


カリッと頭をかいて宮村は小さく笑っていた。そうして着いた先は某有名ホテル…車を停めると何の躊躇いもなく宮村は降り、美羽を降ろす。


「あの、社長?本当にここ?」

「まぁね。さ、行くよ?」


そう話しながら美羽をエスコートしつつ中に入りエレベーターへと乗り込んだ。躊躇うこともないまま高層のボタンを押す。入り口ではキチリとタキシードに身を包んだ男性が立っている。


「いらっしゃいませ。」

「予約していた宮村です。」

「宮村様、でございますね?お待ちいたしておりました。こちらへどうぞ」


そう言い丁寧にお辞儀をされるとウェイターに着いて行った。奥のテーブルに通されて席に着く。食前酒は断り、話をしながら食事を楽しんでいた。そんな時だった。美羽の携帯が震えだす。


「あの…すみません…」

「どうぞ?」


そうしてスマホを確認する美羽。そのメールは秋人からの物だった。開いた途端に美羽の心はドクンと高鳴りを見せる。


『ごめん、別れよう』


たったそのひと言だけが液晶に明るく映し出される。どうしたらいいのか解らないまま、美羽の手は僅かながらに震えだした。


「どうした?」

「いえ…その…」

「大丈夫?」

「…ッ……はい…」


そう言いながら食事を食べ進めるものの食は当然ながら進むはずもなかった。気になる宮村は美羽に問いかけた。


「もしかしてさっきの秋人か?」

「…はい。」

「…どうかした?」

「なんでもないです。」


そう言いながら、宮村には理由が解らないまま美羽の目からは涙が溢れだした。場の空気を考えても、すぐに止めようとする美羽。少しして最後のデザートも来た。


「美羽ちゃん、何があった?」

「本当に何もないですから。」

「秋人との仕事が辛い?」

「そんな事ありません。全然…」

「…ハァ…」


そう言う答えが返っても仕方がない。秋人の評判もうなぎ登りのように人気、使用しやすさなどの評判も美羽と組んでから上がる声は多数に渡っていたからだ。


「美羽ちゃん…もしよければ部屋取ってある。…そこで話す?」

「え?…でも…」


脇にスッとカードキーを出す宮村。優しく笑いかけながらも見つめる目に美羽は瞬間的に甘えそうになってしまっていた。デザートも終わり、席を立ち、会計をしようとレジに向かう。宮村の数歩後ろで待っていた時だった。もう一組の男女が入ってくる。ふと目線をあげた美羽は頭が真っ白になっていた。そう、その2人とは秋人とSATSUKIの2人だったのだ。


「あれ?もしかして秋人のマネージャーさん?」

「…ッッ」

「美羽…」

「何だ、食事か?」

「…えぇ…まぁ…」

「社長様もマネージャーさんとお食事ですか?いいですね!!」

「…匠さん…行きましょう?」


そう言いながら美羽は宮村の手を引いてその場から立ち去る様に早々にその場から離れた。そんな2人を見て秋人は何とも言いきれないような感覚になっていた。立ち尽くしている秋人にウェイターは声をかける。


「お席にご案内致します。」

「あ…すみません」


そうして席に着くなり、さつきは秋人に話し出した。


「ほら、言った通り。あの子だって誰だっていいのよ。お金さえ持ってる人で、ちょっとかっこよければ…」

「五月蠅い。黙っててくれ…」


秋人は気がおかしくなりそうだった。理由は話せなくとも、いきなりの別れを切り出したのは自分とはいえ、社長と美羽が一緒に居た…それに…


「匠さんって…なんだよ…」

「何か言った?」

「…別に…」


……それに今まで、ただの一度も美羽は宮村の事を名前で呼んでなんかいなかった…それなのに…なんでこのタイミングであれを聞かなくてはならなかったのか…そんな事だけが秋人の頭をぐるりぐるりとかき乱していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る