第5話戸惑いの想い、秋人
抱き締める美羽の体からゆっくりと腕を緩めた宮村。そうして、そっと頭を撫でると優しく笑いかけた。
「ごめんな?急に…」
「いえ…お疲れさまです…」
「美羽ちゃん」
呼び止められた美羽は部屋を出る足を止めざるを得なかった。
「さっきの返事、急がなくていいから。」
「…はい。」
「じゃぁ、帰り気を付けて…」
そういわれて美羽は社長室を後にした。急いで車に乗り込み家路に着く。
「ハァ…どうしよう、」
迷うのも無理はなかった。昨日には秋人にキスをされ、今日は宮村に告白をされ…正直どうしていいのか解らなくなった。ただ違うのは、焦っていたものの、秋人に対してのドキドキとは全くの別物だった。
「もぉ…」
困惑しながら、美羽は家に向かい、帰宅の途に着いた。
次の日、いつも通りに美羽は秋人のマンションに向かっていた。するとマンション前に着くと、秋人はすでに待っている。
「すみません遅くなりました。」
「…さっき俺も降りてきたところだからそんなに待ってない。」
そういいながら秋人は後部座席に座った。少し躊躇いながらいた美羽に秋人は聞いた。
「そういえば、昨日の仕事の話って。」
「あ、はい。社長にも確認したんですが、秋人さんと、私で決めたらいいって言われて。」
「…どんな内容?」
「ロコ・ロカって雑誌なんですけど…それのある特集で…」
「その特集って何?」
「…セッ…その…」
「その?何?」
「……セックス特集です…」
「…なるほどね。それで躊躇ってくれたって訳か。」
「いえ、そうではなくて。」
「ふぅん…」
ピンっと察しのついた秋人。セックス特集ともなれば相手が要るはずだ。
「で?相手は誰なの?」
「それが…その」
「男だったら嫌だよ?断る。」
「違います!SATSUKIさんです。」
「さつきかぁ。」
バックミラーでちらりと見ると窓の外を見ている秋人。その後の言葉がでなかった。
「……別に俺はいいよ?」
「え?…でも…」
「とっくに関係は終わってるし、連絡だってとってないし。それに美羽が取ってきてくれた仕事だ。やらない理由はない。」
「断るかと思った。」
「何で?断る理由もない。」
小さく笑いながら秋人は答えた。なぜか秋人は多少なりにも緊張していた。それは美羽も同じではあったがどちらかと言えば秋人のが緊張していたのだった。
「そういえば…」
「はい?」
「昨日は悪かった…なんかそっけなくて…」
「何がですか?大丈夫ですよ。それより体、大丈夫ですか?」
「問題はないよ、ありがとう。昨日再三怒られたしな…」
そう、昨日秋人はS4の仲間である春崎に相談をしていた。
~ 時間は遡り…・・昨日…・・~
秋人は目を覚ますと同時に体温を測る。出ていた熱もすっかりと落ち着きを取り戻していた。リビングに向かうと昨夜食べたままのおかゆの入っていた鍋がそのままになっていた。それをまず洗い、冷蔵庫を開けると小さく笑っていた。
「こんなに買い込んで…俺1人だっつぅのに…」
そう。美羽が買い込んだ大量のプリンやら、アイスやらを見て笑みが込み上げてきたのだった。そんな中からプリンを1つ取り出すとピリッと蓋を取り食べだした。
「…どれだけ振りかな…甘…クス」
そうして食べている途中に昨夜の美羽とのやり取りを思い出していた。プリンを持ち、プラスチックスプーンを咥えたまま秋人は項垂れるように頭を下げる。
「俺…何やってんだろうな…これじゃ和の事何も言えねぇな…」
そう呟いていた。そんな時だった。秋人の携帯に着信が来る。
「もしもし?」
『俺、起きてた?』
「いくら相手がハルでも寝てたら出ねぇよ。」
『確かに。』
「珍しいな。どうした?」
『今日オフだろ、付き合えよ』
「まぁ…いいけど。」
『…?風邪ひいた?』
「まぁ…でも熱も下がってるし大丈夫だ」
その返事を聞いた春崎は秋人のマンションまで迎えに行くといい、電話を切った。シャワーを浴びて着替えをしながら秋人は春崎を待つ事にした。少しして携帯に『今着いた』と連絡が入ると鞄を持って家を出た。下まで行くとハザードをたいたまま待っている車がある。その車は軽いクラクションを鳴らし、秋人を乗せると時期にその場を出発した。
「朝早くにどこ行くの?」
「朝早くったってもう10時廻ってるし?…んー、…さぁ…」
「さぁって…決まってねぇのに呼び出したの?」
「たまにはこういうのも気晴らしになるんじゃね?」
そう言いながらただ車を走らせていく春崎。そうしてついた先は水族館だった。
「着いた」
「水族館て…」
「まぁまぁ。」
そうして2人は降りた。そのままチケット売場に向かい大人2枚を春崎が支払う。
「ほれ、」
「サンキュ。」
2人は周りの目など気にすることなくスタスタと入って行った。入口すぐには小魚達が群れを成している。そんな水槽の前まで来て見上げながら春崎は主牟婁に口を開いた。
「今度ここで撮影あんだって。んで好きなポイントサーチしといてなんて言われてさ?1人で来るより誰か一緒がいいなぁって思ってね?」
「それで俺って訳か。」
「悪かったな?付き合わせて。」
「いや。俺もこういうとこは好きだから。たまにはいいな。」
そう話しながらゆっくりとみていく。その間も色々と他愛もない事を話しながら見て回っていた。しかし、そんな時でもどこか秋人の様子が引っかかる春崎。少しして周りに殆どいない空間に足を踏み入れた時、春崎は秋人に尋ねた。
「なぁ秋人?」
「ん?何」
「またマネとうまくいかねぇの?」
「……いや…別に?なんでそんな事聞くの?」
「なぁんか浮かない顔してるし。それで今の秋人の環境で変わったっていうと美羽ちゃん…だっけ?その子位かなぁって思って。」
「何てことない。美羽もよくやってくれてるし…それに美羽に謝らなきゃいけないのは俺の方だし…」
秋人にしてはやたらと歯切れが悪い。しかも秋人が謝る方と言うのもここ最近では全く聞かない話だった為、春崎も驚いていた。
「何?秋人が謝らなきゃいけないって…」
「俺自身でも気持ちがわかんねぇの…それに和みたいになってるし…」
「いや、僕の中では秋人と和は明らかに違うと思うけど?そりゃ、秋人が美羽ちゃんに手ぇ出したって言ったら話は変わってくると思うけど…」
「…………」
その春崎の言葉に無言で返事をするしか方法がなかった秋人。そんな秋人の様子を見て春崎は顔を覗き込んで再び問いかけた。
「ちょっとまて…マジ?」
「わかんねぇんだって…好きかどうかとか…ただ何かイライラすんだよ」
「それで?美羽ちゃんに何したの?」
「いや…その……」
「ん?」
「抱き締めてキスした…」
それを聞いた春崎は目をぱちくりさせて『はっ?!』と大きな声を上げてしまった。廻りに頭を下げながら春崎は秋人の手を引いてその場を離れると場所を移した。
「秋人…マジ?」
「…あぁ」
「それで?美羽ちゃんの反応は?」
「特に…」
「いや、なんもねぇことねぇだろ?」
「嫌がりは…してなかったと思う。」
「それで?拒否は?」
「や、だからされなかったと思う…」
「…なるほど…」
「ハル?」
「いいんじゃねぇの?美羽ちゃんも嫌がってなくて、っていうならはっきり聞いてみたら?」
「何をだよ。」
「だから、美羽ちゃんに秋人の事どう思ってるか。」
「仕事上て言うだけだろ…」
「いいや、考えてみろ。仕事上だけでキスまでするか?マネージャーだぞ?」
「そうかもしれねぇけど…」
そんな会話が続く中、昼食を食べにフードコートに入った。しかし面白いほどにこの二人は声を掛けられなかった。気付かれては居るだろうが、『声をかけるなオーラ』が半端ないのでは…とよく言われるほどだったのだ。
「ていうか、俺が言う事も無いんだけど…秋人、あの子の時はどうだったの?」
「あの子?」
「SATSUKIちゃんの時。」
「…あぁ、あの時はガキだったし。好きだって言われて、まぁ試しにって言われてる期間の中での別れだったし?」
「キスとかもしたんだろ?」
「まぁ。一応?」
「一応って…で、その時と今回は…なんか違うとか無いの?」
「違いって違い……あるとすれば俺からシたか、相手からシたかの違いなだけで。」
「……秋人…」
「ん?」
「それってすげぇ違いだぞ?」
そう、諭される様に話をし出した春崎。それでも秋人は迷っていた。熱のせいであんなことをしたのか、そうでなくて自分は美羽を好きだというのか…解らずにいた。そんな時、美羽からの電話が入り話しを少しして切れた。
「…クス…本気で迷ってんな。」
「だって…もしだぞ?美羽がもし万が一俺の事を好きだとしてだよ?なんで何もいわねぇの?」
「何が?」
「キスされて…好きとも何にも言わない俺に対して…」
「それはしらねぇよ…クスクス」
「…って言ったところで俺好きだって思った事ねぇよ?」
「でも、気付いて無いかも知れないけど、秋人、初めから美羽ちゃんの事大事で仕方ないみたいだったぞ?」
「…どこが?」
「今まで女性のマネが来たって、和の事注意したりしてなかったろ?近付くなとか。美羽ちゃん相手には真顔で言ってたからな?」
「あれはあの時言ったけど、美羽がマジでついて行かれると困るからで…」
「何で困るの?」
「それは…ッッ…わかんねぇ…」
「一目ぼれってのか?」
「俺したことねぇし…友達からしっかりと見極めてって」
「実際はわかんねぇもんよ。落ちてみない事には…さ?」
話しながらも昼食を済ませる2人。少しするとファンにばれてしまい早々に退散することになった。帰り道、春崎に秋人は会話の口火を切った。
「頼むから…海と和には黙ってて?」
「黙ってる分には構わないけど、たぶんあの2人、気付いてるよ?」
「何が?」
「秋人が美羽ちゃん好きな事。」
「だから俺は…」
「明日、仕事だろ?美羽ちゃんにちゃんと話せよ?」
そう言われながらも、車は帰路についていた。
「・・・…きとさん…秋人さん?」
「え?あ…悪い。」
「着きましたよ?」
昨日の事をぼう…っと考えていると美羽に着いたことを教えられた秋人。そうしてこの日も何も伝えられずに終わってしまった。
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