第4話暗き道、迷い道
自分の家に戻ってきた美羽。シャワーを浴びていた時にふと、秋人に抱きしめられた感覚を思い出していた。口唇をなぞる…その度に秋人の感覚が記憶として鮮明に蘇ってくるのだった。
なんであの時に嫌じゃなかったんだろう…どうして拒めなかった?…それよりも私は……
そんな自問自答がぐるぐると渦を巻き、くらりと軽い眩暈を起こしていた。鼓動は高鳴ったまま、美羽は浴室を出る。着替えも済ませ、リビングに戻った時だ。携帯にメールが来ていた。
『美羽ちゃんって本当にあざといね。もう事務所、来ないでくれる?顔見たくないから』
ドクン…と体が震える。送信元は恭子からだった。さっきまでの心地よい感覚から一気に闇の中に落とされたかのような感覚に陥った。
『みんな同じこと思ってるのに気付かないみたいだから。匠さんだって同じような事言ってるんだよ?お荷物だから早く辞めてもらうためにマネに据えたんだって!』
『あ、これ秘密事項だった!ごめんね?』
続々と入ってくるメール。それに対してどう入れていいかも解らず迷いながら、やっとの思いで入れたものの美羽の入れたメールには既読マークがつかなかった。電話も繋がらない…通常の電話回線を使ってみても『お繋ぎできません』と言われるばかり…
「ハァ…」
ため息しか出なくなる。これはどこまでが真実なのか…もし全てが真実だとしたら、さっきの秋人のキスは、抱きしめられたことは…なんだったのか…泣きたくなる気持ちを抱えたまま、美羽は寝室へと向かい、ベッドに倒れこんだ。
翌日は秋人もオフの為美羽は顔を見なくて済むため、どことなく安心していた。昨日のキスが原因ではない。恭子の寄越したメールが原因だった。何もする気が起きない…そうして、ぼぉ…っとしている時間が長くあった時だった。仕事用の携帯が鳴っていた。
「はいもしもし、クリスタル・レインボー葛城です。」
『もしもし、お忙しい所申し訳ございません。私、ファッション雑誌のLOCO.LOCAの企画構成の生田と申します。榎本秋人さんのマネージャー様でしょうか?』
「はい、そうですが。」
『今度、当雑誌の企画ページで、ぜひ榎本秋人さんを起用したくて…ご連絡させていただいた次第なんですが…』
「そうですか、あの、どのような企画でしょうか?」
『はい、恋人と感じるセックス をコンセプトにしたものなんですが…いかがでしょうか?』
それを聞いた美羽に緊張が走った。そう、ロコ・ロカのこの手の特集は毎回人気が高い。そして、男女の絡みもかなり激しく出てくる。1つ深呼吸をして美羽は答えた。
「でしたら一度検討させていただきます。企画書等お預かりさせていただく事は可能でしょうか?」
『かしこまりました。もし葛城さんや榎本さんのご都合宜しければ今日お会いできたらと思うのですが…』
「すみません。秋人は本日オフとなっておりますので私のみのお話でよければお伺いいたしますが。よろしいでしょうか?」
『大丈夫です!ありがとうございます。そうしましたら、お時間ですが……』
そうして仕事を1つ手に入れた。待ち合わせをして、話を聞く事になった美羽。少しして支度をし、ひと呼吸おいて、家を出る。小さなカフェなのだが、静かな店内が魅力での場所だった。待ち合わせ15分ほど前にそこに就いた美羽。カランカラン…といった軽いウィンドウチャイムの音を聞きながら中に入る。
「いらっしゃいませ。1名様でしょうか?」
「はい、あの、待ち合わせをしているのですが…」
「左様でございますか、まだお相手の方らしき方はお見えではないかと…お待ち合わせの方は1名様でしょうか。」
「はい。」
「でしたら先にご案内させていただきます。どうぞ?」
少し早く着きすぎたかもしれない…そう思っていた。席に通されて手帳やノートパソコンを広げる美羽。カタカタと宮村にメールを書き始めた。少しして先程のウェイターが1人の女性を連れてきた。
「こちらでございます。」
「ありがとうございます。」
そうしてウェイターはその場を一旦離れた。そうして生田から口火を切った。
「初めまして、LOCO.LOCAの生田と申します。」
「こちらこそ、お初にお目にかかります。葛城美羽と申します。」
そうして互いに名刺交換を済ませ着席をした。そして飲み物を注文した2人は仕事の話に話題を運ぶ。
「忙しい中、急にお呼び立てして申し訳ございません。」
「いえ、大丈夫です。」
「それで早速なんですが…」
そう言って生田は数枚の資料を出した。そこには撮影に関しての情報がいくつか載っている。ホテルでの撮影になるがそのホテルも有名なところのスイートルームを使用するとの事だった。
「すごい…こんな所で撮影するんですね…」
「えぇ。どうせなら本気で読者の皆さんに羨ましい、私もこうなりたい…って思ってもらいたいので。」
「それで、これが相手の…?」
「はい。こちらのSATSUKIさんも若い女性にとても人気があって…。なかなか2人の共演がしにくい点も多かったんですけれど、うちの雑誌で、この企画でそれを打破したいなと思いまして…」
「そうでしたか…解りました。」
「それじゃぁ!」
「いえ、1度この話持ち帰らせていただいても宜しいですか?私の一存では判断しかねる事も御座いますので。申し訳ありません。」
「そうでしたか…解りました。」
「お返事ですが遅くても3日以内にはご連絡させていただきます。」
「解りました。」
そうして2人は飲み物を飲みながら、少し話をした。どんな構成にするのか、プランや部屋タイプの変更も検討中など様々な事を話した。そうして会ってから45五分ほどが経過したくらいか、2人とも落ち着いたところでお開きとなった。駐車場の車に乗り込んだ美羽はそのまま発信する前に宮村に電話をかける。
『もしもし?』
「…あ…あの、葛城です。」
『あぁ、どうした?何かあったか?』
「いえ、秋人さんの仕事内容で依頼というか…あったんですけど受けていいか…迷ってしまって。」
『大抵の事なら本人と美羽ちゃんの判断で大丈夫だけど?』
「それが…相手のある事でして。その相手が『SATSUKI』さんなんです」
『それで?問題ないんじゃない?』
「でも…過去にあの2人って噂があって…それで共演が難しい中でって言われて…」
『1回話そうか?今日俺は夜なら空いてるけど…』
「事務所…ですか?」
『ん?来れそうにない?』
「それが…」
珍しく歯切れの悪い美羽の返事に何かを察した宮村。それなら…と事務所から少し離れた個室のバーで話をする事にした。
「ハァ…どうしよう…絶対なんか怪しまれたよ…?」
そんな事を考えながらも美羽は秋人に電話をした。しかし電話は繋がらない。呼び出し音はするものの、秋人が出る事なく留守番電話サービスに繋がっていく。そんな時は決まって恭子からのメールが頭を過る。
アンタハ ジャマモノ ミンナ オモッテル…・・
泣きたくなる気持ちを抑えながら美羽は必死に涙を堪えた。少し遅めの昼食を摂りに近くの定食屋に足を向ける。時間を潰しながらも気持ちを抑えて、ただ食べる事に集中していた。他の余計な事を考えないでいいように…昼食も終えて、店を出て、どうしようかと考えている。とりあえずそこから移動をして、ショッピングモールの駐車場に車を停める。そこでパソコンを開き仕事を進める。秋人からの折り返しもないまま、時間を過ごし、時間は18時を指そうとしていた。
ピリリリリ…ピリリリリ…
「はい、葛城です」
『あぁ、宮村だけど…』
「お疲れ様です」
『もう仕事カタ着くから、先にお店行っててもらっていいかな。リリー・オブ・ザ・マリー。知ってる?』
「はい、知ってますけど…」
『そこなら落ち着いて話せるでしょ。多分遅くても19時少し回ったくらいには行けると思うから』
そうして待ち合わせ場所も決まり、美羽は移動を始める。今の場所からそんなに遠くはないものの、早めに到着する分には問題ないと考えていた。しかし思っていた通り。30分前には着いてしまい、少し駐車場にて待つ事にした。その時だった。再度美羽の携帯が鳴る。
「はい、葛城です」
『俺、秋人。なんだった?』
「あ、秋人さん…実は今日あるお仕事が入って…」
『は?今から?』
「違います。お話です。その内容を受けるかどうするか、相談しようと思って電話したんです。」
『別に?美羽が持ってきてくれる仕事にケチなんか付けねぇよ。俺の事考えてくれてんだろうし。任せる』
「でも…」
『悪い…なんなら、明日でもいい?』
「はい…お休みの所すみませんでした。」
そうして切れた電話。秋人のその対応になぜだか寂しさを覚えた美羽。時間を気にしながら店内に入って行った。待つ事時期に宮村はやってきた。相変わらずにラフな格好で登場した。
「悪い、待たせた」
「いえ、大丈夫です。私も今来たとこなので…」
「飯、食った?」
「まだです…」
「何か食おう?腹減ったろ。」
そうして夕飯を兼ねて話し始めた。しかし書面を出すことが叶わず、口頭での説明となった。
「それで秋人は?」
「私に任せるって…さっき電話がありました。」
「そうか、確かにあの2人は仲好かった時期もあったなぁ。でも2か月くらいだったかな、別れてる。」
「…そうだったんですか…」
「だから一時期取り上げられたけどその記事すらガセじゃなかったかってくらいに早い結末だったよ。」
そう聞かされた美羽。しかしどことなく顔は暗い。やはり恭子のメールが気になってしまっていた。なかなか本心を打ち明けない美羽を見かねた宮村は食事だけ済ませると事務所に寄って話をしようと切り出した。
「ここで話づらい事なら事務所で話そうか?」
「でも…」
「あぁ…そっか…時間的にみんな帰ってるからなぁ。」
「…ッッ」
「それでも…なんか俺に話したい事、聞きたい事あるんじゃない?」
そう聞く宮村の顔は穏やかで優しかった。涙が零れ落ちそうなほど溜まっている美羽の顔を見て立ち上がり、頭をぽんっと撫でると『出るぞ』と促した。そのまま会計をして、店を出る。2人とも車だったため、バーと言っても食事だけにしていた。ここから事務所までは車で5分足らずの所。時期に着いた。車を降りると2人は事務所の中に入って行く。微灯だけ点けて社長室に入る。電気をつけて向かい合ってソファに腰かける。
「それで?どうした?」
「あの…・・・」
「ん?」
なかなか切り出せない美羽。当然だった。なんて聞いていいか解らなかった。状況が整理されていない。まだ本人とも話が出来ていない。そんな中で宮村に相談なんてしてしまっていいのだろうか…いろいろ考えてしまってるうちに宮村の方から切り出した。
「社内で何かあったか?」
「…ッッ」
「ハァ…何があった?」
「あの…私って…必要ないんでしょうか?」
「…なぜ?」
そのひと言を話しただけで美羽の目からは涙が止まらなくなっていた。ハンカチで拭きながら美羽は詰まりながらもあったことを話し出した。
「私…心辺りが無くて…なんででしょうか…あざといと言われて…顔も見たくないと…それにそんな事はみんな思ってることだから…って…匠さんも…秋人さんもみんなそうだって…」
「それ、言われた?」
「メール…です。辞めさせたいからマネにつかせてミスさせて…厄介払いしたいからって…」
「ハァ…全く…」
深く1つ深呼吸する宮村。美羽の言葉で誰からの仕打ちかは容易に察しがついた。
「美羽ちゃん、それ言ったの相沢さんでしょう?」
「…それは……」
「いいよ?俺の事匠さんって呼んで、美羽ちゃんの連絡先を知ってる…そういったら彼女くらいしか思いつかない。気にしなくていい。」
「…ヒック…」
「聞いて?俺は美羽ちゃんを厄介払いしたいから秋人のマネージャに据えたんじゃない。逆だ。秋人のマネージャも美羽ちゃんならやりこなしてくれるって思ったから。事務仕事だけで終わらせるにはもったいないって思ったから。もっと上に行って貰わなきゃいけないって。それに美羽ちゃんなら秋人の事、ちゃんと休ませてやれるって。そう思ったからだ。あざとい?上等だろ。この世界、多少のあざとさだって渡って行くには必要になる。美羽ちゃんはしっかりやってくれてる。秋人だってそう思ってるはずだ。」
「でも…電話では…」
「秋人ってな、実は電話が苦手なんだよ。仕方がない時は別として、顔を合わせて、相手の表情を確認しながら話をしたい。そういう奴だ。その割にオフに邪魔されると苛立つしな。それに美羽ちゃんに仕事を一任した。自身で内容を確認したりもしないでだ。あの秋人がだぞ?今までここ何人かのマネージャ相手には何度となく怒ってイライラしてきた。それが美羽ちゃん相手には表情だって柔らかくなってきてる。それを見たらいろんな雑誌や仕事だって舞い込んでくるさ。それをバランスを見ながら美羽ちゃんは仕事を取ってくる。そう秋人も確信して、信頼しきってるんだろう。」
そう宮村は話してくれた。聞いた後、美羽の涙はいつしか止まっていた。話をして、心もすっきりしたのだろう。落ち着きを取り戻した美羽は最後には顔をあげて宮村に頭を下げていた。
「なんか…本当にすみません。色々と聞いてもらってしまって。」
「いや?大丈夫。またなんかあったら話聞くから。」
「はい、でも多分よほどの事が無ければ事務所にはくる事は無いと思います。」
立ち上がりにこりと笑いかけた美羽。荷物を持って会釈をする。
「本当にありがとうございました。忙しい時間に…」
「いや?」
「それでは…お疲れ様です…」
「ん…」
背を向けた美羽に宮村は近付いた。声をかけ後ろからふわりと包み込んだ。
「あの…社…長?」
「俺ではだめか?」
「…え…・・」
「俺が守ってやる…誰からも…どんなことからも…」
そういい宮村は腕を緩め正面から美羽を抱きしめた。
「好きだ…」
「…ッッ…?社長…」
「美羽ちゃん…俺が守ってやる…」
抱きしめる腕を緩める事なく、美羽は宮村の腕と、フローラルの甘い香りに包まれながら、返事を返すことができなかった。
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