第3話甘く、苦い…はちみつレモン
美羽が秋人のマネージャーになって、早いもので2か月が過ぎた。始めの頃のミス等はだいぶ減ってきていた。そうして、美羽の運転で色々と仕事に回ろうかと決まる頃…美羽は少し心配していた。そう、秋人の体調だった。
「秋人さん?大丈夫ですか?」
「大丈夫。…黙ってろ…」
「でも…」
「いいから。仕事に穴開ける訳にはいかねぇだろ…ケホ」
そうして撮影途中から咳をし出した秋人を心配しつつも美羽は秋人の言うように見守るしか他なかった。そうして何とかこの日も終わった。
「秋人さん…」
「ん?何?」
「今日はしっかりとあったかくしてくださいね?」
「クハ…俺は子供かって…ケホ」
「だって…咳してますし。…心配で…」
「咳位少し乾燥してたって出るだろ。気にするな…」
そういいいつもと同じように一緒にスタジオを出るとそれぞれの車に乗り込んだ。
「明日からは…少し楽にさせてあげれたらいいけど…」
そう思いながらも美羽は車を出して家に向かった。この日の日報には仕事内容だけでなく秋人の体調の事も書き加えていた。明日から、自身が送り迎えすることも含めて…
翌朝、美羽は言われている時間よりも20分程早くに秋人のマンションの前に着いた。ハザードをたき、待っている。しかし約束の5分前になっても姿を表さない秋人。昨日の咳の事もあり、心配になってきた美羽は秋人の携帯を鳴らした。
『…はい…』
4コール目が鳴り出した直後に出た秋人…しかしその声はいつもの声とは明らかに様子がおかしかった。
「秋人さん?」
『…悪い…直ぐで…ゲホ…ゴホ…』
「待ってください…!いま私上がりますから!」
そういいエンジンを一旦切り秋人の部屋まで急いで上がった。エレベータで上がりドアが開くと、そこには秋人が立っていて乗り込んできた。
「秋人さん、今日の撮影延期できるか確認してみましょうか?」
「うるせぇ…耳元で騒ぐな…」
「でも…」
「それより荷物…持ってくれねぇ?」
壁に凭れたまま美羽に差し出す荷物。それを急いで受け取った美羽は秋人の体にそっと触れた。
その体はかなり熱い…手のひらも乾いているにも関わらず、ぼわりと熱を持っている…目元もかなり潤んでいた。
「秋人さん…」
「ついた…いくぞ…」
そうして言われてすぐに扉は開き、ふらりと歩みを進めた秋人。車を見つけると後部座席に近付いて行った。美羽が開けると中に座り、ごとりと窓に凭れてしまう。急いで運転席に乗り込んで美羽はゆっくりと発進させた。スタジオに着くとそのまま会釈だけで足早に楽屋に入っていく。1人の雑誌の撮影の為、他の人のペースに合わせる事なく撮影は出来るものの、美羽はかなり心配だった。
「…おい。」
「え、はい」
「今何時?」
「スタートの40分前です。」
「解った…15分前になったら声かけて…」
そういうと秋人はゆっくりと瞼を閉じた。仕事の整理をしながら時間をきにしつつ、調整をしていく美羽。そんな時、宮村からメールが届いた。
『お疲れ様。秋人は体調どう?』
『まだ熱があります。今日は2本撮影があって、明日はオフなのでゆっくりしてもらおうかと…』
『そうか…解った。何かあったらまた報告してくれ。』
短いメールのやり取りだったものの、美羽の心は少しほっと落ち着いた。そんな時、秋人の提示していた時間になり、秋人に声をかける。
「秋人さん。時間です…」
「…ん…ン…ありがと…」
そうしてゆっくりと起き、支度をし出す。衣装に着替えて、そのままスタジオに向かう。挨拶をしながら入り、メイクさんに少し粉をはたいて貰う。そうして何10枚、何100と枚数を撮る。その後、短いインタビューを受けて1本目の撮影が終わった。しかしこの撮影もまた時間を押していた。電話で予め連絡を入れていた美羽はそのまま急いで次の撮影の場所まで連れて行く。次の撮影は雑誌の特集企画の物だった。幸か不幸か、もしくは不幸中の幸いとでもいうべきか…『セクシー』という設定での撮影だった。座り、寝そべり、様々な角度で撮られていくも、熱を帯びた瞳やほてって赤みを帯びた肌で、一気に撮影は進んでいく。
そうして予定より少し伸びた状態で終わったものの、時計の針は夕方の18時を指していた。スタッフの誰にもばれなかったのは奇跡と言うべきか、それとも秋人のプロ魂がそれさえ感じさせなかっただけなのか。いずれにしても明日はオフの為、帰宅したらゆっくりと休ませてあげられる。それだけで美羽は帰宅の足を急がせていた。
「秋人さん…着きましたよ?」
「あぁ…悪い…」
「大丈夫ですけど…家まで荷物持っていきますよ?」
「だったら車…中に入れろ…」
「え…?」
「入ってすぐにマンションの来客用が5台分あるから…そこ…入れろ」
そう言われ、美羽は再びエンジンをかけて地下の駐車場に入っていく。そこに停めると秋人の鞄と自身の荷物を合わせて持ち、エレベーターに乗り込んだ。秋人が鍵を開けて中に入ると美羽は驚きを隠せなかった。男の人にしてはこざっぱりとし、きれいに整理整頓されていた。シューズボックスに鍵を置き、寝室に直行する秋人。鞄をリビングに置くとノックをして声をかける美羽。
「それじゃぁ…ゆっくり休んでください…」
「ありがとう。悪かったな…」
そうして寝室の扉をゆっくりと閉めた美羽。今日を思い起こせば秋人は余り食事を摂っていなかった。迷った挙句に秋人がシューズボックスの上に置いた鍵を取り一旦マンションを出る。そうして車を出し、コンビニに向かう。そうして冷えピタシート・ヨーグルトやプリン・アイスクリーム・スポーツドリンク等、様々な物を買い集めて再度マンションに戻って来た。
「失礼しまぁす」
ゆっくりと入り、鍵をかってシューズボックスに鍵を戻す。そうして台所に立ち、お粥を作り始めた。そうして冷蔵庫に買ってきたものを詰め込み、冷えピタシートを持って寝室へと向かった。薄暗い中、扉をあけたままゆっくりとベッドに近付き前髪を避ける。汗を拭き、シートを貼ったその時だった。朦朧とした中、秋人は美羽の腕を引きよせた。気付けば美羽は秋人の腕の中に体は堕ちている。耳元では熱を帯びた秋人の息がかかる…無意識のせいかぐっと力が入ったまま離してもらえないまま居た。フッと力が抜けた瞬間に美羽はやっと体を起こしたその時だった。首にするりと腕が回り再び引き寄せられた美羽。そのまま美羽の口唇は秋人のそれと重なり合った。
「…・・・ッッ」
頭が混乱しつつもズルリと腕がずり落ちたタイミングで美羽は体を起こした。そのまま、またゆっくりと呼吸を取り戻した秋人を見て美羽は部屋から出る。キッチンに戻り、速くなる鼓動を抑えながら戸惑っていた。ゆっくりと煮込んでいた卵粥に水を足し、さらに柔らかく煮込んでいく。その間に美羽は宮村に日報と報告をしていた。メールの送信ボタンを押した後、美羽は宮村に直接電話をした。
『もしもし、宮村です。』
「お疲れ様です、葛城です。」
『お疲れ様。どうした?』
「あの、今日報送ったんですけど…お話しなくてはいけない事がありまして…」
『うん、何?』
「今実は秋人さんのマンションに居ます。熱が治まらず、一旦送った後に食事の用意と買い出しを…すみません。今思って…そのご迷惑かけたらとか…」
『…なるほどね。今美羽ちゃんが秋人の部屋に居るのは看病という訳だ?』
「看病何て大それたことではないです。ただ、ご飯作って、食べやすそうなの買い足して…遅くなるといけないから今リビングお借りして日報打って…それで」
「貸せ…」
後ろから突如声がして美羽の右手から携帯が取り上げられた。そう、起きてきた秋人だった。
「すみません…秋人です。」
『その声…天下の榎本秋人の声じゃねぇな。ガラガラじゃねぇか…』
「すみません。もう直に美羽は家に帰しますんで…ケホ…なんでもしなんかあったら…対応お願いします。」
『解った。律儀だな、面白いくらいに。明日オフだろ、ゆっくり寝とけ…』
「はい…ゲホ…コホ」
そうして切れた電話を渡した秋人は美羽に返した。その足でコンロの火を消し、ソファにドサリと座った秋人。
「帰ったんじゃねぇの?」
「いえ…一旦は帰ったんですが…何も食べてなかったから…その…勝手にやってごめんなさい…起こしちゃったし…」
「悪かったな…なんかいろいろ…」
「私も…今になって色々迷惑かけちゃうことになったら…って思ったら…その…」
「迷惑って?」
「だから…」
そういい俯いてしまっている美羽をそっと抱き寄せた秋人。さっきの無意識とは違う…明らかに秋人の意思で抱き締めていた。
「あの…秋人さん…」
「迷惑なんて思ってない…迷惑にもならねぇよ…居てくれてありがとう…」
「…秋…・・と…さん…?」
「少しでいい…こうさせて……」
「…・・はい」
そっと美羽もまた秋人の背中に腕を回す。しかしゆっくりと離れた秋人は頭をかいていた。
「悪い…なんか俺のが迷惑かけた…」
「…いえ…」
「もう大丈夫だから…」
そう言われて美羽は荷物をまとめて立ち上がった。玄関に来ると靴を履き振り返るとニコリと微笑んだ。
「じゃぁ明日はゆっくりと休んでくださいね?」
「…あぁ」
「それじゃぁ…お大事に」
背中を向けてドアノブに手を掛けた直後だった。秋人は何を思ったか…美羽の手首をつかみ後から抱き締める。半ば強引に体の向きを変えさせ、顎を持ち上げると口唇を重ねた。玄関のドアに抑えながら口唇を割り、舌を滑り込ませる…
「ン…ンフゥ…ン…クチュ…」
「ン…ハァ…クチュクチュ…」
時折美羽の喉は秋人から移る唾液が伝っていく…体を押し戻そうとするも美羽はどこか拒絶しきれない様子でいた。少し息も絶え絶えになった時…秋人はようやく美羽の口唇を解放した。
「…ッッ」
「…ごめん…」
「…フルル」
小さく首を左右に振ると髪を耳にかけてひと言『失礼します…』とぽつりと伝えて美羽は秋人の部屋を出て行った。ガチャリと冷たく締まる扉の音から足音も聞こえなくなった時、秋人は寝室に入って行った。
「何やってんだよ…俺は……クソ…」
その場に座り込み頭を抱えていた。
こんなことをするつもりじゃなかった…なんで自分からキスしようと思ったのか…それすらも考えが着かなかった…ただ…ただなぜか、美羽が可愛くて…キスしたくなった…その、美羽の口唇を…奪いたくなった…
「これじゃただの鬼畜じゃねぇか…」
そう呟きながらも口唇を指でそっとなぞり、美羽の口唇の温もりを感じていた…・・・
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