第2話パニック・ノンストップ

そうして初仕事の初日…美羽と秋人はスタジオでの待ち合わせとしていた。その事は本人同士も同意の上だったのだ。仕事の始まる40分ほど前…美羽は到着して、入り口に向かおうとした。入口に立つ守衛に頭を下げて入ろうとした時だった。


「すみません、通行証は?」

「え?通行証?」

「はい。若しくはスタッフパスをご提示ください。」

「えと…スタッフパス?」


慌てた美羽。スタッフパスなんてもらっていたっけ…荷物を確認するもやはりそんなものは鞄の中に入っていなかった。頭の中、体中に汗が止まらない…心臓の鼓動もとても五月蠅い…泣きそうになっている美羽の後ろから次々と関係者が入っていく。座り込んでしまい、不安でどうしようもなくなった美羽の背後から聞きなれた声が聞こえた。


「おはようございます。」

「おはようございます、今日はお1人ですか?」

「いや、たぶんもうじきあいつらも来ると思う。ところで、こいつ連れてくわ。」

「いえ、しかし…」

「これ。葛城美羽。俺の新しいマネージャー。1週間前に決まってパス忘れてたみたいだから…ごめんね?」

「そうでしたか。そういう事ならお通り下さい。」


そうしてようやく顔を挙げた美羽の目に映ったのははるか上からの様に見える程の位置にある秋人の顔とスタッフパスだった。


「あの…」

「どうぞ。」

「置いてくぞ?」

「すみません!」


守衛の人にも頭を下げて、秋人の後を追う美羽。楽屋という名の支度メイク室に入り秋人は扉を閉めて着替えを始める。


「あの秋人さん、すみません、ご迷惑かけて…」

「別に…この間送った時に俺の車に忘れてったろ…それ持ってきただけだ。」

「そうだったんですね…ありがとうございます」

「別に?大したことじゃない。」


そうこう話していると、またもやガチャリと扉が開いた。その直後に一気に部屋の中は騒がしくなっていく。


「あれ?アッキー女の子連れ込んでる!!」

「うるせぇ海…」

「ところであなたはどちら様?スタッフパスを付けてるって事は関係者だろうけど。」

「あ、すみません、お初にお目にかかります。葛城美羽と言います。本日から秋人さんのマネージャーになりました。今後とも宜しくお願い致します。」


深々と頭を下げる美羽。そんな美羽に秋人は間髪入れずに忠告した。


「美羽、少なくとも和には宜しくしなくていい。そいつ意外と面食いだから」

「秋人、さすがにメンバーのマネには手は出しません。ただし秋人のマネをやめたらわからないけどね?」

「それよりまずは自己紹介だな。僕は春崎亮。皆がハルって読んだら僕の事だから。」

「俺ね、平良海!アッキーと同い年です!宜しくー!!」

「僕は冬木和彦。さっき秋人はあぁ言ったけど、ただ女性には優しいだけなんだけどね?和ってよんでくれていいからさ」

「あ…はい。宜しくお願いします。あの…私、ちょっとお手洗いに…」

『どうぞ―!』


皆に見送られながらなぜか美羽は楽屋を後にする。そのまま少し迷いながらもお手洗いに向かい、用を足す。そんな時一方のS4はというと、もっぱら美羽の話題だった。


「にしても、秋人にしたら珍しいね。」

「何がだ?」

「初っ端から和に対しての忠告入れるなんて。」

「確かに―!」

「美羽はぼけっとしてるから。和に甘い事言われたら信じそうだからな」

「失敬な。僕は女性に対してはいつだって真面目だよ?特定の相手を作らないだけで。」

「はいはい!」

「俺先に行くな」

「彼女待ってなくていいの?」

「時間見て直接スタジオに行くだろう?」


そういい早く支度を終えた秋人と海が先にスタジオに向かった。それから少し遅れて残りの2人も到着する。皆のマネージャーも全員揃っている。しかし、美羽だけが居ない。時計を見ても、さすがにトイレだけでは遅すぎる時間だ。気が気じゃない秋人はカメラマンに話をして、3人にすぐ戻ると伝えるとスタジオを後にした。その間に他のシングル撮影を始める事にして貰ったのだ。楽屋にまず戻り、いないのを確認すると、そこから一番近いトイレに向かう。その付近で人に聞くも見なかったという答えが帰ってきた。仕方なく電話をする秋人。


『もし…もし?』

「お前…今どこに居んの?」

『すみません…なんか道を間違えたら解らなくなって…』

「今何が見える…?」

『今、第5リハーサル室って』

「動くな、いいな?」

『でも…』

「いいから!黙って待ってろ」


そういいピッと携帯を一方的に切る秋人。


「あのバカ…」


呟きながらも美羽の言っていた場所に向かった秋人はすぐにその場に向かっていく。とはいっても場所を知っている秋人にしてみたら何のこともないくらいの距離だった。角を曲がった瞬間にぽつんと立っている美羽を見付けるとほっと胸を撫で下ろす様にため息を1つ吐いた。


「この…バカ!」

「あ…きとさん…」

「さっさと行くぞ。撮影始まってる。」

「だとしたら何で…」

「言い訳やこっちの言いたい事は後回しだ…さっさと行くぞ…」


そういい秋人の後を着いて美羽はスタジオに無事に着いた。着くなり聞こえてくるのはカメラマンの声とシャッター音、そしてフラッシュの光が時折点滅するのだった。


「きたきた!秋人、もしなんなら先に俺撮っとく?」

「後は?」

「うん、この服はアッキーのシングルとペアとオールのみ。」

「だったら俺いくわ。」

「ちょっと待って…」


そう言われメイクさんに手直しをされると秋人はそれを受けてグリーンバックに立った。そうしてカメラマンの要望に的確に応えていく秋人。一気にスタジオのボルテージも上がった。スタッフの中からも『カッコいいよね』と声が上がるほどだ。そんな時の美羽はスタッフに謝って回っていた。皆初めは仕方ないと。スタジオは迷いやすいと笑って許してくれた。そうしてカットを変えて撮り、それぞれペアを変えて、全体で撮り、衣装を変えてまた撮っていく。半日以上をかけて撮り終えた後、楽屋に戻った時だ。美羽が今にも泣きそうに4人に向かって頭を下げた。


「本当にすみませんでした」

「大丈夫だよ、それよりどこに行っちゃってたの?」

「第5リハ室」

「クスクス…何でそんな方に行っちゃったのさ…」

「ごめんなさい…」

「ごめんなさいじゃねぇよ。今回はそんなに遅れが出なかったからいい様なものの、本当なら大問題だぞ。解ってんの?」

「はい…」

「たく…」

「まぁまぁ…時間自体の遅れは取り返せたんだし、初めてのスタジオだよ、そりゃ迷っちゃうって。」

「そんな事言ったって、解るか?なんで携帯も持ってる、解らなくなったなら行きかう人だっていたはずだ。何で聞かなかったかって話になってくるだろ!」

「ごめんなさい…」

「もういい。初めてで疲れたろ。帰っていいから…」

「でも…」

「俺この後は仕事入ってないし。大丈夫だから。さっさと帰って明日に備えろ。」

「………はい。本当にすみませんでした…」


そうして美羽を返した秋人。その直後に1着めの服に着替えた秋人。


「アッキー?」

「悪い…ちょっと行ってくる」


そういいスタジオに逆戻りした秋人。まだ残っているカメラマンに頭を下げて、戻って来た直後のシングルカットの撮り直しを依頼し始めたのだった。カメラマンも『あれもよかった』と言ってくれたものの秋人自身の納得が付かずに申し入れをやめなかった。そうしてシングルカットだけの撮り直しが決まり、カメラマンと1対1での撮影となった。その後にはやはり撮りなおしてよかったと言わせたのは言うまでもなかった。


一方その頃の美羽は、しょも…っとしたまま家路に着いた。そうして日報をまとめて宮村に送信をする。5分程した時だった、美羽の携帯に宮村から着信が入った。


「もしもし…」

『フッ…えらく凹んでんなぁ…』

「社長……」

『初日、うまくいかなかったか』

「はい…すみません…」

『謝るのは俺にじゃない。現場の人間にだ。でも皆許してくれたろ』

「はい…でもなんで…」

『大なり小なり、皆初めてのスタジオでは少なからず迷うんだよ。だから笑って許してくれた。それも、自分から謝って来たものに対して邪険にする様な人はいない。少なくてもS4のメンツはね。その代りに2度・3度と同じミスをすればそれなりの代償は葛城さんに返ってくる。それはわかるだろ?』

「はい…」

『ならもう大丈夫だ。心配するな。明日もあるだろう?』

「はい…」

『ほとんど休みはなくなるかも知れないけど秋人の事、宜しくな?』

「…」

『葛城さん?』

「私に…勤まりますか?」

『そんなの解らない。でも、君の頑張りや努力や、実は人一倍負けず嫌いなところも俺は買ってるつもりだよ?』

「…社長…やります…すみません…」

『うん、大丈夫だよ。美羽ちゃんなら…』


そう言って電話は切れた。美羽はこぼれそうな涙を拭い、まとめをし出した。一方の宮村は柄にもなく照れていた。そう、宮村自身、かなり意を決して美羽の事を名前で呼んだのだが、その事に対して美羽からの反応が全くなかった。


「あぁあ…だっせぇなぁ…もう…」


ギシリとチェアに凭れながら天井を仰ぐ宮村。もし何らかの反応があったなら…とその先を考えてしまった事に対して少し、いや、宮村にとってはかなり恥ずかしさを感じていたのだった。



その頃、美羽もまた意を決して行動に移そうとしていた。そう、秋人に対してだ。


「………よし…!!」


そうして電話を掛ける。ワンコール…ツーコール…そして3度目が鳴った直後、コール音が止んだ。しかし聞こえてきたのはお留守番サービスの案内…こちらもまた気落ちをしていた。そんな美羽の着信から1時間ほど経った頃か、折り返しで入ってきた。


「もしもし」

『もしもし?秋人だけど。着信あったから。』

「あの…美羽…えと、葛城です。」

『解るよ、何?』

「あの…今日は本当にすみませんでした…ご迷惑をおかけして…」

『大丈夫だよ。あの時俺も言いたいだけ言ったし。』

「……」

『…それだけ?』

「はい…本当にすみません…」

『…ハァ…あのな?誰だって初日から完璧な人間なんていねぇんだよ。長年やったとて完璧かどうかなんて解らない。下手くそだって構わないし遠回りだっていいんだよ。評価されるのはその一途じゃないかもしれない。数字だったり、結論の話しかされない世界だ。だけど、それまでの過程が自分の中にあれば自身につながる。今の美羽には自身どころか、マネージャーとしたら赤ん坊状態だろ。そのサポートを俺がする。若しくは匠さんがする。それはごく自然な事だ。慣れてきて、半年、1年とたった時には今までの事を取り返す位にサポートしてもらう。それでいいだろ…』


それは長くも秋人の気持ちが真っ直ぐに伝わる言葉だった。それを聞いていた美羽はいつしか涙が溢れていた。


『だからいちいち泣くな。明日とか目が腫れて『スタッフパスと顔が違うので入れません』はフォロー出来ねぇからな?』

「はい…すみません…」

『それともう1つ。そんなに謝らなくていい。誰だって失敗はあるんだから。じゃぁ、お休み』

「はい、お疲れ様でした。おやすみなさい」


そうして電話も切れて美羽は入浴し、眠りに就いたのだった。

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