常に君は僕のモノ~イケメン狼にご注意を!~
桜 みやび
第1話始まりは突然に。
「おはようございまぁす」
いつも通りに美羽は事務所にやってきた。何気ない出勤だった。美羽が付き、掃除をしようかと言う時、同期の恭子もまたやってきた。
「あ、おはよう!美羽ちゃん!」
「おはようございます!」
同期とはいえ、美羽は常に恭子に対しても敬語だった。美羽は至ってブランドに興味のない女性だったが、恭子は真逆だった。鞄、キーケース、財布…持ち物は全てお気に入りのはいブランドで固めていた為、どこか気を使ってしまうのだった。掃除をしている美羽に恭子は声をかける。
「美羽ちゃん!S4の写真集今日発売だよ!買うよね!!」
「んー…私は見てるだけでいいかなぁ…売上の貢献って言われても…実際に見れることも運が良ければある訳だし。それで私は十分かも…」
「そう?私は3冊予約してるから帰りに買いに行かなきゃ!」
「相沢さん、会社の売り上げ貢献だね。」
「匠さん!」
そう、会話の途中で割って入ってきたのは社長である宮村だった。宮村もまた、いつも通りに書類のたくさん詰まった大き目な鞄を持ってきていた。
「おはようございます」
「おはよう。そうだ、葛城さん、ちょっと話があるんだけど…」
「はい?」
そう呼ばれて美羽は掃除の途中で宮村の後を着いて行く。社長室に入ると大きな鞄から手際よく1枚のクリアファイルを取り出した。
「はい。」
「はいって…」
少し首をかしげながら美羽は差し出されたそれを受け取った。そこには辞令証が入っている。
「社長…これって…」
「うん。葛城さんには異動してもらおうかと思って。」
「異動って…」
「そんな悪い話じゃないと思うけどね。今よりも仕事は多少きつくなるけど、それでもそれなりの報酬と言うか給料面も上げるし。やりがいはあると思う。」
そう言いながら宮村は椅子に腰を掛ける。クリアファイルから美羽は書類をだし、目を通し始めた。
「ちょっと…待ってください!なんで私がマネージャーなんて!」
「嫌なら、やらないでくれて結構」
美羽の言葉に釘を打つかのように扉から声がする。振り返るとそこには無愛想な、不機嫌な空気を纏った秋人が立っていた。
「マネージャーなんて要らねぇって言ったよ?匠さん。」
「そういうなって。ただでさえ忙しさ半端ないんだから。移動位は休ませてもらえ。」
「だからって、俺のマネージャーほっとんど2~3ヶ月で辞めてくじゃん。その度に俺いちいち説明するのめんどくせぇんだけど?」
そう言いながら中に入ってくると秋人は座りもせず横に立った。受付をしている仕事上、美羽も何度か直接見てはいるがこの至近距離はなかなかなかった。下からファイルで半分以上顔を隠しながらも恐る恐る見上げてみる。しかし美羽の方には全く興味がないと言わんばかりに秋人は視線を落とすことなく宮村をジッと見詰めていた。
「そう言うなや。秋人が悪いとは言わんがもう少し思いやりってものを…」
「匠さんは甘やかしすぎ。皆元マネ達言ってるよ?『社長からの話と違うー!』とか『知ってる秋人さんじゃない!』とか…」
「そんな事言われてもさ?しかも変な事ばっかいうなぁ、ちゃんと話してのに。…で?葛城さん、どうする?」
「私、やります。」
「は?聞いてた?マネ要らねぇって…」
「決まりだな。」
「嫌だって逃げ出すんじゃねぇよ?匠さんも、次こいつ辞めたら俺マジでもうマネいらねぇから」
「はいはい。考えとく。」
そう言われて秋人は部屋を出ようとした時だった。美羽は思わず声をかけた。
「あのっ!」
「ん?何…」
「私、『あんた』や『こいつ』って名前じゃないので…葛城美羽って言います。宜しくお願いします。」
ペコリと腰からお辞儀をする美羽を見て宮村はフッと笑い、秋人は少し驚いた様子だった。少し間があってようやく口を開いた。
「よろしく。…じゃぁ、匠さん、また連絡して?」
そうして秋人は部屋を出る。戸を閉め切った後、少し立ち止まったままクスリと小さく笑っていた。
「…変な奴…」
そのまま事務所を後にして、今日の仕事に向かっていった。残された宮村と美羽は少しの沈黙の後に宮村が口火を切った。
「さて、売り言葉に買い言葉状態だったけど…大丈夫?」
「大丈夫です、やるって言ったからにはやりますよ。…というより…いつからですか?」
「契約的にはまだ『仮』の状態にしようと思ってる。さっき秋人も言ってたけどなぜか2~3か月で辞めてっちゃうからね。2か月、試用でやってみて続きそうなら本契約にしようと思ってる。だけど、仮と言っても仕事内容だったり、給料面・待遇面は何ら変わり内容にするから。仕事と言うか、実際に秋人について貰うのは1週間後、ちょうどキリのいい1日からやってもらおうかなって。どう?」
「はい。」
少し不安そうな顔をしたまま美羽はじっと書類を見つめていた。何かを察したかのように宮村は声をかける。
「その間、自宅なり、図書館なり、外に出るでも構わない。秋人の仕事スケジュールを把握してほしい。いずれは秋人を休ませてやりたいって思いもあるから運転してもらう事にもなるから…でも、すぐに運転してとは言わないから。始めは秋人と現地集合なんて形でも構わないし。」
「はい…解りました」
そうして社長室を美羽も出る。受付のデスクの前まで来た時、一緒に居た恭子に声を掛けられる。
「美羽ちゃん!なんだった?大丈夫?」
「あ、大丈夫でした。」
「何の話だった?」
「なんか…私受付から異動になるって…」
「異動って…どこ?」
「ん…それが…マネージャーになるって…」
「マネって…え!誰の?」
「うん、秋人さん…」
そう言った瞬間に一瞬2人の間に何か、ピリッとした空気が張りつめた様な気がした美羽。しかし、すぐにその空気を解き放つかの様に恭子は話し出した。
「良かったね!すごいじゃん!もちろん受けたんだよね!」
「うん…なんか嫌なら辞めろ的な事言われたんだけど、やっぱりやって見ようって思って。」
「そっかぁ!うん!がんばれ!」
「という事で、今日午後から変わりの人来るから。それまで電話対応宜しく」
そう2人の後ろから宮村の声がする。慌てながら美羽は宮村に反論し始める。
「社長、大丈夫ですよ、私今日はちゃんと仕事やりますから!」
「葛城さんの仕事は秋人の仕事スケジュールの把握。電話対応だって、そんなに多くない。事務処理だって、何ら問題ないだろう?」
「でも…」
「美羽ちゃん。そうそう、大丈夫!匠さんの言う通りだから。新しい仕事の準備始めてよ。」
にっこりと笑う恭子。戸惑いながらも美羽は『それじゃぁ…』と言って荷物を片し、頭を下げて事務所を後にした。帰り道でどうしても心配になった美羽。今後の事が気がかりになっていたのだ。
「はぁ…私で勤まるのかな…」
そんな事が頭の中をぐるぐると渦巻いていた。しかし、それからと言うもの、美羽は休むことなく仕事の内容の確認と情報の整理、秋人の今までのスキャンダル等、必要になってきそうな事のほとんどを調べて覚えていった。初仕事を2日後に控えた時だった。美羽は宮村にアポを取り、事務所で話をする事にした。そうしてその日昼過ぎ、美羽は予定より少し早くに着いた為、事務所の中に入って行った。
「おはようございます。」
「あら、久しぶり!元気そうじゃない?」
「あ、恭子さん、お久し振りです。恭子さんもお元気そうで…」
「まぁ、私はいつもと変わらないから?そうだ、今日もしよかったらご飯でもどう?」
「いえ、すみません…最後の追い込みで覚えなくちゃいけなくて…」
「あらそう、大変ね!」
そうこう話していると宮村の少し遅れて到着した。
「あ、匠さん、お帰りなさいませ」
「うん、ただいま。さて、葛城さん待たせて悪かったね」
「いえ…私も今着いた所ですから…」
そうして社長室に向かおうとしていた。美羽を先に中に居れ、宮村は少し待っててと言い残すと一旦静かに部屋を出る。すると受付側から声が聞こえてきた。
『あの子も調子に乗ってるよね』
『うん!なんか急にお高く留まって、「私はあなたたちとは違いますから~!」って感じに話してさ!』
『そうそう!何様なんだろうね!』
『そういえば相沢さん聞いた?葛城さんの噂!』
『何?何かあった?』
『あの子が秋人君のマネージャーの権利受けれたのって匠さんに体売ったとか!』
『え…でも匠さんがそんなのに乗る?』
『そうなんだけどさ…!』
「俺はあの子の仕事振りを買っただけだが?」
聞くに堪えなくなった宮村は早々に受付の2人を止めに入る。一気に会話をやめて『すみません』と謝った恭子たちは表情からして焦りを隠せないでいた。資料を持ち、黙って去ろうかとした時だ、思い出したかの様に宮村は振り返った。
「今後あのような事は言わない様に。言ってる暇があるなら仕事、進めてな。」
にっと口元は笑っているものの、目付きは厳しく、冷ややかにも見える程だった。小さく返事をする恭子たちの声を聞いて宮村は社長室に戻った。
「待たせたね。」
「いえ…」
「それで?聞きたい事とは?」
「あの…それが…」
その時だった。宮村の携帯に着信が入る。その相手は秋人だった。
「はい。宮村ですが?」
『お疲れ様です、秋人です』
「解るよ?どうした?」
『聞きたい事があって。俺のマネになる子』
「葛城さん?」
『そう、電話番号って…』
「あぁー、ちょっと待って?…はい、電話」
「え…私?」
「そう。」
「えと…もしもし?葛城美羽ですが…」
『…ッチ…なんで俺の電話に出ねぇんだよ!』
「えと…電話ってもしかして…」
そうして相談内容の1つでもあった電話番号を読み上げる美羽。それは間違いなく秋人の物だった。
『そう、俺の番号。何で出ねぇんだって』
「出るも出ないも知らない番号だったから…」
『匠さんから聞いてただろって。登録してねぇの?』
「社長からは聞いてませんから…だからこの番号の事も含めて相談とお話で今事務所で話してるんです。」
『……事務所だな?』
「そうです」
『そこから動くなよ?』
そういいプツリと切れた通話。きょとんとした表情のままの美羽を見ながら手を差し出す宮村。そっと携帯を返す美羽は『すみません』と申し訳なさそうに返した。
「秋人、なんだって?」
「そこから動くなって…」
「いや、そうじゃなくて…電話番号教えてなかったか…悪い事したね」
「いえ、私ももっと早くに聞けばよかったんです。でも留守電も入ってなかったし、いたずらかなとか…折り返してみても逆に出られなかったりで…」
「そうか。」
そうして『待て』と言われた通りに美羽は話をしながら秋人を待つ事にした。
その間にも美羽は宮村と様々な話をしていた。仕事内容の最終チェック、スケジュール関係、その他に注意しなくてはならない事等…本当に色々と宮村は教え、美羽もまたそれを必死にメモを取っていた。しかし、このフィードバックもすべてのマネージャーに話して来て居る事と何ら変わりはないのだった。
コンコン
「どうぞ?」
その宮村の返事と同時に『失礼します』の声と共に秋人が入ってくる。美羽の顔を見ると小さくため息を吐いた。
「立ってないで座ったらどうだ?」
「話が済んでいますか?」
「まぁ粗方は?だから座ったらと言ってるんだが」
「それじゃぁ…失礼します」
そう答えると美羽の横に座った秋人。
「で、これが葛城さん用のね?」
「これって…」
「あぁ、持ち歩けってわけじゃない。何か変わった事、職場の日報とかの送信を専用端末的に一つ設けるだけ。自身の使い慣れたノートパソコンがあればそれ使って貰ってもいいけど、持ってる?」
「いえ…持ってないですけど…」
「なら丁度良かった。それ使って?」
「あの…変な事聞いてもいいですか?」
「何?」
「このパソコンの通信料や接続料って…」
「会社持ちだよ?定額制のプランになってるから何にも問題はない。ネットを見て何かを調べても葛城さんのお財布事情には問題ないようにしてるから。」
「そっか…解りました。」
「もしなんなら秋人の給料からその分天引きでもいいけど」
「何でだよ!」
「ね?こうやって怒るから…」
そうして話も終わった美羽と宮村。それと同時に秋人も立ち上がった。
「じゃぁ、お邪魔しました。」
「はいよ。」
「あの、今日はありがとうございます。お時間頂いて…」
「いいよ、またなんかあったらメールして?」
「はい」
ぺこりと頭を下げた美羽。一緒に社長室を出ていく。受付の前を通って行く2人。
「じゃぁ、恭子さん、今日は本当にすみません。」
「いいのよ!」
「置いてくぞ」
「へ?」
「早く来い」
そう呼ばれた美羽はなぜか慌てた。そうして階段を下りていく。『じゃぁ』と別れようとした時だった。
「ちょっと待て。」
「はい?」
「車?」
「いえ、今日は違いますが…」
「だったら来いよ」
「え?」
徐に呼ばれる美羽。車の鍵を開けて秋人は後部座席に荷物を投げ入れる。運転席の扉に凭れたまま『早く!』と美羽を呼ぶ。その声に戸惑いながらも美羽はその車に近付いた。
「乗って?」
「えと…」
「そっち。」
そう示すのは助手席だった。勢いに負けたのか美羽は秋人の横に座る。
「この後行くところは?」
「えっと…特にはないですが…」
「ならこのまま帰っていいか?」
「はい。…え?あの…」
「1か所寄ってから帰るから。」
そういいエンジンをかけて秋人は車を発進させた。車内は秋人の香水にも似たムスクの香りが空気を染めて、耳には心地よい音量で流れてくる洋楽が聞こえてくる。車は直進をして、いくつか角を曲がり、一一軒のマンションに着いた。その前で車は一旦停止をしてハザードランプをたいた。
「ここな?」
「え?ここって…」
「俺の家。ここの1403号だから。」
「あ……はい。」
「じゃぁ行くぞ…」
そうしてハザードランプを消すとまた出発する。隣でマンション名と号室をメモする美羽を横目で見ながらそのまま迷う事もなく、路を進んでいく。そうして車は順調に進み、20分程した頃か、美羽の家の前に着いた。
「ほら、着いた。」
「え…私家…教えましたっけ…」
「んなの、匠さんに聞けば教えてくれる。普通なら教えてくれなくても当然だけど、マネの居所位は秘密主義の匠さんも教えてくれるよ。」
「だから携帯も…」
「普通だ。」
「あの…本当に今日はすみません…ありがとうございました…」
「いや、これで何かあっても家、解るだろう…」
「はい!助かりました!!」
満面の笑みで笑いかけた美羽。それに手を挙げて応えるとそのまま再度車を発進させた秋人。そうして美羽はこの1日でいくつか得るものがあり、家に帰ってからひたすらにまとめた。そして、初めてのノートパソコンも立ち上げ、早速宮村に報告のメールとテスト送信を行った。こうして初めての秋人のマネージャー任務初日までを実に真面目に、一生懸命向き合い、覚えていったのだった。
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