岡山の少女 10

「少し寄るところがあるの。付き合ってね」


彼女は、慣れた手付きでギヤーを入れると、ルームミラーに目を走らせ、アクセルを踏み込んだ。


混み合っている車の間を縫うように進みながら、彼女が言った。


「本社へ行ったことある?」


「ああ。でも、なぜだい?」


「私、辞表を出そうと思うの」


「本当かい?辞表を出すというのは!」


「ええ」


「でも、どうして今日出さなきゃいけないんだい?」


「今日しか、本社へ行く時がないのよ」


彼女が本社の事務所に消えたあと、僕はぼんやりと、見るともなしに車の中を眺めていた。


あたりには彼女の移り香が漂い、それが僕の胸を苦しくさせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る