見つけた

 繁華街を歩く。路地裏を歩く。店に入り、何も買わずに出てまた別の店に入る。

 昼も夜もなくドッペルゲンガーを探して歩き回る。


 ドッペルゲンガー探しのために学校を休むと両親に伝えた時の親父の言葉を思い出す。

「俺や爺さんのときの話だがな、奴らは本物の俺等の記憶を持ってやがった。知り合いに会っても、何の違和感も感じさせずに受け答えしていたらしい。偽物がその気になれば、お前の人生を狂わせることもできる。そうしないのは、お前自身に成り代わるためだ。奴らが徐々に俺等の記憶を得て、反対に俺等の記憶は薄れていった。偽物が現れたのなら、早く見つけないとお前は抜け殻になるぞ」

 以前は聞き流していた言葉を真剣に聞き、居ても立っても居られず、その晩からドッペルゲンガーを探しに街を歩き回った。


 だが、見つけられないまま五日が過ぎた。全く手掛かりがなかったわけじゃない。

 捜索二日目には馴染みの本屋の店員に、

「あれ、また来たのか。何か買い忘れたか?」

 と言われた。

 四日目には近所のおばあちゃんに、

「あんた、行ったり来たり忙しいねえ」

 なんてことを言われた。

 偽物は近くにいるらしい、ということは分かったが、正確な場所は分からない。まるでずっとすれ違い続けているように、目撃情報はあるのにこの目で見ることは出来なかった。


 六日目。インフルエンザは基本的に一週間は休めと言われる。一週間あれば片が付くと踏んで言い訳に使ったが、その期限も近づいていた。

 どうしても見つからなければ、体調が戻らないことにして休もうと思っているが、期末試験までにはなんとかしなければ。ただでさえ授業スピードに追いつけなくて期末は絶望的なのに、赤点補習組に混ざって後日受験することになっては得点が八割にされてしまう。


 早く見つけなければ、という俺の焦る気持ちが通じたのか、六日目にしてついに偽物を見つけた。奴は駅のホームで電車を待っている。

 俺は急いで改札を通り、奴のいるホームへ向かう。

 だが、ちょうど電車が来たようで改札内の踏切が降りる。電車が通り過ぎて踏切が上がったときには、すでにホームには誰もいなかった。


 七日目。今日は駅中心に捜索する。食事の時間も惜しくて、ハンバーガー片手に食べ歩きながら周囲を捜索する。

 駅の傍には繁華街があるのでかなり人通りが多い。この中から一人を見つけることは至難の技だ。だからこそ今までは駅周辺ではなく自宅周辺で探していたのだが、昨日一瞬だけ見かけたため、方針を変えることにした。


 朝からうろうろ歩き回って、もう夕方になっていた。そういえば昨日見かけたのも夕方だったな。黄昏時とか誰そ彼時とかって言うけど、やはりドッペルゲンガーのような奇妙な存在にとっては意味のある時間帯なのだろうか。親父にも偽物を見つけたときの時間帯を聞いておけばよかった。聞いたのは記憶のことと、見つけたときの対応方法だった。

「偽物を見つけても、ただ見ているだけではだめだ。ちゃんと目を合わせて、『見つけた』と相手に聞こえる声で言わなければならない。そうしてやっと、偽物が消えて、記憶が完全に戻るんだ」

 つまり、昨日のように見つけるだけでは失敗。声が聞こえる距離まで近づいて、俺の姿を認識させた上で『見つけた』と言わなければ記憶は取り戻せない。


 記憶は少し欠けている。七日目、というのが長いのか短いのか分からないが、今のところ目的を見失うようなことはなかった。だが、あと何日猶予があるのか、正確なところは分からない。ドッペルゲンガーを見つけようという目的を忘れてしまえばゲームオーバーだ。


 逸る気持ちを抑えながら捜索していると、昨日に続いて奴の姿を見つけることができた。

 今度は駅ではなく繁華街の方へ向かっていた。人混みを避けながら必死に追いかける。

 奴は大通りから角を曲がって路地裏へ入った。俺には気づいていないらしい。逃げる様子はなく、ゆっくり歩いている。

 俺も同じ角を曲がり、路地裏に入る。走って追いかけ、ついに追いついた。

 偽物の腕を掴む。偽物はゆっくり振り返る。本当に同じ顔をしている。よく見れば着ている服まで同じだ。

 奴は突然腕を掴まれて呆然としていたが、徐々に目を見開き、驚いた表情に変わる。

 奴が俺を認識した。声が聞こえる距離だ。やっとだ。これで終われる。

 安心していると、突然奴が声を発した。


『見つけた』









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