隣人
「……終わりましたね」
「ああ」
一部始終、公園の外から二人のやりとりを見ていた俺と久園寺さん。
夕空の大きな太陽を背景に、帰ってくる飾莉と友佳。
二人の顔はすっきりとしていた。
そして、お互いに離さないように、離れないように手をつないでいた。
「にーちゃん、ごめん」
「……なにが?」
「服、よごしちゃった」
べつにいいよ、そんなの──
言いかけたとき、久園寺さんが乗り出して
「明日、服を買いに行きましょう! せっかくの土曜日ですしね」
もちろん、わたしのおごりです!──と胸を叩いた。
「……ありがとう」
飾莉は、微笑んだ。
そして久園寺さんは少し腰をかがませて、友佳のほうを向いた。
「友佳ちゃんも一緒に行きましょうね。明日は4人で、おでかけです!」
にっこり──。
友佳は呆然とした顔を浮かべて「……は、はい」と返事をした。
「お互い泥まみれだし、これからお風呂に行きましょう。おっふろー!」
***
一度家に帰宅して、水門橋を通って、いつもの銭湯にやってきた。
湯気が立ち上る浴槽で、俺はひとりくつろいでいた。
こうして長く浸かっていられるのは、いつぶりだろうか。
いつもは飾莉が真っ先に上がってしまい、それを追いかける自分がいた。
隣の女湯には、久園寺さん、飾莉、友佳の3人がいる。
はしゃいでいるようで、その楽しそうな声がこっちの男湯まで届いてきた。
「ふう」
……色々と考えさせられる1日だった。
『──大事なのは、妹ちゃんがどんな風な解決を望んでいるのかをよく聞くことね』
結局のところ、俺が介入する余地なんてなかった。
その必要なんて、なかったんだ。
飾莉は自分の意思で立ち向かい、本気の思いをぶつけ、相手と分かち合うことができた。
ぼろぼろになって、泥まみれになって──
あんな妹の姿をみたのは、初めてだった。
自分の知らないところで、成長していた。
飾莉はこれから、俺が考えているよりもずっと早い速度で、大人への階段を昇っていくのかもしれない。
強く、美しく、俺の手を離れ──。
おまえは強くなったね。
いずれはきっと、俺の庇護など必要しないほどに強く……なるんだね。
妹の成長を嬉しく思う反面、どこか寂しさを感じていた。
この環状を……なんて言えばいいのだろう。
友佳──。
今回の1件で、『自分の大きさ』を知ったはずだろう。
自分にがっかりしたかもしれない。
それでも、飾莉と共に強くなってくれれば──。
これから先、二人が手をとり仲良く笑いあう光景が、なんとなく想像できた。
久園寺さんは──。
久園寺さんは……。
──『好きな人の、好きな家族を、守りたいです』
俺たち兄妹のために、いろいろと動いてくれた。
あの日、好きという言葉を聞いた後も、なんだか漠然とした気持ちのままだった。
……どういう意味での“好き”なんだろう。
俺は少しだけ深く、湯に浸かった。
お隣さん同士として。
クラスメイトとして。
友達として。
それとも……異性として?
はっきりしたことは、まだわからない。
これから先……もっと解りあえばいいんだろう。
***
銭湯から帰ると、時雨荘の一室──
俺たちの部屋に集まった。
そこには、友佳もいる。
予想外に夜遅くなってしまった、というのもあるが
「今夜はウチに泊めたい」そんな飾莉のお願いを断れなかったのだ。
相手の親に連絡をして承諾を得た後、みんなで家に泊まることになった。
「あ、飾莉、私を踏み越えていかないでよ!」
「サイコロで6が出ちゃったんだもん、しょうがないじゃん」
「次はわたしの番ですね! あ、結婚して子供ができました。みなさんから祝い金もらいますね」
「ええー!!」
急に結婚したり、子供ができたり、会社が倒産したり、なんなんだ、このゲームは……。
1つしかないコントローラーをみんなで回しあって、サイコロを振っていく。
「あ、俺に恋人ができた」
画面に映っている車に、女性が乗り込んできた。
「きゃー! 恋人だって!」
友佳がはしゃいでいる。
「にーちゃんに恋人はいらないよ」
「飾莉ひどい! このお兄さんの彼女は、私って設定なんだから!」
「にーちゃんに恋人はいないよ」
知ってるよ。
はっきり言うな。
「そんなこといって、将来どーなるかわかんないじゃん!」
「友佳ちゃん、にーちゃんのこと好きなの?」
「え……あ……いや?」
「ふふ、あたふたしてる」
「からかわないで!」
なんだか騒がしくなってきたな……。
座布団が飛び交っている。
友佳が飾莉にのしかかって、ぽかぽかと叩いている。
もうゲームどころじゃないぞ、これ。
「あはは……悟さん、ちょっと外に出ませんか?」
隣の喧騒を横に、久園寺さんが耳打ちをしてきた。
***
「今夜は結構あったかいですねー」
「そうだね」
ひらり──。
「もうすぐ4月も終わりですね」
「うん」
ひらり──。
桜の花びらが、風にのって夜空へ舞っていく。
「……」
「……」
珍しく、無言が続いた。
二階の廊下の柵から見下ろす、時雨荘の庭。
よく見れば、草が生えっぱなしになっている箇所や、風で流れてきたのか紙くずらしきものまで窺えた。
今度掃除でもするか。
「わたし、今度お庭の掃除しますね」
同じことを考えていたらしい。
「そんなの、俺がやるよ」
「いいんです。私も引きこもってばかりじゃいけないので」
にっこり──。
久園寺さんから、そんな言葉がでる日が来るとは……。
無理して学校に通って、お嬢様キャラをふるまって、遅れている勉強を取り戻して、溜まっている生徒会の仕事も頑張って。
「……なんだか、無理してない?」
「へ? なんのことです?」
「いや、色々とさ」
彼女は夜の町を眺めながら──優しく微笑んだ。
「……してないですよ。わたし今、とっても楽しいんです」
それなら、良かった。
「そういえば、ランドセルのこともありがとう」
誕生日プレゼントです──なんて新品のを持ってきたのも、久園寺さんだった。
飾莉の誕生日なんて、まだまだ半年も先なのに。
変に気をつかわせてしまっているみたいだ。
「それくらい大丈夫ですよ。……あ、でも──」
久園寺さんは、こっちを向いた。
「代わりといったら卑怯ですけど、わたしからもお願いしたいことが……」
「いいよ、なんでもいってごらん」
ひらり──。
二人の間を、花びらが通り過ぎた。
「──生徒会に、入ってくれませんか?」
真っ直ぐとした、眼差し。
きらきらとしていて、それでも真剣にみつめる大きな瞳が、俺の姿を反射させていた。
……果たして、自分なんかが役に立てるのだろうか?
「俺、不器用だし、何の取り柄もないし」
「そんなことないです」
薄い唇を、にっこりと微笑ませて──
「悟さんが、いいんです」
──そう、言った。
どことなく心地の良い響きに、瞳を閉じた。
「わかった」
嬉しかったのは、なぜだろう。
「ありがとうございます! ……えと、これからも、よろしくおねがいしますね」
彼女は深々とおじぎをした。
「こちらこそ、よろしく」
頭を上げたとき、そこにはいつにもなく嬉しそうに微笑む久園寺さんの顔があった。
「そろそろ、戻ろうか」
「──はいっ!」
そうして、帰っていく。
温かみのある、部屋の中へ──。
生徒会長は不登校!? 中村ケンイチ @kenichi_nakamura
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