因果応報
──三者面談が終わったその夜に、私は思い馳せていた。
飾莉のお兄さんが言ってくれたことが、どこかじんわりと温かくて、今でも胸に残っている。
『それだけは、俺が保証する』
布団の中で、その言葉を何度も繰り返し思い出していた。
……あんなことを言ってくれるお兄ちゃんが欲しかったなぁ。
薄闇の天井をみつめながら、そんなことを思った。
***
異変に気付いたのは、その日の朝からだった。
教室に入り、仲の良い友だちに朝の挨拶をすると、「あ、おはよ……」と、なぜか目を逸らされた。
クラスメイトは遠巻きに私のことを見ているような気がした。
目が合った女子に視線を逸らされ、それなりに仲の良かった男子には完全に無視をされて素通りしていった。
その瞬間、教室の中がとても広く感じた。
いつもなら朝のハイタッチをして、机に座って仲の良い友だちと雑談をして、朝のホームルームまで時間を潰して……。
私は無言のまま自分の席に座って、ランドセルを置いた。
味わったことのない感覚に、戸惑いを隠せなかった。
***
窓の外を見ていると
「あ、国井さんランドセル変えたんだー!」
「え、うん……」
遠くから、聞き覚えのある女子の声が耳に入ってきた。
「前までは黒だったもんね。やっぱり赤のほうが似合うよ」
「……ありがとう」
ふと隣をみると、飾莉の机の周りに数人のクラスメイトが集まっていた。
なんなの。
昨日まで無視だったくせに……。
***
昼休み。
「飾莉ちゃーん、校庭でドッヂボールしようよ」
「え」
「男子がさー誘ってきたんだよね。人数足りないからさぁ」
「でも……」
飾莉の机を取り囲むのは、昨日まで私と仲よく喋っていた女子たち。
「なんかさー今までごめんね? どう接したらいいかわかんなくて」
あんたも隠れて飾莉の悪口言ってたでしょ。
飾莉は「う、うん……」と立ち上がると、数人のクラスメイトに連れられて教室を出ていった。
……。
なんだか、居場所なくなっちゃったなぁ。
少し、お腹の辺りがキリキリと痛むのを感じた。
***
放課後。
飾莉は、珍しくクラスメイトの女子に誘われて下校して帰った。
窓の外の夕焼けを眺める。
……なんだか今日は長い一日だった気がする。
誰とも喋ってないせいだろうか。
あと、お腹のあたりが少し痛い。
なんだろう、これ。
***
その日、勉強机に向かっている夜だった。
「う、うう……」
痛い……。
胃のあたりかな……?
勉強が手に付かない。
もうすぐ学力テストも控えているというのに。
夕食もあまり食べれなかった。
私は机に横顔を押し付けた。
ノートの紙の感触が、ほっぺに伝わる……。
……なんで勉強なんかしてんだろ、私。
その日は早めに寝ることにした。
***
それから、何日も、何日も、同じように孤立した状況が続いた。
いつの間にか飾莉の周りには人が増えていって、彼女の表情も少し明るくなった気がする。
それと同時に私の周りからは人が離れていって、ひとりぼっちになってしまった。
「痛い……」
胃の痛みは、治まることはなかった。
なんてことはない。
私は嫌な女だから。
ただ……その距離感に、いちいち地味に傷つく自分がいるだけで……。
***
夕方のバスケで思い知った。
思い知らされた。
その日は、練習試合で、ボールのパスが、一度も私に回ってこなかった。
ただその場から動かず、汗一つかかず、立ち尽くしている自分がいる。
ふいに、周りの景色が灰色に見えた。
ああ、ここにも居場所がなくなっちゃったんだ……。
体育館が、ものすごく広い。
まるで、ここにいるなと言われているみたいで、心のやりどころがわからなくなった。
***
因果応報──。
『みんなあなたのことが嫌いです』
朝来たとき、もう黒板には大きく書かれていた。
誰が書いたのかはわからない。ただ、私の名前が大きく白いチョークで書かれている。
明確な悪意を持って。
いつの間にか筆箱が無くなっていた。
私の教科書も、教室のゴミ箱に捨てられていた。
昼休み、下駄箱の靴が無くなっていた。
自分が犯した罪は、そっくりそのまま自分に跳ね返る。
その罪を背負い、罰を受ける必要がある人間だと、思い知った。
私は、孤立した──。
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