三者面談

 午後4時30分。

 廊下から見上げる空は真っ赤な夕焼けに染まっていた。


 状況を整理するために、それぞれの親が呼ばれることになった。


 三者面談だ──。



 隣には、真っ黒なスーツに着替えたお母さんが、つらそうな顔をして立っている。


「……友佳、自分のしてきたことを素直に言うのよ」

「……」



 目の前の空き教室の中では、飾莉と、飾莉の保護者と、学年主任の先生が話している最中だった。



 ……飾莉の親、どんな人なんだろう。

 よく言う、モンスターペアレンツってやつだったら、どうしよう?




 少しして、教室のドアが開いた。

 出てきたのは、飾莉と、たぶん高校生くらいの──男の子だった。飾莉のお兄さんかな?


「あっ、国井さん、あの……!」


 お母さんは咄嗟に地面に膝をついて、頭を下げた。


「この度はうちの娘がとんでもないことをしてしまい、申し訳ございませんでした……!」



 ……どうして?


 どうしてお母さんが謝るの?


 悪いことをしたのは、私なんだよ。



 私は、その現実から目を背けるように斜め下を向いていた。



「友佳! あなたもきちんと謝罪しなさい!」


「…………」


「……友佳!」



 どうして。



「……やだ」



 こんな言葉が出てくるのだろう。



 その瞬間、頬を強く叩かれた。

 皮膚を手のひらで叩く乾いた音は、明確なマイナスの感情をもって、廊下に響き渡った。


一瞬何をされたのか理解できなくて、数秒の呆然とした気持ちがただ広がっていった。

 


「──あなた、何様のつもりなのッ!!」



 ぶたれた。お母さんに。

 後からやってくるじんわりとした熱い痛みが襲ってきて、今にも泣きそうな気持ちになった。



「いいから早く、国井さんたちに謝罪を……!」



「何様は……どっちよ」



 今にも消え入りそうな私の声は、その場にいる全員を凍りつかせた。



「お母さんは、良いよね。いつも上から目線で」



 はは、なんで私こんなこと言ってるんだろう。



「……お母さんはいつも、頑張って勉強して、いい中学に行かないとダメだって言うけどさ」



 自分の声が震えている。



「いい学校に入っても、いい会社どころか、今は就職できるかもわかんないんでしょ?」



 だめだ、もう止まらない。



「“頑張れば夢は叶う”って……保証もないくせに、がんばれがんばれって、それ、おかしくない?」



 溜め込んで、積もった感情が、一気に溢れ出してくる。



「がんばってダメだったら……誰かが責任とってくれるの……?」



 私は自分をあざ笑うようにして、泣いていた。



「──ねえお母さん、私、この先、生きてて良いことあるの?」




 この場にいる誰もが、口を閉ざしたままだった。




「友佳ちゃん」


 沈黙の中で、はっきりと呼んだのは、飾莉のお兄さんだった。


「友佳ちゃん、きみは多分、今不安で、不安でしょうがないんだ」


 私のことを真っ直ぐに見つめて、透き通った声で言う。


「まだ自分の大きさすら解らない、不安の原因は、多分そこなんだ」


「……」


「自分の大きさを知って、ガッカリするのが怖いんだよね?」


 お兄さんは、続けて言った。


「でも友佳ちゃん。ガッカリしても大丈夫だよ」

「『自分の大きさ』が解ったら、次は『何をしたらいいか』がやっと解るんだ」


 とても、優しい顔をしていた。


「自分のことが解ってくれば、『やりたい事』も、だんだんぼんやりみえてくる」


 彼は、飾莉の手を引いて、歩き出した。


「……そうすれば、今のその、『ものすごい不安』からだけは、抜け出すことができるよ」


 そして、去り際に、こう言った。



「それだけは、俺が保証する」

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