友佳
『信じれば夢は叶う』
それはたぶん、本当だ。
だけど、一言ぬけている。
『信じて“努力”を続ければ、夢は叶う」
たぶん、これが正解だと、私は思う。
──。
「友佳、信じていれば夢は叶うから、頑張りなさい」
私がまだ低学年だったころ、お母さんはそう言った。
学校の先生から耳にたこができるほど聞かされたフレーズだった。
大人はみんなそんなこと言う。
気がつけば私は、勉強や習い事を無理やりに背負わされていた。
応援してくれている、善意だってのはわかってる。でも今の私は、それが疲労の種にしか感じられなかった。
「おはよー友佳」
「友佳おはよ!」
登校すると同じ女子グループの子達がにこにこと話しかけてくる。
そこから朝の雑談がはじまる。
机に腰をかけて、わいわい笑いながら数人で話していると、その子がうつむきながら教室に入ってくるのが目の端でわかった。
黒ランドセルに、男っぽい服装。いつものパーカー。
国井飾莉という転校生は、初めてみたときからどこか陰を背負っているような女の子だった。
何かに怯えているかのように、じっと目をふせて。
口数も少ないし、特に誰かとしゃべっているところを見たこともなかった。
そんな彼女を見かねて、ある日私は話しかけてみることにした。
「国井さん、これから移動教室なんだけどさぁ、一緒にいかないー?」
「……ひとりでいく」
ぼそりと、つぶやいた。
いつものように、目をじっと伏せて。
その瞬間、私とその子の間には途方もなく大きな壁があることに気付いて、なんだか無性に嫌な気持ちになった。
なんでよ。
私何か悪いこと言った?
何も言ってないじゃん。
私は今まで誰にも迷惑かけないようにしてきたし、親の言うとおり友達もたくさん作った。
だから私の周りにはいつも誰かがそばにいたし、拒否されたことなんて一度もなかった。
でも彼女は拒絶という名のがっちりとした鎧に身を固めているみたいで、正直にいえば、目の上のたんこぶみたいな存在だった。
だから、私は彼女と関わるのをやめた。
***
ある日、私は放課後の掃除当番をサボってしまった。
その日は夕方からミニバスケットボールの練習の準備があるから急いでいて、日直であることが頭からすっぽり抜けてしまっていた。
その次の日、私は担任の先生に叱られた。
「日直のあなたの代わりに、国井さんが掃除当番をやってくれたのよ。後でお礼を言いなさい」
私はなんともいえない気持ちになった。
あれだけ拒絶してきた飾莉が、私の代わりを務めてくれた。
彼女のほうを振り向くと、相変わらず陰鬱そうにじっと目をふせて本を読んでいた。
目の上のたんこぶである彼女が何を考えているのか理解できず、もやもやとしたこの気持ちはどこへ向けていいのかもわからなかった。
***
昼休み、友達と楽しく喋っている最中だった。
棚の花瓶の水やり交換をしている飾莉が、ふと目に入った。
このクラスの生き物係の男子はだらしなくて、いつも遊び呆けているやつだった。
その水やり交換も、私のときみたいに、“誰かの代わり”を務めているの?
気に入らなかった。
だから私はわざとらしく、彼女に聞こえるようにしてつぶやいた。
「点数稼ぎおつかれさま~」
その声は耳に届いているはずなのに、飾莉は何も言い返さず、じっとうつむいてすたすたと自分の席に戻っていった。
まるで無視しているみたいに思えて、腹がたった。
いつから私はこんなに性格の悪い女になったんだろう。
勉強のストレスもあったし、無理にやっている友達付き合いも頑張っていたし、毎週欠かさず続けているバスケもサボったことはなかった。
この世界に生まれてきてから、全部、親の言う通りにしてきた。
操り人形になっている自分に気付いた時、そのむしゃくしゃをどこにぶつければいいかもわからずに、心のどこかでひたすらに耐え続けている自分がいた。
だから、都合よく現れてくれた飾莉をターゲットにしたんだと思う。
よくみんなの前で彼女の陰口を叩いた。
下駄箱の靴をトイレの個室に隠したこともあった。
机の中に「消えて」と書いた、ちぎったノートの切れ端を入れたこともあった。
飾莉は、いじめられていることに気付いているにも関わらず、いつものようにじっと目を下にやって耐えていた。
そんな日々が何週間も続いた。
ある日、飾莉のランドセルにくまのぬいぐるみのキーホルダーがついているのに気付いた。
「国井さん! なにこれ可愛いー! ちょうだい!」
「え……」
私はそれを無理やり引きちぎって、女子の友達に投げてパスをした。
ふと目をやると、初めてみる彼女の泣きそうな表情があった。
ふーん、こんな顔もみせるんだ。
その顔を見た時、心のどこかでスカッとする感じがした。
どこか罪悪感めいていて、晴れ晴れとした気持ちで、けれど心に影が射したような気持ちになった。
***
私にとって飾莉はストレス解消の的でしかなかった。
自分の筆箱があるのに「忘れちゃったから貸して」と奪ってみたり、雨の降った日には彼女のビニール傘を無理やり取ったこともあった。
やり過ぎていることはとっくに気付いていた。
でも、一度手をだしたら止まらない自分がそこにいた。
日々増えていく塾や、家での勉強、宿題、習い事──そのいらいらの、憂さ晴らしだったのかもしれない。
数日後。
朝のホームルームで、いつもと違う空気がクラスを張り詰めていた。
教卓に現れたのは、この小学校の校長先生だった。
「今日は皆さんにお話したいことがあります。今日、お休みしている国井飾莉さんのことです」
「保護者の方から連絡がありました。実は学校でいじめられているのではないかと──」
しん、と教室が静まり返った。
「この中で、国井さんに対するいじめや、それに近いイヤがらせを目撃した人はいませんか?」
そうして、犯人探しが始まった。
全員に配られたのは、匿名形式のアンケート用紙。
誰が誰をいじめているだとか、こうした嫌がらせや悪口を言っているだとか、名前を書かないで出す記述式のプリントだった。
私は、そのアンケート用紙を空白のまま、提出した──。
その日の放課後、職員室に呼ばれたのは紛れもなく私だった。
たぶん──いやきっと、そうだ。
クラスのみんなは、私のことをプリントに書いたのだ。
私が飾莉をいじめていることを知ってて、それを周りから見てたんだろう。
急に、ひとりぼっちになった感じがした。
「あなたのお母さんと連絡をしました。夕方、謝罪しに学校に来るそうです。国井さんの保護者の方も来ますから、入れ替わりで話をきかせてね」
何か裏で、大きな力が働いているんじゃないかと思った。
でも、待ってよ……。
飾莉をいじめてたのは、私だけ……?
仲の良かったあの子も、あの子達も、みんなで裏でひそひそ言ってたじゃん。
でも、そのみんなは、私の名前をプリントに書いたんだ。
そう、悟った。
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