憂鬱



 月曜日。午前6時。

 いつものように起床すると、水道水を飲み干して目を覚ました。


 部屋が異常に暗いと思って窓に目をやると、ぽつぽつと雨が降り始めていた。


 俺は少し憂鬱な気分になりながら朝食を作っていると、めずらしく飾莉が起きてきた。


「おはよう、飾莉」

「……」

「どうした? 学校の支度しなよ」

「……行きたくない」


 はあ、と思ったが──ああ雨だからか、と俺は理解した。

 飾莉は寝癖頭にいつものパーカー姿で、ぼーっと立っている。

 寝ぼけているのかな……? と思いつつ、台所で料理を続けた。



 テレビの天気予報では、やはり全国的な雨のようで、傘が必須だと気象予報士が言う。

 朝食を口に運びながら画面に目を向けていると、箸に手をつけていない飾莉の様子に気づいた。


「もしかして、具合わるい?」

「ううん」


 おでこに手をやる。

 熱はないようだ……。


 結局、飾莉は朝食を少し残したまま、学校の支度を始めた。


「あれ、ランドセルのぬいぐるみはどうした?」


 以前まで大事そうに付けてていた、ランドセルのキーホルダーがないことに気づいた。


「…………友達にあげた」


 ……あげた?

 あんなに気に入ってたものなのに、そう簡単にあげられるのなのだろうか。


 ──まあ、友達ができたのは良いことだ。

 友人同士なら、物の交換とか、そういったやり取りもあるのだろう。


 飾莉が、ランドセルの前でかたまっていた。


 どうしたのかな、と中を覗き込むと、筆箱が見当たらなかった。


「筆箱どうしたの?」

「……学校に忘れた」


 そう言うと、教科書やノートをしまい込む飾莉。


 なんだか様子がおかしいな……。

 そう思いつつ、時刻が7時30分を過ぎていることに気づき、自分も急いで制服を着ることにした。




「今日は雨だから、傘を持っていきなよ」

「うん」


 そういって、ビニール傘を手渡す。


 アパートの廊下を歩いていると、6号室のドアが目に入った。

 今日も久園寺さんは学校に行かないんだろうか。

 チャイムを鳴らそうと迷ったが、時間がないことを懸念してそのまま通り過ぎていった。



***



 午後の授業は上の空で過ぎていった。

 ホームルームが終わり、担任が注意事項を告げて学級委員の号令で起立、礼、着席。

 教室から生徒たちが消えていくなかで、ノートや教科書を鞄に詰める。


 窓の外をみる。

 土砂降りの雨の音がけたたましく鳴っている。

 空は厚い雲で覆われ、町全体が薄闇に包まれていた。


「国井くん、いるー?」


 教室の出入り口から顔を出したのは、副生徒会長の小島さんだった。

 胸に大量の書類をかかえて、教室全体を見回すように俺を探している。


 小島さんに呼び出されて廊下に出た。


「この前は書類ありがとう。生徒会の仕事押し付けちゃってごめんね!」


 小島さんは頭をさげると、赤髪のサイドテールが揺れた。


「いや、大丈夫だよ」

「それよりさ、久園寺さんのことなんだけど……彼女元気にしてた?」

「うん、元気だったよ」


 小島さんは「そっか……」とつぶやく。

 小島さんは彼女のことを心配しているんだろうな、と思った。


「わかった、ありがとう。それだけ。じゃあね!」


 手を振ると、忙しそうに廊下を小走りで駆けていく。

 あの人も大変だな……。




 昇降口から外靴に履き替え、校門を出た所で気付く。


「今日は飾莉来てないのか……」


 いつもなら毎日ここで待っているはずなのだが、その姿は見当たらない。

 雨だから先に帰ってるのかな?

 そう思って俺は一人で帰路についた。



 アパートに帰ると、部屋の中は誰もいない。

 飾莉が先に帰っていると思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。

 小学校ならとっくに授業が終わっているはずだが……。



 俺は隣の6号室のチャイムを鳴らした。


「はいはいはーい! 今でます! 待ってました!」


 そういって勢いよくドアを開けた久園寺さん。

 そして、一気に落胆した。


「アマゾンじゃなかった……」

「アマゾン?」

「ネット通販で注文した最新型のゲーム機が今日届く予定なんですよう」

「そうなんだ……それより、そっちに飾莉来てない?」


 すると久園寺さんは首を傾げた。


「飾莉ちゃん、まだ帰ってきてないんですか?」

「うん、今朝から妙に元気がなくて……」


 その時、アパートの階段を上がってくる足音がした。


 そこには、ずぶ濡れになった飾莉がとぼとぼと下を向いて歩いてきた。


「おい飾莉、傘はどうした」

「……貸した」

「貸したっておまえ……とりあえず中入れ、風邪ひくぞ」


 飾莉の背中に手やり、5号室に入れる。

 びしょびしょになったパーカーを脱がせ、バスタオルで体を拭く。


「なあ、友達に貸してもさ、お前が濡れたら元も子もないだろ」

「…………」


 飾莉は、ずっと黙り込んでいた。

 学校で、何かあったんだろうか。

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