ぬいぐるみ


 友達はたくさんいる方が幸せだ。

 そう信じていた時期が、自分にはある。

 多分、小学校の先生がそんなことを言っていて、真に受けたのだろう。


 だから自分は、友達をよく作った。

 気の合いそうな子に声をかけたし、話題に乗り遅れまいとテレビやマンガに熱中したし、遊びに誘われたら必ず行った。


 しかし、そうしてできた友達も、親父が死んだことを契機に、徐々に距離を置くようになっていった。

 親を亡くした自分という存在を、子供ながらに『不吉なもの』と感じたのかもしれない。

 それでも何人か、変わらず接してくれた者もいたのが、家計が苦しくなり、貧乏になり、毎日同じ服を着るような生活をするようになってから、離れていった。


 貧乏は生活だけではなく、心も虚しくさせる。

 当時の自分は、それを表情や仕草に出してしまっていたのだろう。

 気が付いたときには、友達はいなくなっていた。


 そして高校3年生になった今も、そうだ。

 この町に引っ越してきて、友達ゼロからのスタート。相変わらず話しかけてくれるのは、前の席の翔吾のみだった。



 ホームルームが終わり、俺は帰りの支度した。

 今日も帰りに商店街に寄って、夕飯の買い出し、今日の料理は親子丼にしようか……。

 干していた衣服類は、飾莉が畳むのを手伝ってくれるはずだ。


 昇降口で靴を履き替え、校門へ。



「おまたせ」

「……」


 校門の横で待っていた飾莉は、昨日と変わらず元気がないようだ。


 そっと手をつないで、帰り道を歩き始める。


「具合は大丈夫? 風邪とかひいてないか?」

「へーき」


 何しろ、昨日は雨に打たれずぶ濡れで帰ってきたのだ。


「今日の夕飯は親子丼にしような」

「……うん」


 夕焼け空が綺麗だった。

 もし手元にカメラがあったら、写真を撮りたいぐらいに。


 道先のゴミ捨て場に、カラスが止まっていた。


 通り過ぎる時、ふと目をやった。


 ──足が止まった。


「にーちゃん、どうしたの」

「……」


 俺は、信じられないものをみた。


 たしかに、見覚えがある。

 そこには、ぼろぼろに黒ずんだ、くまのぬいぐるみが捨てられていた。



 これ……飾莉のだよな?


 あのとき、久園寺さんにとってもらったキーホルダー。

 間違いない。

 まるでそこだけ取り残されたかのように、ぬいぐるみが横たわっていた。


「あ……」


 飾莉は、ぬいぐるみが捨てられていることに気づいた。


「なあ、これ友達にあげたって……」

「……っ」

「あ、おい!」


 飾莉は繋いでいた手を離し、まっすぐ道を走っていった。

 その場を逃げ出すかのように。

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