第4話 最愛の人

古来、久海、鈴道は、会議室のようなところに通された。目の前に座る麻生は、ずっと下を向いたままだ。


『もしかして、何か勘づいているのか…』久海の頭にそうよぎった。


一番始めに古来が言葉を発する。

「あの…改めてお伺いしますが、この男性をご存知ですか?」古来がそっと麻生の前にiPadを差し出した。麻生をそれを手に取ると視線を反らさずその男性を見つめる。


しばらく沈黙の時間が続いた。すると、麻生の肩が少しずつ小刻みに震え始める。

「…し…しっ……てます…」と涙声を途切れさせながら彼女は答えた。

「彼の名前は…結城羽月(ゆうき はづき)…彼に…何か……あったんですね?」と携帯に入っている彼の写真を見せながらつぶやく。


そこには、楽しそうに笑う2人の笑顔があった。


鈴道が彼女の様子を気遣いながら少しずつ話し始めた。今朝羽月の遺体が人通りの少ないトンネル辺りで見つかったこと。棒のようなもので頭を強打されて亡くなっていたこと。その犯行の手口が、今連続して起こっている通り魔事件と酷似していること。


彼女は、溢れ出す涙を拭いながら唇を噛み締めて聞いていた。


「最近、結城さんと会ったのはいつですか?」古来が麻生に尋ねた。

涙を拭って麻生が答えた。「彼と会ったのは、昨日のお昼頃です。仕事の昼休みにランチをしてそのまま会社の玄関の前で別れました。」

「コンビニに寄ったのはその後か…」古来がつぶやく。


「もしかしてお二人って恋人同士ですか?」久海が突然麻生に問いかけた。

驚いたような表情だったが、麻生は少し微笑みながら静かにうなづいた。


彼女の話によると二人が付き合い始めて1年ほどで、昨日も昼に会って別れ、夜に再び会う約束をしていたが、連絡がなくて心配をしていたという話だった。彼は温効で、とても優しい性格、フリーライターとしてさまざまな事件を追っていたそうだ。


「でも、最近たまに暗い表情をすることが増えてきていて、心配でした。」と付け加えた。


「それ以外に何か変わった様子はありませんでしたか?例えば、気になる行動とか言葉とかは?」古来が質問を投げかける。


麻生は、少し考えてハッと思い出したようにこういった。

「そういえば、ランチを食べて会社の前で別れる直前、『これから忙しくなる、もしかしたら当分会えないかもしれない。でも、心配するな。落ち着いたら連絡するから』って言ってました。その時の笑顔が妙に穏やかで…」と言いながら悔しそうに再び涙を流した。


結城さんは、麻生さんにとって最愛の人。そんな最愛の人を失くした心情は、計り知れないだろう。しかし、一生懸命に涙をこらえながら気丈に振る舞おうとする彼女の姿がかっこ良くも見えた。


「麻生さん、結城さんの部屋の場所とかってわかりますか?」久海が尋ねると「はい…合鍵もここに。」と言いながら部屋の鍵を見せてくれた。


早速、3人は、結城の恋人の麻生と共に、車で結城が一人暮らしをしていたという部屋に向かうことになった。亡くなったことを聞かされたその日に、最愛の人の部屋に行くのは、辛いと考えた久海は、同伴を断った。


しかし、「私も一緒に行かせてください」という言葉に圧倒されて一緒に来てもらうことになった。


運転席には、古来、助手席には、久海、後ろの席には、鈴道と麻生が乗り込み、麻生の案内の元、被害者である結城羽月が住んでいた部屋へと向かうべく、車は発車した。


30分ほど走っただろうか。両隣を高いビルに囲まれた間に4階建てくらいのマンションを見つけた。「ここです。」麻生が指を指す。


近くに車を止めて4人は車を降りる。

「彼の部屋はこのマンションの3階なんです。」麻生は3人に向かってこう言った。

ゆっくり、しかし確実に結城の部屋に向かう。一瞬、麻生が立ち止まった。当然だ。彼女にとっては、この場所は、最愛の人が住んでいた部屋だ。


自動ドアの横のオートロックを解除して、中に入る。目の前にあるエレベーターに乗り込み、3階のボタンを押すとエレベーターは、スーッと無音のまま上がっていった。


最愛の人の部屋に向かう彼女の後ろ姿は、行かせて下さいと強がったものの、どこか緊張しているような不安そうな雰囲気を醸し出していた。

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