第36話 エアたびガール 金沢編

暇になってしまった平日の昼の午後。茉莉と涼乃のエア旅が始まった。

「とりあえず、北陸とか調べてみよっか。」

「いきなり遠くない!?」

自分でまったく選ばない旅先だったので、茉莉は漫才をしている芸人のツッコミよろしく驚いてしまった。

「これはエア旅なんだし、運賃とか移動時間とか考えなくていいんだよ?」

「あ、そっか」

「でも、車窓から見る景色とかは想像してもいいかもね」

「北陸新幹線か……今でもまだ山肌の雪は解けてないかも?」

「そうね。昨日も綺麗に富士山が見えてたし」

そういえば見えていたなあ、と茉莉は昨日の記憶を少し引っ張り出してきた。今日はあいにくの雨で富士山は見えないのだ。それが憂鬱な気分を助長しているのかな、とも思った。

「途中で通る篠ノ井の近くには、夜景がきれいな駅もあるみたいね」

「そこ気になる!駅の名前は?」

「えーと……『姥捨』……?」

「いきなりホラーチックなのやめて」

「本当だって!ほら」

涼乃から送られてきたリンクには確かに『日本三大車窓 姨捨駅』と書いてある。さてはいわくつきの駅なのか、とも考えたが、それなら「日本三大車窓」に選ばれるのは些か不思議である。

「これって、高齢者を昔は山に捨ていて、そこから『姥捨て山うばすてやま』って名前がついた話とやっぱり関係があるのかな」

「そうみたいね、でもこっちのは少しいい話みたいよ」

「と、言うと?」

「姨捨駅っていうのは標高が高いところにあるんだけど、昔はやっぱり年寄りの方を捨てるような山だったみたい。信濃の国……ちょうど今の長野県ね、そこのお殿様がよほどの年寄り嫌いで、70になった年寄りは全員、山に捨てるように御触れを出していたみたい。そこに一人の若者がいて、70の母親を捨てなければならなかった」

「ほうほう」

「それで、山に登っていざ捨てようとしたんだけれども、やっぱり捨てることができなくて、そのまま下山して、母親を床の下に穴を掘って、そこにかくまったの」

「いい息子さんなんだね」

「そうね、それで、ある日、隣国から使者がやってきて『灰で縄をなえ、九曲の玉(複雑な形の曲玉のこと)に糸を通せ、さもないと国を攻める』って言ってきたの。そこでお殿様はそれを解ける人が見つかるように国中にお触れを出した。それを見たさっきの若者が、床下にかくまった母親に聞いてみたの。そうしたら、塩水に浸した藁でなった縄を焼いて、玉の一方に蜜を塗り、その反対側から糸を通せばいいと教えてくれた。そのことを若者に伝えられた殿様は国難が去って大喜び。若者になんでも褒美を与えようとした。」

「うんうん」

「そこで若者は正直に『褒美はいりません。ただ、老いた母を助けてほしいのです。実は、この知恵を授けてくれたのは70歳になった私の母です」って涙ながらに打ち明けたの。それを聞いた殿様はとても感銘を受けて、この時初めて老人を大切にすべきって理解したみたい。それで、姨捨の御触れもほどなくしてなくしたと。そういう伝説がこの地に残ってるみたいね」

「とってもいいお話だったのね。心霊スポットじゃなくて安心した。」

「景色も確かに良さそうだし、北陸までの寄り道にもいいかもね。長野駅から姨捨駅まで行ったら、そのまま松本まで行って『特急あずさ』で新宿に戻れるし、その逆のことももちろんできると思うわ」

「それじゃあ気を取り直して、金沢に行きましょ!」

「そうね。大宮駅から金沢駅までは『かがやき』号で片道約2時間。運賃は13840円ね。」

「料金に目をつぶればいつもしてる旅と移動時間はさほど変わりないね。もしかしたら日帰り旅もできるかも?」

「1日の往復運賃で27680円も使いたくないわ……」

「それもそうね……金沢の中ではどこがおすすめ?」

「やっぱり、金沢城とその近くにある兼六園かしら。特に兼六園は日本三名園に数えられる立派な日本庭園が有名よ。その中には金沢神社もあるしね」

「兼六園と金沢神社か……私は行ったことがないからあんまり感覚がつかめないや」

「私も小さいころに親に連れられて行っただけだからあまりはっきりとした記憶はないのだけれど、とにかく別の世界に行ったような感覚がしたのは覚えているわ。木の造形一つをとっても美しいし、水の流れも綺麗だったし。ちなみに金沢神社には、この前話した『御霊信仰』で有名な学問の神様、菅原道真公(天神様)が祀られているわ」(※諸説あります)

「なるほどね、最近成績ちょっと下がってきちゃったし、お参りしておこっと」

「そこは個人の努力の問題だと思うわ」

「涼乃が冷たい!?」

「まあまあ、あとで勉強教えてあげるから。そのすぐ近くにある金沢城も見どころね。昔は加賀国、加賀藩のお城だったみたい」

「見どころは?」

「うーん、城全体を一通り回れば茉莉でもそれなりに楽しめるとは思うけど、強いてマニアックなところを突くとすればほかの城とは違って、鉛でできた屋根瓦とかかしら」

「鉛でできてるんだ」

「そう。雨や雪と化学反応を起こしてるから、瓦は白くなってるの。有事の際は鉄砲玉に加工することもできたそうね。屋根瓦を鉛にするっていう発想は、雪国の金沢だからできることだったのかも。」

「金沢城と兼六園。金沢に行ったならぜひ寄りたいね」

「金沢にはバスの交通網が発達しているから、バスのフリー乗車券を買っちゃえば移動は楽ね」

「それでほかには、どんなところがあるの?」

「ところ……ではないけれども日本海でとれた海鮮は絶品よ。ちゃんと市場とかもあるわ」

「その場で食べれたりもするの?」

「もちろん。近くに食堂とかもちゃんとあるわ」

「いいねぇ、あんまり旅先のグルメとか興味なかったけど、ちょっと興味沸いてきた!」

「『お腹いっぱいで動けないよ~』とかいいそうね、茉莉」

「あははっ!、めっちゃありそうそれ」

幸せな笑い声が茉莉の部屋に響いた。憂鬱な気分も心なしか幾分ましになっている。

「金沢はこんなところかしら。北陸の中でも大きい都市だからコンビニとかもたくさんあるし、旅しててあんまり不便に思うこともないし、結構いいところだと思うわ」

「よーし、金沢には絶対行こう!

……行けるようなお金が溜まったら」

「……現実的ね」

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