第34話 桜の東京編 終 隅田公園と桜舞う夕暮れ

隅田川沿いにある隅田公園には、桜の咲いている場所は少し少ないけれども、その分宴会のスペースがとられていて、お酒を飲みながらお花見をする人が多かった。その影響からか、公園内にはほのかにお酒の香りが漂っていた。

隅田公園に着いた頃にはもうすっかり夕方になっていたので、夕暮れと桜を楽しむことができた。朝からお花見をして、東京を大きく移動した茉莉にとってはどこか感慨深いものがあった。

そこにそよ風が吹くと、隅田川の方へ桜の花びらが舞っていった。「お花見がしたい」と涼乃に行ったときに、「満開の情報が出たちょっとあとくらいに行くのがベストタイミングよ」と言っていたのはこういうことだったのか、となんとなく納得したと同時に涼乃の方を見ると「ね?言ったでしょ?」と自慢げに言ってきたので、「私だってわかってたもん!」と少々悔し気に返した。それでも二人は笑顔でいれた。

隅田公園の桜を見終わったところで茉莉が「じゃあ、そろそろ帰ろっか」と言った。少し寂しそうな口調をしていたが、同時に満足そうでもあった。

帰りの電車の中で茉莉はひたすら足をさすっていた。スマートフォンで調べたら、なんと約30kmも歩いていたらしい。その数字を見ると、さらに疲れと達成感が襲ってきた。

帰りは浅草駅からいったん上野駅までもどり、そこから大宮まで戻るルートをとった。事あるごとに「足痛い、もう動けない」と言っていた茉莉をほかの3人が心配しながら移動する帰り道になった。


大宮駅に到着してその日はお開き、という形になった。涼乃は「買い物があるから」と家がある方とは別の方角に行き、拓也とも駅をでてほどなくして家近くの交差点で別れた。残りは家の距離が目と鼻の先ほどの茉莉と結城だけだった。

茉莉はというと、何かしゃべりたいのは山々であったが、30kmを歩いた筋肉痛と疲れでそれどころではなかったし、いつも通り拓也とは何もしゃべらず別れてしまったし、結城も珍しく誰にもしゃべりかけることなく、何か考え事をしているようだった。

つまり大宮駅を出てから誰もしゃべらずに、茉莉と結城は家の前まで到着してしまった。そして茉莉が家の前で「じゃあ、またね」と言ったと同時に、今までずっと考え事をしていたと思われる結城が駅を出て初めて「待った」と声をかけた。

茉莉は突然話しかけられて少々驚いたが、結城の顔がいつになく真剣だったので、黙って聞くことにした。が、足の痛みがひどくなっていたのですぐに顔をしかめてしまった。

それにいち早く気づいた結城は、「とりあえず、座って聞いてくれ」といって、茉莉の家の玄関前の階段を指さした。

家の階段に腰かけた茉莉は、手で自分の隣のスペースを二回たたいて、結城にも階段に座ることを促した。すると「おう、悪いな」と言って腰かけた。

それからしばらくは、また沈黙の時間が流れた。結城は話す決心がついていないらしく、座ってからは「うーん」とか「あー」としか唸らなくなってしまっていた。茉莉も無理に話を聞きだすのはどこか結城の負担になるんじゃないかな、と思って黙って話し始めるのを待っていた。

ようやっと口を開いた結城は、もう言葉も選ぶのをやめてそのままの状況を茉莉に話しはじめた。

「弟が……、正輝が突然、ほとんど部屋からでなくなった。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る