第32話 桜の東京編7 CDを探そう

1,

お腹を満たした茉莉たちは、秋葉原へと向けて東へ進んだ。ほどなくして、お茶の水に到着。湘南の旅がそうさせたのか、新宿から靖国神社への徒歩がそうさせたのかはわからないが、茉莉にとってお茶の水までの道のりはとても短く思えた。

「お茶の水に着いたんなら、秋葉原も、ちょっと足を延ばせば上野も近いな」

そう結城が言っていたので、茉莉は「もう長く歩くこともなくて楽だな」と心のどこかで安心した。その安心があだとなるとはまだ思いもしなかったが……。

お茶の水をほんの少しあるくと、周囲の風景は一変した。秋葉原に到着である。

「じゃあ、どうやって探そうか、CD」

秋葉原を少し歩いたところで、茉莉がそう持ち出した。

「あー……それなら二人ずつ二組で探さないか?本当は四人バラバラで探したいけど絶対迷うやついるよな」

そういうと、結城は茉莉と拓也の方を一瞥した。茉莉はそれに気づいたが、意図は知らないふりをしておいた。

「ないかもしれないものだから……時間を決めて探そう。茉莉、どれくらいなら……ここにいれる?」

「んーと、一時間くらいなら全然大丈夫。」

「じゃあ、一時間後に……どこで待ち合わせしようか……?」

そういうと茉莉は、涼乃と結城の方を向いた。

「んー……。」

「「どこで待ち合わせても合流できる気がしない……。」」

二人同時に同じことを言ったのがあまりにもおかしくて、涼乃と結城は少し笑っていた。

「もう……笑ってる場合じゃないでしょ」

と茉莉は少々不服そうにそう言った。

「末広町駅の入り口なら……北上しながら探せて……そんなに迷うことなくて……えーと……」

スマホで地図を開いていた拓也が唐突にそう言うと、見かねた涼乃が言葉を継いだ。

「じゃあ、末広町駅の……これ、二つ入り口あるけど、どっちがいいかな」

「上野公園が道の左側にあったし、そっちでお願い」

茉莉がそうまとめると、他の三人もそれに同意した。

「そんじゃ早速、探しにいくか。拓也、行くぞ」

「ああ……うん」

そう言うと、結城は拓也と共に出発した。

残された二人も、結城たちとは反対側の—中央通りの西側をぶらぶらと歩きながらCDを探すことにした。

お目当のCDのタイトルとジャケットの画像は、すでに拓也から教えられていた。茉莉はいかにも拓也が好きそうだなぁ、と思ったことを覚えている。

「じゃ、私たちも行きましょか」

そう言った茉莉に、涼乃も「うん」と言ってついて行った。


2

「さて、『早速探しに行くか』とか言って歩いてみたはいいものの……どういうところを探せばいいか全くわからん」

結城は首を傾げた。

「それなのに何分も歩いてたの……?結城、なにも考えずに色々やる癖……治ってないんだね……」

「すまん、そこまで言われるとは思ってなかった」

「……まあ、リサイクルショップとか……中古屋さんとか回ってればそのうち見つかるかも……しれないね……」

そういうと、拓也は周辺のお店を探し出した。秋葉原なら店の数には困らない。

どこが品ぞろえがいいかまではわからなかったので、時間の許す限りしらみつぶしに秋葉原の探索をしたが……

「ぜんっぜん見当たらんな」

「相当珍しいらしいし……しょうがないね……」

最初こそは話題もあったので適当に会話しながら探すことができたが、途中から話題が切れ始めて沈黙の時間が多くなってきた。

箱に入れられたCDのカタッカタッという音だけが店内に響いた。

「そういえばさ」

沈黙に耐えかねた結城が話を切り出した。あまり沈黙は好きではない。

「ん?」

拓也は手を止めて、結城の方を向いた。

「ああ、別に手は止めなくていい」

拓也にそう言ってから、結城は話を続けた。

「秩父では言えなかったけど、弟が引きこもった」

「だから……正輝くん、最近ちっとも姿を見せなかったんだ」

「ああ、できる限り家族以外には会わせないようにしてた」

そう言いながら、結城はCDを探す手を止めなかった。

「でも、もうほんの数日したら……中学生になるんじゃないの?」

「そこが問題なんだよな、引きこもったまま中学生になって欲しくない」

「んん……それじゃあ僕は手伝えない……かも」

「おお」

普段は何とかしてアドバイスをくれる拓也があっさりと「手伝えない」とあきらめたので、結城は驚きで中途半端な返事しかできなくなっていた。

「何があったかは知らないけど……引きこもるほど嫌なことがあったなら、そのまま……気が済むまで引きこもればいいって言っちゃうと思う」

「あー……」

うまく言葉にできない。もやもやとした感覚が結城を襲った。

「でも……僕だけじゃないでしょ」

「何が?」

「結城に協力できるのは僕だけじゃない……ほら、茉莉とかなら、なんとかできるかもしれないし」

「そうだな、あんまり他人を巻き込みたくはなかったけど、相談してみるか」

「結城、ただでさえ隠すの下手なんだから……サクッと相談しちゃいなよ……あ、これだ」

「いや隠すの下手っておま……あったの?」

唐突に拓也に子馬鹿にされた上にあまりにもあっさりとお目当てのCD見つかったので、結城は間抜けな口調で聞き返してしまった。

「うん、このジャケット……間違いない。ありがとう、僕のわがままに付き合ってくれて」

「お、おう、いいってことよ」

少々上機嫌に見えなくもない拓也と終始困惑気味の結城は、茉莉たちに連絡を取ってから末広町駅へ向かった。


3

結城たちと別行動をはじめ、中央通りの西側を探し始めた。とはいっても、目に着く店に寄っては出て、寄っては出てを繰り返していたので、結城たちより本気で探している様子ではなかったが……。二人とも、「私たちは付き合わされてる側だし、ちょっとくらいいいよね」を合言葉に、軽い気持ちでCD探しをしていた。

一緒にいると話が尽きない。そんな涼乃と一緒に久しぶりに何かができる、ということに茉莉は心を躍らせていた。

そんな尽きない話し声と箱に入れられたCDのカタッカタッという音が店内に響いた。

「茉莉はさ、もし気になってる人をどこかお出かけに誘うとしたら、どこがいいと思う?」

「うーん……私は最近『誰かを誘う』ってことをしてないから……」

茉莉は少し顔を宙に向けながら、指をくるくるとまわした。

「思い浮かぶところがなければ別にいいんだけど」

「ああ、ちょっと待って」

少しでも涼乃の力になりたいからと何とかして考えを絞り出そうと、まだ指をくるくる回しては「うーん」とうなっている。そしてそれは、CD屋を出て「あ」と声を上げるまで続いた。

「水族館なら、そんなに好き嫌いなくていいんじゃない?」

「随分と考えた割には普通の答えに落ち着いたね」

「えーいいじゃん、水族館」

「うん、参考にはしてみる」

涼乃がそう言ったとたん、茉莉のケータイが通知を鳴らした。茉莉は電話の相手に適度に相槌を打ってから、電話を切った。

「CD、見つかったって」

「そっか」

二人はまた他愛もない会話を交わしながら、末広町駅に向かった。

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