第29話 桜の東京編5.5 ガールズトーク
「ねえ涼乃、ここから千鳥ヶ淵って何分くらいかかるの?」
「えーと、55分って書いてある」
涼乃はスマホでルートを検索しながらそう言った。
「え」
「皇居だし、大体それくらいだよね。4キロだって」
「私……たどり着くまでにこの体を保っていられるかな……」
「朝もいろいろ歩いてきたんでしょ?それなら大丈夫よ。大通りに出ちゃえば迷わないしね」
「迷う迷わない以前の問題だよお……」
弱音を吐きながらも、茉莉は歩き続けた。やると決めてしまったからにはやろうと心のどこかで思っている。
「ここは東京にしては緑が多いね、どんなところなの?」
「明治神宮外苑ね、名前の通り明治神宮の敷地ってことになってるけど……」
「けど?」
「アイススケート場とか、野球場とかもあるのよね」
「あ、ほんとだ、野球場」
茉莉の正面には、ドーム状の建物が見えた。
「それと、銀杏並木も有名だよ。十一月の中旬頃からは紅葉でいい感じの景色になるの。季節を変えて、一回行ってみるのもいいかもね」
「え、また歩くの?」
「そんなことしなくても地下鉄に乗ればすぐよ。山手線に囲まれた地区だったら大体の場所は地下鉄で行けるし」
「よかったあ……もう歩かなくていいんだね」
「今日は歩くことになるけどね」
「うっ」
「安心して。歩けなくなったらひきづって近くの駅まで運ぶから」
「せめておんぶくらいしてよ……」
「やだよ、茉莉、重いだろうし」
「私の体重はリンゴ3個分ですー!重くなんてないですー!」
「はいはい。あ、この道まで着けばあとは道なりに進めば千鳥ヶ淵公園のある皇居ね」
気が付けば大きな道に出ていた。道に沿って高いビルがずっと並んでいる。終わりは見えない。
そんなビルのそばをずっと歩いて行った。一言でビルと言っても、一軒一軒形が違っていたり、一階部分にコンビニや変わったお店があったりするので見ていて飽きない。たまにビルの隙間から桜のピンクが顔をのぞかせているのも見逃せなかった。
目黒川の時は肌寒かった空気もすっかり暖かくなって、そこに涼しげな風が吹いてきて気持ちがいい。今日の東京は絶好のお散歩日和だ。涼乃に「最初の方は嫌そうだったのに、なんだか歩くのが楽しそうね」と言われるくらいに、茉莉はこの散歩が、旅が楽しくなっていた。
信号待ちの時間、涼乃は一つの銅像に視線を向けていた。
「なに見てるの?」
「『夏の想い出』って銅像が春バージョンだよ」
「……ホントだ」
台座には『夏の想い出』と書いている小さな子供の銅像が、桜色の法被を着て、手には桜の花が咲いた枝を持っている。完全に春の想い出になっていた。
そういえば桜を間近で見たことはあるけれど、わざわざ枝を折ってまで見たことはないのを茉莉は思い出した。ちょっとやってみようと思ったけれどモラル的にもあまり許されることではなさそうなのでやっぱりやめることにした。
信号はまだ青にならずに暇だったので茉莉はふとスマホを見た。通知が二件。二月に四人で集まった時に作ったグループに画像とメッセージが送られてきている。
一枚目は結城からきれいな桜の写真。それから、拓也から"東京の桜 きれい"と送られてきていた。メッセージ越しでも気力がないのが伝わるのはある意味才能だと思った。
「拓也たちも東京来てるんだね」
同じくスマホを見ていた涼乃がそう言った。
いつのまにか"私と茉莉も東京でお花見してるよ きれいだよね"と返信している。涼乃もそうだが、同級生の女子はたいてい人間離れした入力速度で文字を打っているので茉莉はいつも混乱していた。
やっとこさ打ち終えたので茉莉も"今どこにいるの?"とメッセージを送信した。今度は既読がついてから人間味のある時間が経って結城から返信が返ってきた。その内容に茉莉は少々目を見開いた。
"千鳥ヶ淵に向かう地下鉄の中"と書いてあるのだ。なんという偶然。
一応、
「この流れだと、結城たちと合流できそうだけど、涼乃もそれでオーケー?」
と隣にいた涼乃に聞いてみると、そこには明らかに動揺している涼乃の姿があった。
「私、今日服装おかしくないよね?」
と震え声で言っている。拓也が絡むといつもこうなってしまうのは惜しいんだよね、と思いつつも茉莉は普段の態度で涼乃に接した。
「全然おかしくない。似合ってるから自信もっていいと思うよ」
「ん、じゃあなるべく普段通りに……あ」
「どうしたの?」
「信号。また赤になっちゃった」
「あ」
メッセージの返信やらなにやらして信号を待っていたら、いつの間にか青信号すら終わっていたらしい。茉莉と涼乃は、次の青信号は逃すまいと時間つぶしのほかのことをせずに信号を待った。
「あ、信号変わった」
「行こ」
さすがに二回も青信号を逃すことはなかった。
「それにしても今日はそんなに緊張してないけどどうしたの?失恋?」
「失恋すらまだできてないわ……って何言わせるの」
「涼乃が言ったんじゃん」
「……いつまでもぎこちないとそのうち嫌われちゃうかなって思って」
「拓也のことだし、多分何も感じてないと思うけど」
「それでも自分の中ではそうなっておきたくて」
「それはいい心構えかもね、で、いつ告るの?」
「それとこれとは話が別だよ……全然心の準備ができてないの」
「って言ってずっと何もしてないと、そろそろ取られちゃうんじゃない?」
「うっ」
茉莉は久しぶりに図星を指された人の声を聞いた気がした。
「で、でも拓也モテなさそうだし、多分大丈夫」
さらっと涼乃が自分の好きな人を小ばかにしたような気がしたがそれを言及するのはやめておいた。
「でも今は草食系男子も人気って言うし、案外危ないかもね『窓際の彼、いつもクールでかっこいい』みたいな」
「うーん……」
そう言ってから涼乃は黙りこくってしまった。何も考えていない、というわけではなさそうで茉莉は少し安心した。
そんな考えこんでいる涼乃を横目に歩いていると、道の突き当りまでたどり着いた。眼前にはピンク色が見える。
「あれが千鳥ヶ淵公園?」
「そうね、意外と早く着いたでしょ?」
「うん。でも……」
「でも?」
「やっぱり今度は地下鉄を使いたいな」
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