第28話 桜の東京編5 新宿御苑

立川駅から新宿駅までは中央線で一本。大体四十分ほどで到着した。

新宿駅と言えば迷うことで有名である。その複雑さはダンジョンと揶揄されるほど。茉莉にとって正直近づきたくない駅の一つでもある。

そんな駅で涼乃と待ち合わせするわけにもいかないので、回避策として次の目的地である新宿御苑に現地集合することにした。その時はちょうどいい回避策と思っていたのだが……。

とりあえず、新宿駅から脱出しないと新宿御苑にたどり着くのなど夢のまた夢なので新宿駅の出口を探すことにした。

スマホのマップアプリで調べたところ、東の方に脱出すればいいようなのだが……。

「東口と東南口があるのはまだいいとして……なんで東口が二つ以上もありそうなの……?」

先行き不安である。

なんとか看板を見ながら東口まで到達。新宿駅というダンジョンは抜けたが、涼乃から送られてきたメッセージで茉莉の顔はさらに真っ青になった。

"なんか新宿御苑すごい人の量だよ?この中から私見つけられる?"

"無理"

その返信速度、体感0.5秒。自分の最速返信記録を塗り替えたことを茉莉は確信した。

"待ち合わせ場所変えよっか"

"でも新宿で安全に集まれる場所なんてあるの?"

既読がついたまま涼乃の返信が止まった。やはり安全に集まれる場所は少ないのだろうか。

待つこと一分。ようやっと涼乃から返信が返ってくる。

"やっぱり新宿御苑に来て。私から茉莉を探すから"

"おっけー"

余計に集合場所を変更するよりも、人が多かろうが目的地で探した方がいいという判断かなと茉莉は思った。どちらにしろ茉莉は都会に振り回される側の人間なので、都会に強そうな涼乃の指示に従うほかなかった。

茉莉はスマホのマップを見ながら新宿御苑へと近づいた。途中何度か迷いそうになったが、そのたびスマホを見ながら道を修正した。

信号を渡ると木々と人だかりが見えた。先ほど涼乃がすごい人の量、と言っていたので新宿御苑ここで間違いない。

あとは涼乃に探してもらうだけなので着いた旨を連絡しようとスマホの画面を見たと同時に、自分の目の前に気配を感じたので顔を上げると、涼乃が「おはよ」と言って小さく手を振っていた。

「今もう十一時だよ?昼だよ?」

「じゃあ、こんにちは?」

「それはなんかよそよそしくない?」

「じゃあ、ごきげんよう」

そこまで会話を続けて、茉莉は突っ込むのが面倒くさくなったので

「……ごきげんよう」

と返した。今後こんな挨拶をする機会が二度と来ないことを茉莉は願った。

「で、なんでこんなに人だかりができてるの?」

「それがね、荷物検査してるらしいの」

「なるほどね……」

「茉莉、学生証は持ってきた?」

「うん、一応」

「じゃあそれを用意してから並ぼっか」

そんなわけでバッグから苦戦しながらも学生証を出した茉莉と涼乃は、荷物検査とチケット購入の列に並んだ。

同じく荷物検査に並んでいる人たちを見渡すと、老若男女様々な人々がいるのが見受けられた。二十代くらいのカップルに見える人、「楽しみだねえ」と言って談笑している老夫婦、さらには外国人まで。皆お花見を楽しみにしているのだろう。そう考えると、茉莉にとってなんだか桜が偉大なものに見えた。

荷物検査を終えて、チケットを購入。学生は二百五十円、大人は五百円と、広い新宿御苑の管理に使われると考えれば妥当な値段だった。

涼乃によれば、これでも最近値上げをしたそうだ。

新宿御苑内はやはり人でごった返していた。敷地が広いので門から少し離れると密度自体は薄くなったが、それでも様々な場所に多くの人が見受けられた。

「すごい人だね」

今まで早朝や開園直後の公園でしかお花見をしていなかった茉莉はそんな感想を漏らした。昭和記念公園でも開園前にかなり人が並んでいたが、その比ではない。

「普段はこんなに人いないんだよ。やっぱり今日は休日だし、さすがに来週くらいで桜も見納めだからこんなに人がいるのかも」

「みんな考えることは同じなんだねえ」

広場に出ると、特定の箇所に人だかりができている。当然桜を近くで見たい人たちが集まっているわけである。

「これじゃあお花見というよりも、人を見てるみたいだね」

「それもまたお花見なんじゃないかな……って思うこともできるよ」

「どゆこと?」

茉莉は首を傾げた。

「ただ単に目の前の桜の木一本を楽しむっていうのもいいけどさ」

「うん」

「それを見て喜んでいる人とか、感激を受けている人も必ずいるわけだし。そういうのも風物詩としてみるのもいいのかなあって」

「なんというか……涼乃、大人になったね」

「久しぶりに会った親戚みたいなこと言わないでよ。とりあえずちょっと桜まで近づいてみよっか」

「人混みはちょっと苦手だから、ほどほどのところで引き返させて」

「もちろんわかってるわ」

桜に近づくと、だんだんと人だかりから声が聞こえてくる。やっぱり桜は綺麗だねと言う人もいれば、今年の桜はなんだかなあ、なんてことを言う人もいた。

茉莉たちもその人だかりの一番外側に加わって桜を堪能した。自分たちも「お花見」の中にいるなんてことを考えるとなんだか心地いいような、不思議な気持ちになった。

その桜もほどほどに見てから離脱して、新宿御苑のほかのエリアも回ることにした。

「茉莉は新宿御苑来るの初めて?」

「小さいころに連れてこられた記憶はあるけど……全然覚えてないなあ」

「じゃあ、日本庭園とか一通り回っておきましょうか」

茉莉と涼乃は、新宿御苑の日本庭園へと向かった。桜が多く咲いているところから離れてしまえば、それほど人の多さを気にするような機会はなかった。

散歩の途中、二人は庭園を見渡せる休憩所のようなところに寄って席に腰かけた。

「素敵なところだね」

「そうね、ここだけは静かだから、東京の神社巡りとかの休憩とかによく来るの」

「確かになんとなく心がすっきりするから、休憩にはもってこいだね。今度また東京に来た時も寄ろうかな」

「いいんじゃない?ここならアクセスにも困らないしね。今日寄らないところもあるし、そこに行ってみるのもありかもよ」

二人は日本庭園を十分に満足した後、新宿御苑を後にした。

新宿御苑に入るときにはそこまで気にしていなかったが、茉莉は出入り口に駅によくある自動改札と同じようなものがあることに驚いた。さすが東京都。ハイテクだ。

公園から出て一旦二人は立ち止まった。

「次はどこに行きたいの?」

「涼乃は行きたいところないの?」

「今日は茉莉について行くって決めてるから」

「えっとね、じゃあ次は千鳥ヶ淵ってところ……かな」

「皇居のところね、わかった」

「地下鉄使うの?」

「……もいいけど、歩いてみない?」

「歩けるの?」

「十分歩ける距離よ」

「じゃあ、それで」

この時茉莉は、今日が自分が今までの人生の中で一番歩いた日になったことをまだ知ることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る