第27話 桜の東京編4 春の昭和記念公園

午前九時。昭和記念公園の門が開かれた。並んでいた客が一斉に園内に入っていく。

国立昭和記念公園は、名前にもある通り昭和天皇御在位五十年記念の一環として、飛行場があった立川市に建設されたものである。というところまで茉莉は事前に調べていた。行くところを前もって調べるのは初めてのことだったが、調べているうちにだんだん楽しくなってきてしまったのは誰にも言わないつもりである。「結城みたい」と言われるのが癪だからだ。

そんなことを思いつつ茉莉もチケットを見せて入園。入ってすぐ、緑が広がった景色を見ることができた。

昭和記念公園の広さは約165haあり、その広さは東京ドーム39個分にもなる。茉莉には午後も別の場所で桜を見る予定があるため、行く場所を絞らないといけない。

幸い、園内マップを見つけたので一つ取り、桜の木が近くに生えている芝生にレジャーシートを敷き、そこに腰かけて作戦会議をすることにした。

とりあえず、大まかな足取りとして立川駅方面へ歩くことを決めた。先程、時刻表を見て西立川駅に戻るよりも立川駅まで歩いてしまったほうが早いことは調べてある。

ただ、流石にまっすぐ立川駅を目指してしまうと味気ないコースになってしまうので、北に行き過ぎない程度にぐるっと大回りするコースを歩くことにした。

……のだが、茉莉の腰はなかなか腰が上がらない。春のちょうどいい日差しと、昨日の夜更かしのせいで生じた眠気が茉莉を襲った。

「しばらく休憩しててもいっか」

疲れと眠気には勝てない。いつもそう思っている。茉莉は頭上の桜を眺めながら少しゆっくりすることにした。

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「やあ、久しぶり。元気だった?」


「君がなかなか外に出ることがないから、旅は諦めちゃったのかと思ったけど、不要な心配だったみたいだね」


「それじゃあ、引き続きいい旅を。僕は君のベッドで帰りを待つことにするよ」


「あ、一つ忘れてた」


「君、そんなところで寝てて時間は大丈夫なのかい?」


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「え!?」

茉莉は飛び起きた。どうやら、眠ってしまっていたらしい。

時刻は九時四十分。三十分は寝ていたことになる。

茉莉はいきなり飛び起きてスッキリした頭をフル回転させて、さっきまで見ていた夢のことを思い出そうとした。

あの優しくもどこか胡散臭い声。三ヶ月前に初めて聞いた、あのイルカのぬいぐるみの声に違いない。

しかし、三ヶ月前とは違って会話することはできなかった。そう都合よく明晰夢を見ることはできないようだ。

考えても仕方ないので、レジャーシートをたたんで散策を再開することにした。眠ってしまってはいるが、とりあえず計画の通りに講演を周るのならまだまだ時間はある。

涼乃からは二十分前に

"今起きた~、どこに向かえばいい?"

とメッセージが来ている。合流先は新宿を指定したので、準備も含めるとあと一時間三十分はかかるだろう。

昭和記念公園には至る所に花が咲いていた。桜だけでなく、チューリップやパンジーをはじめとする植物が足元に咲き誇っている。管理に相当な労力がかかるだろうと考えると、入園した時に浮かんだ「公園に入園料なんてかかるんだ」なんて思いはすぐに吹き飛んだ。

昭和記念公園の桜は、今まで訪れたほかの二カ所と違って桜の木がまばらに咲いていた。まばらだから悪い、なんてことは一切なくこれはこれで一本の桜をまじまじと見ることができて茉莉としても満足だった。

ところどころに咲いている桜をみながら茉莉は決めたルートを散策した。半分くらい歩いたところには広い菜の花畑があった。背の高い菜の花がずらりと並んで花を咲かせている。春の花と言ったらまず桜が出そうだが、菜の花だって負けていない。さわやかな春の風が菜の花を撫でていた。

そんな菜の花を眺めていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「井町さん?」

「んえ?」

いきなり自分の名前を呼ばれたのでびっくりした茉莉は呼ばれた声に対して間抜けな返答をしてしまったが、声の主の方向へ振り返った瞬間にそのことを後悔した。

そこには去年度クラスメイトだった日野香織ひの かおりがいた。きれいな黒髪のロブに、白のブラウスとデニムで、喋っていなければ大人っぽく見える。そんな認識を茉莉は持っていた。

「やっぱり井町さんだ!髪型変わってたからもしかしたら違うかなと思ったけど、本物だ!」

まるで芸能人をみつけたときのように香織はそう言った。以前茉莉の偽物でもみつけたのだろうか。

茉莉は出先の地で突然同級生から話しかけられていたので驚いてどう返せばいいか一瞬迷ったが、普通に話を続けようとした。

「おはよう日野さん。日野さんもお花見?」

「うん!ちょっとはしゃぎすぎてほかの子たちとははぐれちゃったけど……」

「はぐれるって……」

「お花見てたらテンション上がっちゃって……えへへ」

『喋っていなければ大人っぽく見える』とはこういうことである。言動がいちいち幼い。

「早く友達のところに戻ってあげないと困ってるんじゃないの?」

「それはそうだけど……どうやって見つければいいかわかんなくなっちゃた」

なぜこの状況でも笑顔であるのか茉莉には理解できなかったが、至極まっとうな提案を香織にすることにした。

「携帯電話とか持ってないの?」

「あ」

今まで気づいていなかったようだ。それを裏付けるように携帯の画面には大量の通知が溜っていた。茉莉は少々呆れながらも会話を切ろうとした。

「じゃあ、友達探し頑張ってね」

「うん、ありがとう!あ、そうだ」

「ん?」

「井町さんも私たちとお花見する?」

茉莉はいつもならば断ると心象が悪いかと思ってこの提案に同意していたところだったが、今日は幸運かわからないが涼乃との約束があるのですんなりと断ることにした。

「ごめんね、私、今日はほかの人と会う約束してるから。また今度、ね?」

「うん!じゃあまた!クラス、また一緒になるといいね!」

そう言うと香織は足早に菜の花畑から去っていった。どこまでが本音でどこまでが建前かわからなかったが、香織の単純な性格なら今度どこか出かけるときに誘われるかもな、と茉莉は思った。

茉莉も菜の花畑から立川駅側の出口を目指して歩きだした。

相変わらず周りを見渡せばどこかに必ず桜が咲いている。

「はぁ」

茉莉は無意識のうちにため息をついていた。まさか旅先で同じ学校の人と会うとは思っていなかったので、茉莉が思っていたよりも疲れてしまったようだ。

『心の穴』も、心なしかいつもよりも存在を誇張しているような気がして茉莉は不安な気持ちに襲われたが、きれいな花を見ていればどうにかなるだろうと思いすぐに気を取り直してお花見をすることにした。

茉莉が歩いている道の下にはサイクリングロードがあった。桜もまた、サイクリングロードに沿ってきれいに咲いていた。

「きれいに咲いた桜を見ながら自転車を漕ぐのもいいなあ」

と独り言を言った茉莉だったが、すぐに

「でも、上の見過ぎで転んじゃいそう」

と、現実に戻ってしまった。

昭和記念公園の散策ルートも終盤に差し掛かって、茉莉は銀杏並木を通りすぎた。

ここ、秋になったら紅葉がすごいのかな、なんて思いながら。

公園散策は寝てしまっていた時間も含めると大体一時間強程度で終わった。今度は隅々まで回ってみようかな、と思わせてくれる公園だった。

茉莉はその足ですぐに立川駅まで向かい、そこから新宿駅を目指して出発した。涼乃とも、新宿で合流である。

茉莉は公園散策で疲れた足を休めながらも、寝てしまうと乗り過ごしそうなので寝まいと睡魔と闘った。

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