第26話 桜の東京編3 井の頭恩賜公園
ここは池尻大橋駅。東急田園都市線の渋谷駅から一駅のところにあって、やろうと思えば一切乗り換え無しに埼玉まで行くこともできる。
茉莉はそんな駅のホームで延々と頭を悩ませていた。渋谷駅で乗り換えるか、否か、という悩みである。
ターミナル駅でもある渋谷駅は、他の副都心の駅と変わらず複雑な構造をしていて迷いやすい。が、渋谷駅で乗り換えて仕舞えば、面倒な乗り換えをせずに済む。
茉莉の次の目的地は井の頭公園駅なので、東急世田谷線や京王新線を駆使すれば渋谷駅での乗り換えを回避することが可能だ。……が。
「この歳になったらもう迷わないかもしれないし、何事もチャレンジだよね。うん」
二回も得体の知れない路線で乗り換えるのは面倒だから、という理由は頭の中にしまっておいた。
たったの一駅だけなので、渋谷駅にはすぐ到着した。少々緊張しながらも、階段を上っていく。
「看板を見れば大丈夫……看板を見れば大丈夫……」
と、心の中で唱えながら。
少し前、
そんなこんなで、看板に従って歩いていくと、京王線の渋谷駅までたどり着いた。どうやら結城の言っていたことは正しかったらしい。茉莉はあとでお礼でも言っておこうかな、でもそれで調子に乗られるのも癪だな、と思いながら改札を通った。
井の頭公園駅までは24分かかる。茉莉は眠気に耐えられずに、音が出ないアラームをセットして眠りについた。
アラームが作動するまで茉莉は深い眠りについていた。かなり夜遅くまで涼乃と話しているのが裏目に出た。茉莉は今度から旅に出るときは早く寝ようと決心
したが、昨日もそう思って寝ていなかったのでその決心はすぐに揺らいだ。
井の頭公園駅は名前の通り井の頭恩賜公園の中にあって、桜の名所でもある井の頭池もすぐ近くにある。
なんの迷いもなく歩いていくと、まだ芽吹いていない木に混じって、ちらほらと桜が見え始めた。池の中央には橋が見える。茉莉はその橋へと向かっていった。
途中、立ち入り禁止のテープが滅茶苦茶に貼られた遊具を見つけた。茉莉はそれに不気味さを感じたが、なんとなく写真を撮った。
井の頭池の中央にある橋、七井橋から井の頭公園駅方面を見ると、池には鴨が泳いでいて、その池を囲んで満開の桜が咲いている。春だけが見せる顔である。かと言って、春だけが良いという訳ではなく、例えば、ここは秋になると一面の紅葉に彩られる。四季がある日本特有の良さである。
季節が変わったらまた来ようかなと思いつつ、茉莉はここからほど近い吉祥寺駅を目指して歩き出した。池の周りでなくとも、公園内の所々には桜が咲いていた。
公園の出口までたどり着いた茉莉は、今から昭和記念公園に向かっても時間が余ることに気がついた。そこで、たまたま見かけたカフェで休憩することにした。
冬よりも快適ではあるものの、いまだに少し寒かったので暖かいキャラメルマキアートを頼んだ。外を見れる席をとって、朝日を浴びながらゆっくりとカップを口に運んだ。茉莉にとって幸せな時間の一つである。
茉莉に空いた『心の穴』は未だに埋まる気配を見せなかった。冬の旅から三ヶ月、「寒いし、少し忙しい」とあまり外に出ていないのも影響していそうだが、正体がつかめない以上、確証も持てなかった。
冬の旅と同じく、どこかの景色を見るたびに『心の穴』の存在感は薄くなっている。しかしそれは一時的なもので、一回意識してしまうと、また茉莉の心には大きく穴が開いたような、そんな感覚が芽生えるのだった。
外の景色を眺めてぼうっとしていると、不意に涼乃のことを思い出した。朝の七時では、流石にまだ起きていないかもしれないなと思いつつも、"起きてる?"とメッセージを送った。案の定、既読がつくことはなかった。
キャラメルマキアートを飲み干してちょうど時間が潰せたので、茉莉は吉祥寺駅に向かった。
吉祥寺駅は、京王線と中央線が通っている駅であり、付近は住みやすさランキング(2018年)で3位になっているほどである。多くの商業施設と、井の頭恩賜公園が住みやすさに直結しているようだ。
そんな吉祥寺駅の改札を通る。通勤客もちらほらいたが、電車の中では座れないことはなかったので茉莉は座ってぼうっと外の景色を眺めた。住宅街が延々と流れている。あの住宅一つ一つに生活があることを考えると、なんだか不思議な気分になるのだった。
立川駅まで二十分程。そんな不思議な気分になりながらも電車に揺られた。
茉莉は立川駅から青梅線で一駅移動して西立川駅で降りた。最初は立川駅で降りて向かおうと思っていたが、昭和記念公園は立川駅から西立川駅までの一駅分距離があるので、先に西立川駅まで行った方が良いと判断した。完全にアドリブである。
西立川駅から昭和記念公園までは直結している道があった。 おかげさまで迷うことはなかったが、公園はまだ開いていないようで、予想よりも多くの人が開園を待っていた。
茉莉も入園用のチケットを買って、開園待ちの列に並ぶことにした。開園の九時までは、あと十分ほどである。
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