第23話 秩父編 終 鍾乳洞とお土産と帰宅

鍾乳洞に入るやいなや、拓也は大きなため息をついた。

洞窟なので起伏が激しい、ということを完全に忘れていて、結城は拓也にあらかじめそのことを言っておけばよかったと思った。完全に失敗した。

拓也が転ばないように注意しながらも、結城は洞内の景色に見とれていた。

自然が作り出したものがこうも不思議な形を作り出すのかと、不思議に思っていた。

「結城……もう、疲れた」

「もうちょっとだから頑張ってくれ。それに、なんか楽しくないか?」

「何が?」

「なんかこう、ちょっとした冒険気分というか」

「ああ……インドア派には辛いんだよ、こういうの」

「まあまあ、春休みに入ってから運動してないだろ?」

「してないから……余計に筋肉痛が……」

「休憩しつつ、ゆっくり行こうか。何も急ぐ必要はないし、その方が景色を楽しめるだろ」

「ありがと……優しいね、結城は」

「おお……そうか」

珍しく拓也に褒められたので、結城は少し困惑した。

そんなこんなで冒険気分を味わいつつ、休憩もはさみつつゆっくり進むと、意外にも早めに出口へとたどり着いた。

「よし、昼にするか。腹は減ったか?」

「うん、ちょうど運動したからね。お腹が減るの……久しぶりだなあ」

「どんだけ運動してないんだ、お前……」

「ほとんど家から出ないからね……寒くて」

「もうちょっとで暖かくなるから、そうしたら暑くなる前に外に出ろよ?」

「その時は、結城も一緒で……」

「お前の将来が心配だよ、俺は……」

「僕も将来は考えたくないな……。何もできないし」

「何もできないってわけじゃないだろ」

「いいや、僕は何もできない。小さいころからずっとそうだったんだ。それに、『僕は何もできない』っていう固定観念……みたいなものが、できるものまでをできなくさせた……んだと思う」

「いずれ、なにかできることが見つかるかもな。それまで待つっていうのもありかもな」

結城はもっと気の利いたことを言うことができていたら、隣にいる親友を活気づけることができたかもしれないと思うと、そんな事しか言うことができないのを悔しく思った。

鍾乳洞から歩いてすぐのところに蕎麦屋はあった。蕎麦を注文してほどなく、二人前蕎麦が運ばれてきた。二人で「いただきます」をしてから、それぞれ自分の蕎麦を啜りだした。

「美味しい……食感がすごい……ちょうどいい……」

「ああ、美味いな。のど越しも良くて」

「これ……止まんない……」

「そうだな」

そのあと二人は無言でそばを啜った。食事に夢中で、喋る暇なんてなかった。

蕎麦を食べ終わった後、二人は浦山口駅に戻る道を歩いた。

その途中、拓也があるものに気づいた。

「ねえ結城、あの鳥居がいっぱいの祠まで上がったらさ、駅とか……見下ろせるんじゃない?」

「あれは……階段だらけだけど大丈夫か?」

「もうなんか半分やけくそ気味だよ……ここまで来たら、登ってみたい」

「よし、じゃあ行くか!」

「うん……休み休みね」

二人は階段を登り始めた。今回は拓也にも登る覚悟があったので、なかなかスムーズに進むことができた。途中には危険すぎるのか急すぎるのか、手すりにロープが張ってあったのには驚いたが、遠慮なく利用させてもらった。

登り終えてとりあえず、祠にお祈りをした。結城は狐の彫刻があったのを見かけたから、ここはお稲荷様の祠だと思っていたが、合っているという確信はなかった。

くるりと回れ右をすると、なかなかに良い光景が広がっていた。

ここからは浦山口駅とその近くの線路、その周り山肌や住宅を眼下に臨むことができる。結城はまるでジオラマを見ているような、そんな気分になった。

「この景色はいいな、登って正解だった」

「ね……これはすごい良い」

「電車とか止まったら、良い感じの写真が撮れるんじゃないか?」

「それ、ありかも」

「じゃあ、電車来るまで待つか。どうせ帰るには早いしな」

「ん、結城はもう行くところないの?」

「ああ、ちょっと秩父駅でお土産買ってこうと思ってな、家族と弟、それに茉莉と涼乃にも。それ以外はもう無いぞ、三峯神社は今行ったら帰れなくなるしな」

「いいね……僕もお土産見ていこうっと」

「朝早く起こしてくれたお前の姉さんにも必要だしな」

「ああ……」

途端に拓也の顔が曇った。今朝は一体どんな起こされ方をしたのだろうか。

「ま、まぁ自分が気に入ったものとか、そんなんでいいと思うぞ」

「そうする……あっ」

拓也がそう言って駅の方を向くと、普通電車が浦山口駅に到着するのが見えた。高くて少し遠い所から見ているので、電車と駅が小さく見えてやはり模型を見ているような気分になった。春の桜と、秋の紅葉が一緒になったら最高の風景だろうなと、結城は勝手に冬の少し寂しい景色を見てそう思った。

普通電車が浦山口駅を出発してしばらく結城と拓也で駄弁っていると、遠くから久しぶりに聞く汽笛の音が聞こえてきた。

「ねえ結城……これって……」

「間違いないな、SLが走ってる」

結城はスマホでSLのことを調べてみた。どうやら今日から運行日のようだった。なかなかにラッキーである。

すぐに帰る用もないので、二人はSLが来るまで待つことにした。いつ来るんだろうね、なんて話しながら。

汽笛の音が聞こえたので近くを走っていて、すぐに来るだろうと思っていたのもあってか、SLは拓也が待ちくたびれてあくびをした頃にやってきた。

汽笛の豪快な音と一緒に、白い煙を吹いて走っていく。結城は浦山口駅を通過するちょうどのところでスマホのカメラを向けた。拓也はSLが来てからというもの、カメラで連写を続けているようだった。

「……よし、いいの撮れた」

そういうと満足そうに結城に写真を見せた。文句なし、ばっちりの出来だった。

拓也は「ここなら、また来てもいいかな」とも言っていた。拓也の運動不足が解消される日も近いと結城は思った。

浦山口駅に戻る道の途中には、水が流れ出ているホースがあった。せっかくなので、二人は水に触れてみることにした。

「あ、これ……すごい気持ちいい」

「どれどれ」

そういうと結城は水に触れた。

「これは不思議な感覚だな、水が何て言うか……柔らかいというか」

「でしょ。夏場に触れたらもっと気持ちいいかもね」

浦山口駅に電車が来る時間が近づいてきたので、二人は少々急ぎ足で駅へと戻った。

二両編成の秩父駅方面の電車がホームにやってきた。二人は少々息を切らしながら電車に乗った。

秩父駅までは四駅だが、駅と駅の間の距離がいつもより長いので、結城には四駅以上の長さに感じられた。

秩父駅に到着したころには、すでに日が暮れ初めていた。少しだけオレンジになった空の下、二人はお土産屋を探して歩いた。

観光地というだけあって、お土産屋は少なくなかった。まず、駅前に一つ。踏切を渡ると二つほどあった。少々迷った後、結局駅前のお土産屋を選んだ。いつの間にか拓也は「ちちぶメロンサイダー」を二つ持っていた。本当にいつ買ったのかわからず困惑している結城に、何食わぬ顔で

「これ……買ってきたけど……もしかしてメロン嫌いだった?」

と聞いてきたので、

「いや、メロンは好きだ。なんかありがとな

と言って素直にサイダーをもらっておいた。

「拓也はお土産どうするんだ?」

「僕……?もう買ったよ」

「嘘だろお前……どんな速さで選んだんだよ」

「なんとなく……そこのお菓子屋さんで美味しそうなのを少々、ね」

そう言うと拓也は今いるお土産屋さんと道路を挟んで反対側の店を指さした。

「そうか、俺はどうしようかな」

結城はお土産屋でひたすら迷っていた。自分のこういう優柔不断なところがいけないと思いながらも……。

結局、結城は弟とお揃いのSLが描かれたストラップと、両親に「すのうぼうる」というクッキーと、それから、茉莉と涼乃のために拓也と一緒にお金を出し合って「カエデのラムネ」を買った。どうやら秩父はカエデを使った商品が売りらしい。

「今からなら、また急行に乗って帰れるな」

「ほんと……結城に従うよ」

「オッケー、とりあえず急行券買うだけで終わりだけどな」

秩父駅でまた急行券を買って急行を待った。拓也からは疲れがにじみ出ているようで、ベンチに座ってうとうとしていた。

拓也が本当に寝てしまわないか結城が心配しだしたころ、急行電車が秩父駅に到着した。

またボックス席に座った。テーブルにはサイダーが二本。車窓に流れる風景を見ながら飲むサイダーはなかなかに美味しかった。

結城はサイダーを飲み終わった後、ぼんやりと車窓を眺めていた。今朝は何もなかった田んぼに、緑色が増えていた。オレンジ色に染まった空が、次第に黒くなっていく。空と一緒に、結城の視界も暗くなっていく。さすがに疲れがたまっているようだ。熊谷駅に着くころには起きているだろうとなんの根拠もない自信と一緒に、結城は眠りについた。



「次は、羽生、羽生。終点です。」

そんなアナウンスと、体を揺さぶられている感覚で結城は目を覚ました。どうやら拓也に起こされているらしい。いつもとは逆の状態であることに驚いているのと、いまだに寝ぼけが抜けていないせいで頭がはっきりしなかったため、次が終点、というところまでしか思考が追い付かない。

「結城……やっと起きた」

「おう……おはよう」

「そんなことより、ここはどこなの?」

「ん?熊谷駅に着いたから起こしてくれたんじゃないのか?」

「ううん……僕も今さっき起きた」

「嘘だろお前……」

とりあえず、電車のドアが開いたので降りることにした。

「羽生って、ここ終点じゃないか」

「え……僕たち、帰れるの?」

「まあ、ここから東武線で帰っても多分帰れると思うぞ。時間は少々遅くなるけどな」

結城は腕時計を見た。今は午後五時。大宮に到着するのは大体六時頃になりそうだ。

とりあえず秩父鉄道の改札を出た。今日一日お世話になった秩父鉄道とはここでお別れである。

そのあと、ようやっと使えるようになったICカードを東武鉄道の改札に通して、ホームに降りてすぐに来た電車に乗り込んだ。

「久喜駅でJR線に乗り換えられるな、良かった、無事に帰れそうだ」

「おお……でも電車のなかってやることなくて困るね」

「お前、今日の電車移動中ずっと寝てたもんな……」

流石に睡眠時間が足りたのか、拓也は電車の中でも起き続けていた。それどころか、いつもよりも目が冴えているような気がした。

疲れが取れないまま睡魔と格闘しているうちに久喜駅に着いた。

ここでJR線に乗り換え。拓也は「筋肉痛が痛い」とずっと言っていた。

結城は同じ過ちを犯さないように、眠い目をこすりながらもずっと起きていた。途中席に座れなくて困っている老人がいたので、筋肉痛がつらそうな拓也を座らせたまま結城は席を譲った。遠慮する老人には「うっかり寝てしまうと困るんで」と言って押し通した。

久喜駅から二十分ちょうどで大宮駅に到着した。道端で拓也が力尽きないか不安になったので、結城は拓也を見送ることにした。

「別に……見送らなくても大丈夫だって……」

「……お前が前に通学路で寝てたの、俺は覚えてるからな」

「いや……あれは……」

拓也が言い訳を考えてる間にも、二人は拓也の家の方に歩きだしていた。あたりはすっかり暗くなっている。

「ついでだし、涼乃の家にも寄ってくか。お土産、渡すタイミングあんまりないだろうし」

「うん……多分明日から僕動けないし」

「少しは運動しろよ……」

ほどなくして涼乃の家に到着。拓也がインターホンを押した。ドタドタと音がしてから数分、ようやっと涼乃が玄関から顔を出した。拓也は気づいているのかわからないが、結城から見ると明らかに服装に気合が入っていた。インターホンを押してからは待ったが、服を着替えて出てきたのなら早いほうだろう。もしかしたら決まった服のセットをいつでも着れるようにしているのかもしれないと結城は勝手に予想していた。

「えっ……と、どうしたの二人とも」

服装とは違って話し方はどこかぎこちない。おそらく拓也がいるからだろう。結城はこれなら本人に気づかれるのも納得だと一人で考えていた。

「お土産……渡そうと思って。今日、秩父行ってきたんだ」

「そういえば、そんな話してたね」

そう言うと涼乃は靴箱から取り出した靴を履いて、外に出た。

「はい……これ」

「これは?」

「カエデを使ったラムネだそうだ」

「へえ……とりあえず冷やして飲んでみるね。ありがとう!」

涼乃は心底嬉しそうな顔でそう言った。

涼乃に見送られて、二人は涼乃の家を後にした。拓也がもう限界そうなので拓也の家に向かった。

結城と茉莉の家のように本当にすぐ近くはないが、涼乃の家は拓也の家からさほど遠くはない。

拓也の家のドアを開けると、拓也の姉である由梨ゆりが出迎えてくれた。

「おお、お帰り。拓也の介護ありがとね」

「介護って……」

それほどのことはしていませんよ、と言いたかった結城だったが、実際介護のようなことをした覚えがあったので言葉をつなぐことができなかった。

「拓也はなんとかしておくから、とりあえず結城君は家に帰りなさいな。今日は疲れたでしょ?」

「そうですね、拓也をお願いします」

「なんで二人とも僕の保護者みたいな会話してるのさ……」

拓也はそう言いながら靴を脱いだ。

「じゃあ俺は帰るから、また」

「うん……今日はありがと」

そんな言葉を交わした後、結城はドアを閉じた。

「拓也の姉さん、久しぶりに会ったな」

結城はそう独り言をつぶやいた。

実際、拓也の姉と会うことはほとんどなかった。そもそも四人で集まるときも、二人きりで遊ぶ時も拓也の家をそれほど使っていなかったし、当たり前と言えば当たり前なのだが。

「友人の姉って、距離感がよくわからないんだよな」

とも呟いた。小さい頃は何も知らなかったので敬語なんて使っていなかったが、いざ高校生にもなってみると敬語を使わないのは気が引けた。結城は愛想がないと思われていないか少し心配したが、結局気にしないことにした。

そんな考え事をしている間に茉莉の家に到着。インターホンを押した。

茉莉はすぐに、気の抜けた部屋着でドアから顔を出した。先ほどの涼乃とは対照的である。

「お、結城じゃん、ヤッホー」

茉莉は結城を認めるとすぐにそんな気の抜けた挨拶をしてきた。やはり涼乃とは違う。

結城も「よう」と気楽に挨拶をした後、茉莉にお土産を渡した。

「はいこれ、秩父のカエデを使ったラムネ」

「へえ、秩父行ってきたんだ!」

「ああ、気分転換に拓也と二人で」

「どうだった?」

「楽しかったよ、今度は季節を変えて行ってもいいかなって思うぐらいには」

「そっか、おんなじ場所でも、季節を変えたら飽きないもんね」

「風景も変わるし、楽しそうだな。じゃあ、俺はこれで。さすがに疲れた。」

「うん、お疲れ様。お土産、ありがとね!」

そんな会話をしてから、茉莉の家を後にした。

そこから歩くこと数十歩。ようやっと結城は自宅に到着した。

「ただいま」といって、まずは自分の部屋に荷物を置いて、正輝の部屋の前にお土産を置いた。

そのあとはお風呂に入って、今日のことを思い返した。

両親と一緒に晩御飯を囲んだ。結城はその時に両親にもお土産を手渡した。大層喜んでいた。

結城は自分で思う以上に疲れがたまっていたのか、ご飯を食べた後すぐに眠気が襲ってきたので、ベッドに横になって、眠りについた。

つけっぱなしになってしまった結城のスマホの待ち受けは、秩父で撮った写真になっていた。

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