第21話 秩父編4 隠し事と秘密の話
ここは旧秩父橋。ちなみに新秩父橋はどこにあるかというと、すぐ隣、車道が通っている橋である。
旧秩父橋に着いてからというもの、拓也は「おお……」と静かに歓声を上げて、静かに喜んでいた。
余りにも静かに喜ぶので他人にはつまらないのかとたまに思われるそうだが、結城から見ると、だいぶテンションが上がっているように見える。拓也とかかわった年数が多くないと、どれほどテンションが上がっているのかわからないのは困りものだと、たまに結城は思うのだった。
拓也は橋の手すりに手を置いて、川を見下ろしつつため息をついた。どこか物憂げなその態度に涼乃は惹かれたのだろうかと思いつつ、結城も拓也の隣で手すりに手を置いた。
「結城ってさ、昔から……会ってからずっと、隠し事が下手だったよね……」
結城は自分の鼓動が早くなっているのを、そして焦りの感情が自分の中で芽生えていくのを感じた。それを取り繕い、なるべく平静を保っているように見せかけて、質問の真意を問うことにした。
「それは、俺が隠し事をしてるって言いたいのか?」
「うん……結城ってさ、良くも悪くも素直なんだよ。だから……隠し事をしてもすぐわかる。結城の家にお邪魔したときは……結城が倒れてすぐだったから追い詰めないようにしたけど」
「俺は隠すようなことはしてないけどな」
結城は半分無駄だと思いながらも、とってつけたような言葉で誤魔化してみた。
「茉莉と涼乃がどこまでわかってるのかは知らないけど……僕には帰り、弟君の部屋の電気がついてるのが見えた。結城も弟君も真面目でまめな性格だから……電気をつけっぱなしにするなんてありえない。そうでしょ」
拓也は、あくまで淡々とした口調で語る。
「結城も意図があって隠していることだろうから……あんまり問い詰めるのはどうかなと思ったけど……このことで僕らに変に気を遣っているのなら、それは間違ってる。僕らに話して楽になるんだったら……それなら、気にせず話して欲しい。」
結城は観念した。隣の親友には、隠し事も、気遣いも、やさしさだって敵わない。そう思った。それでも。
「弟があの時部屋にいて、何かあったのも事実だ。だけど……弟の件を話すのは、もう少し後でにしてくれないか?弟の身に起きたことは、俺も、多分弟自身だって、どうやって向き合えばいいのかわかってないから……」
「そっか……なんか……ごめん」
「別にいいさ、話してて、少しは楽になったし。近いうちに話すことになると思う」
「わかった……気長に待ってる」
「ありがとな」
「うん」
そんな会話が終わると、どこか心地いい沈黙が訪れた。
眼下には荒川の清流が勢いよく流れている。
結城は素直にここに来てよかった、と思った。結城たち以外に人は見当たらないし、橋事態のデザインもどこかおしゃれだった。川のせせらぎも、この沈黙にはちょうどいい。
今日が曇天なのが悔やまれた。空を覆いつくす灰色は、先ほどから町全体を寂しい雰囲気にさせてしまっていた。
橋を歩いていた拓也が、結城の元へ戻ってきた。
「橋の下……見れるみたい。来ない?」
「おお、行くわ」
結城達が来た側の向こう岸に川に降りる階段があった。降りていくと階段はなくなり、かなり急な坂のような道を降りることになった。その坂を見ると、途端に拓也は嫌そうな顔をした。
「え……無理……」
「……これくらいなら頑張ってくれ」
「いや、これ、無理……戻ることも考えると無理……」
「まあまあ、時間もあるしゆっくり戻ればいいさ!」
そう言うと結城は強引に、かつ拓也の安全に最大限に気を配りつつ坂を駆け下りた。こんな思い切ったことをするのは久しぶりだと思いながら。
「結城、僕を殺す気……?」
「はっはっはっは!こういうのもたまにはいいと思ってな」
「よくないよ……ほんとよくない」
文句を言う拓也をなだめながらも、川へと近づいた。結構な勢いで水が流れていた。
下から橋を見上げることもできた。アーチの形がどこか美しかった。見上げた空が青かったら、もっと画になる風景になったのだろうか。そう結城は思ったが、ないものねだりをしてもしょうがないので今を楽しむことにした。青空なんて、いつかまた来れば拝めるだろう。曇天でも、ここに住んでいるわけでもない今回しか見れないかもしれない。そう思った。
川の目の前でしゃがんだ拓也が、川の水に手を触れた。冬の川だ。冷たかったのだろう。目にもとまらぬ速さで川から手を引いた。
結城も隣にしゃがんだ。川には触れなかった。この寒い中冷たい水に触れる勇気は、結城にはなかった。
流れている川を眺めていると、結城には1つの疑問が浮かんだ。確か拓也は、2人隠し事をしている人がいると言っていた。あと1人は誰なのだろうか。あまり知ってはいけないことだと思いつつも、好奇心が結城を揺さぶった。
「結城、なにか考え事……?」
川を眺めて無言でいたせいか、物思いに耽っていたのがバレていたようだ。正直になにを考えているのか話した方がいいだろうかと考えていると、拓也が言葉を続けた。
「もしかして、隠し事してる人……気になってる?」
そこまで見透かされていることに、不思議と結城は驚かなかった。拓也は、いつもぼんやりとしているように見えて、ごく稀にではあるが鋭いのだ。
「ん、ああ、あんまり知っちゃいけないかなと思って聞かないようにしてたが……」
「でも……僕以外は全員知ってるんじゃないの?」
「どういうことだ、それ」
「結城はさ、もし自分を好きだって人が……そんな人がいたらどうするの……?」
結城はしゃがんだ体勢から尻餅をついた。動揺が隠せないでいた。どうやら拓也は、涼乃の片思いに気づいているようだった。結城はずっと、それだけは気づいていないと思っていたのに……。
「俺は……なにもできないかな」
「でしょ……だから僕は、なおさら何もできないし、してあげられない」
「気づいてたんだな?涼乃のこと」
「うん、少し前から……涼乃、僕と話すときだけ話し方がぎこちないし……最初は嫌われてるのかなって思ったけど、その時ちょうど、不器用な少女の恋愛小説を読んでて、それで」
「偶然が重なったわけか」
「ほんとに僕のことを好きかどうかは確証が持てなかったから、誰にもずっと言ってなかったけどね……僕の自信過剰だったら、なんか……恥ずかしいし」
「まあ、そうだな……。これからはどうするつもりなんだ?」
「向こうが何かしてくるまで待つよ……僕から何かするのって、なんかずるい気がするし」
「そうか」
「それにしても、なんか恋って酷な話だよね……」
「と、言うと?」
「すごい緊張してまで、告白とかしなきゃいけないわけでしょ?……そんな覚悟、僕には到底無理だなあと思って」
「確かにな……」
そのあとはまた少し川を眺めて過ごした。すると拓也がこう切り出した。
「僕にまだ聞きたいことってある……?せっかく2人しかいないんだし、まだ何か秘密の話があるなら……ここでしようよ」
拓也はどうやら、2人で話しているのが心の底から楽しいようだった。気分的には、修学旅行の夜の恋バナ、といったところだろうか。結城は、1つだけ、気になることを聞くことにした。
「もし涼乃が告白してきたとして、お前はどう返すんだ?」
「あー……あんまり決めてない。けど、せっかく寄せられた行為を踏みにじることはしたくないかな」
「そうか、何か進展があったら教えてくれな」
「もとから……そのつもり」
そんな会話が終わった後、2人は次の目的地に向かうことにした。
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