第19話 秩父編2 結城と拓也
寒かった冬がようやっと終わろうとしている三月末、結城は大宮駅の待ち合わせ場所である豆の木、という場所で、拓也を待っていた。
豆の木に来た時、結城は一つのミスに気が付いた。それは、あまりにも有名な待ち合わせ場所なので、同じく待合わせをしている人が大量にいた。ということだ。これでは、ただでさえ存在感が薄い拓也を探すのは難しい。
そんなミスに頭を悩ませていると、「おーい」という今にも消え入りそうな声が聞こえてきた。結城がずいぶんと驚いた様子で振り向くと、そこには拓也の姿があった。
「驚いた。まさかお前が待ち合わせ時間にピッタリ来るとは」
「僕をなんだと思ってるの……」
「遅刻魔」
「あ……正解」
そんなわけで、結城は拓也が時間通りに来たことに心底驚いていた。まだ目は半開きであったが。結城がいくら記憶をたどっても、拓也が時間を守ったことは数回しかなかった。
「だから、お前が遅刻しても大丈夫なように1時間は余裕を持たせてた。まさかこんなに早く来るとは……」
「あー……姉ちゃんに結城と秩父に行くって言ったら姉ちゃん張り切っちゃって……めちゃくちゃ朝早くにたたき起こされた」
「だからそんなに眠そうなのか」
「いつもだったら寝てるからね……」
「ま、とりあえず出発しようぜ。この時間なら、余裕で
「なにそれ……新手の痔?」
「
秩父鉄道は、熊谷-秩父間でも21駅あるため、各駅停車で行くにはなかなか骨が折れる。そんなわけで、熊谷-秩父間を6駅しか止まらない急行はとても貴重なのだ。本数が限られているため、綿密な計画を練る必要があるが。
「とりあえず、熊谷までの往復分だけICカードにチャージしておけ。」
「なんで熊谷まで……?」
「秩父鉄道はICカードが使えない」
「流石……よく調べてきてる」
「これくらい普通じゃないか?」
「いや……こういう旅前日の結城の張り切り度は異常だよ……前なんか、調べものしてる時に変な笑みこぼれてたし……」
「そんなに怪しいやつなのか、俺は……」
無意識のうちに怪しい人間になってしまっていたことを後悔しながらも、結城は改札を通った。拓也もそれに続く。相変わらず、目は半分しか開いていない。
ホームに降りるとすぐに、高崎線の車両に乗ることができた。席に座ることはできなかったし、熊谷まではおよそ50分はあるので、結城は拓也が立って寝ないかをずっと気にしていた。拓也ならやりかねないのである。
そうこうしてるうちに、結城からするとあっという間に熊谷駅に到着した。
「ここからはフリーきっぷ買って行くから、ちょっと待っててな」
「うん……」
「寝るなよ?」
「あ……うん……」
結城はそんな拓也を心配しつつも、結城はきっぷを買いに行った。
秩父路遊々フリーきっぷを二枚買った。1枚1440円で秩父鉄道内が乗り放題になるきっぷは、熊谷-秩父駅間を往復するだけで元が取れる。
それと、1枚200円の急行券を2枚買って、拓也の元へ戻った。
「ほれ、これがきっぷと急行券。無くすなよ?」
「ありがとう……えーと、お金お金……」
「そのペースでお金探されると電車行っちゃうから、後ででいいか?」
「あ……うん」
ホームに降りて4分ほどで、秩父路1号はホームに滑り込んできた。結城と拓也は、その先頭車両の一番前の席に座った。
結城はここまで目を半分しか開けていなかった拓也を流石にみかねて、乗務員に急行券を見せた後は「もう寝ていいぞ」と言った。
拓也はそれを聞いて、少し遠慮がちになったが、それでも睡魔には勝てなかったのか、イヤホンをして眠りについた。
結城は話し相手がいなくなってしまって少し寂しくなったが、その代わりに秩父へ行く道中の車窓を楽しんだ。まだ田んぼが緑に色づいていなかったのが少し寂しかったが。
熊谷を出て数十分後、山肌が見え始めた頃に拓也は起きた。目は完全には開いていなかったが、それでもいつもの拓也に戻っていた。
「夢を見たよ……僕の小学生の頃、4人で無邪気に遊んでた夢」
「懐かしいな、あの頃は俺も久し振りに茉莉達と遊んでたっけ」
「え……ずっと仲良かったわけじゃないんだ」
「小さい頃は良かったんだがな、小学生も3年生になると、今ほどではないけど趣味の違いとかで男子女子別れるようになるし」
「あー……なるほど」
「そんな訳で、俺も男友達と遊んでた」
「でも、僕がきた時はなんというか……その……」
拓也が言いにくそうに口ごもる。結城にはその理由もわかりきっていた。
「別にそんな言い方に気をつけるほどでもないだろ、俺はその男友達と大ゲンカして、ぼっちになった訳だし。」
「喧嘩したんだ……」
「自慢っぽくなるからあんまり言わないけど、自分でも思うくらい正義感が強い方でさ、万引きしようとした友達止めようとしてヒートアップした感じ」
「それは……結城が正しいじゃん」
「まあな、でももっといい止め方とかあったのかなって、今でも後悔することはある。そいつとはそれっきりだし」
「そっか……」
「それで、友達を失ったタイミングで転校生が来るって噂を聞いてさ。1から友達始めるのもありかなって思った」
「その転校生が僕で……なんか……ごめん」
「別に謝ることでもないだろ、最初に自己紹介で見た時は、小学生でこんなに大人びた奴がいるんだって感心したし」
「僕はその自己紹介、眠かっただけだけどね……紹介するほどの人間でもないし」
「眠かったのか」
「前日寝れなくて……」
恐らくクラスにいる全員からクールなイメージを持たれたであろう自己紹介は、実は眠かっただけというギャップは、どこか面白くて結城はついつい笑ってしまった。拓也も、それにつられたのか少し笑っていた。
「でも……あの時は助かったな……」
「ん?」
「謎の転校生人気から僕を連れ出してくれた時」
「そんなこともあったな」
「本当に困ったんだから……どうせ興味なくしたら離れて行くくせに、ここぞとばかりに質問責めにするし……」
「友達が欲しかったのはあるけど、あの時の拓也見てたら放っておけなくなったな。困った顔してたし」
「でも……連れ出した先で『友達になってくれ』はいきなりすぎるよ結城少年……」
「あの頃はまだ幼かったからな。それ以外に思いつかなかった」
「しかも……ふっ……それを茉莉に見られるっていう……」
「鼻で笑うな、鼻で」
「あの時の茉莉のキョトンとした顔と……赤面した結城の顔が今でも面白くて……」
そう言うと、拓也は笑いを堪え切れなくなり、顔を抑えて笑いだした。結城からすると、あの頃は必死になっていたので大分複雑な気分だった。
「でも、あれが無かったら今までの4人の関係もなかった訳だし、結果オーライかな」
「そうだね……僕の唯一無二の親友もできたし……」
「意外と気が合ったもんな、俺ら」
「うん……素直に嬉しかったよ。僕にとって初めての友達だったし」
結城は「初めての友達」と拓也が言ったところに引っかかった。結城と会うまで、どんな人生を送ってきたか、あまり拓也は話そうとしないので一切聞いてこなかったが、ずっと友達がいないなんてそんなことがあり得るのか。それを聞こうとしたが、拓也がそれ以上話そうとしなかったので、心の中に疑問を留めておくことにした。
結城が返答に困っていると、拓也が突然立ち上がったので何かと思ったら、
「これ……前からも景色見えるんだね」
と結城の方を振り向いて言った。
確かに、座っていると前の景色は見えないが、立ち上がると、まっすぐ続いている線路を見ることができた。どこか風情のある景色だった。
「でも……倒れるくらいに寂しいなら……そう言えば良かったのに」
どうやら会話は続いていたらしい。拓也は寂しそうにそう言った。
「なんで言えなかったのか、自分でもわからん。4人で会えることはもう無いって、なぜか自分の中で決めつけていたのかもな。」
「まさか……みんないつか会おうとしてたのにね」
「そうだな、せっかくみんなが素直にいれる関係だったのに、なんで勝手に無いものにしたんだろ」
「4人でいれる機会が減っていって……焦っていたのはちょっと僕にもわかるけどね……。それにしても、素直……か……」
そう言って拓也が曇った顔をすると、電車の放送が聞こえてきた。
「まもなく秩父、秩父です。お出口は右側です。」
「約2名ほど……隠し事をしてそうな人がいるけどね……」
「一体誰だよそれ……」
「とりあえず……降りる準備……しよっか」
「ああ、うん」
「話の続きは……橋ででも」
拓也がそう言うと同時に、電車のドアは開いた。秩父に到着である。
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