たびボーイ 秩父編

第18話 秩父編1 橋に行きたい

埼玉の多くの鉄道が集まる大宮駅内のカフェに、首をかしげる色白の少年と、あぜんとした顔でいるメガネをかけた少年がいた。

「なんでそんなに驚くのさ……橋だってば……」

そう言ったのは、色白でどこか活力のない蘇我 拓也そが たくやだ。「橋」だけを強調しているせいで、大事な情報が欠けている。

「いや、橋っつってもな、日本にはいろんな有名な橋があるんだわ、関東だと竜神大吊橋とか、鬼怒立岩大吊橋とかな。西に足を伸ばしたら瀬戸大橋とか、角島大橋なんてのもある」

困惑しながらも、拓也に橋の知識を教えたのは、メガネをかけた神崎 結城かんざき ゆうきだ。

「そう言われれば、いろんな橋があるんだね……」

「で、なんて橋なんだ?」

「そんなに有名じゃないと思うよ……旧秩父橋っていうんだけど……」

「……」

「……」

「ああ、秩父なのはわかったが、マジでどこだよそれ……」

「えーっとね……秩父駅から徒歩36分だって」

「お、おう、そうか」

「……」

「……」

この二人の会話が弾まないのはいつものことである。大体は拓也のせいで話の方向性がめちゃくちゃになるのだ。

何と言えばいいのか全く分からなくなった結城とは対称に、拓也は悠長にコーヒーをすすって「熱っ……」と言って顔をしかめた。

「結城……さっきから手止まってるよ……コーヒー冷めちゃうよ……?」

「ああ、すまん。色々整理してて。コーヒー飲むか」

結城はコーヒーカップを口につけた瞬間、「熱っ!」と言ってすぐさまコーヒーカップを机に置いた。

それを見て拓也は少し笑っていた。一分ほど前に同じことをしていたのは誰だったか。

「ほかに秩父で行きたいところはないのか?」

「うーん……橋を見れればなんでもいいよ……行きたいところ何か所も探す方が疲れるし……それに……」そこで拓也はコーヒーを少し飲んだ。どこまでもマイペースである。

「……それに?」

「結城と一緒にどこかに行ければ何でもいい。そんなの……ここ半年はなかったでしょ……」

「……そうだな」

いつもどこか活力がなくて、人見知りで、つついたら倒れそう。そんな拓也でも、たまになかなか照れることや、結城に自信をくれることを言ってくれる。これだから、結城は拓也の親友をやめる気はさらさらなかった。

「なにニヤけてるのさ……」

「いい親友を持ったなって、そう思ってさ」

「やめて……なんか……こっちまで照れる」

「そうか」

「言っておくけど……僕にそっちの気はないからね……」

「俺にもないぞ、そんな気……」

わざとかどうかは知らないがこんな雰囲気をすぐに壊してしまうのも、拓也のいいところと言えばいいところだった。

「それじゃあ、三月末に『豆の木』集合な。秩父は寒いから、防寒具を忘れんなよ?」

「ん……わかった、気を付ける」

「コーヒー、いい感じの熱さになってるぞ」

「本当……?熱っ」

「お前、そういえば猫舌だったな」

「いや、これくらいの熱さなら……熱っ」

「無理すんなって」

そう言うと結城は静かに笑った。

「無理と言えば……ちゃんと生徒会は辞めれた?」

「ああ、辞めた。先生とか、他の生徒会のメンバーにはだいぶ止められたがな。不思議と『もう倒れたくないんで』って言ったら誰も言い返さなかったな」

「それがいいよ……もっと自由な時間が結城には必要……だと思う……」

言っている途中から、拓也は大きなあくびをした。どこまでも自由だ。

「お前は少し自由すぎないか?」

「これくらいの自由が人類には必要なんだよ……」

「でも、自由な時ってなにしたらいいかわからなくないか?」

「何をしてもいいんだよ……あくまで『自由』なんだから。あくまで常識の範囲内で、だけど……」

「今度、お前に『自由』ってもんを教わりに行くか」

「『自由』を教えるってどういうことさ……」

「俺にもわからん」

「そっか」

拓也はそう言うとまたコーヒーを啜った。もう熱くないようだ。

「そういえば……さ」

「なんだ?」

「東京も行きたい」

「行きたいとこ意外とあるんだな」

「今……思い出した」

「流石に一日で東京と秩父に行くのは無理だから、東京は後日な」

「おっけー」

「東京は……そうだな、桜が咲いたころにでも行かないか?」

「いいね……でも、ビルばっかりの所に桜なんて咲いてるの……?」

「意外と咲いてるんだな、これが。上野なんてすごいぞ」

「へえ……。それは楽しみだね」

「それで、なんで東京?」

「探し回ってるCDがあってね……なかなか見つからないし、東京ならあるかなって……」

「じゃあ、東京は花見とCD探しだな」

「うん……そうしよう」

「秩父はまた後で考えてくるから、まとまったらメッセージ送るわ」

「ありがと、あ、コーヒーなくなった……」

「んじゃ、今日はお開きにしますか」

「そうしよっか」

そのあと結城は、拓也を途中まで見送った後、家まで帰った。

実際に話してみた後だからだろうか、旅が少し、楽しみになった。

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