第17話 日常編 2月-終

茉莉たちは結城の家に戻ってから、結城がやり残した生徒会の仕事をして晩御飯を待った。結城の部屋の真ん中で、丸テーブルを囲んで三人で作業をしている分、それほど時間はかからなかった。茉莉には仕事よりも、仕事をしようとする結城を止めようとする方が労力を使ったように思えた。

午後七時になって、結城の母親がカレーライスを四人分持ってきた。先ほどまで作業していたテーブルにカレーライスを置いて、三人で囲んでいたテーブルにベッドで横にさせていた結城を呼んで、四人で「いただきます」と言ってから晩御飯が始まった。

「うん、とってもおいしい!」と久々の味に茉莉は舌鼓を打った。他の三人も「美味しい」「やっぱ美味いな、うちのカレー」「あ……おいしい」それぞれ感想を口にした。

「こうやって、四人で集まれる機会が定期的にあればいいね」そう茉莉が心から思ったことを口にした。

「俺はまだちょっと忙しいから難しいかもな」

「まだやる気なの?」

「さすがにもう倒れるまで無茶しないし、ちゃんと寝るから。頼むからその目で俺を見るのをやめてくれ涼乃。カレーを食ってるのに背筋が寒い。」

「それならいいけど……」

「涼乃……これから結城が無理しないように生徒会室を監視することってできる……?」

「最初からそのつもり。私大体四時半に帰るから、その時に結城を見つけたら追い出すよ」

「結構早くないか、せめて五時……いや何でもない。善処します。」

この空間で、涼乃の気迫に勝てる人は、一人もいなかった。

「そもそも俺、今年度で生徒会やめようと思ってる。」

いつしか偶然家の前で会ったときに、「俺今、生徒会やってるんだ」と自慢げに話していた結城を思い出して、茉莉にはその唐突な決断が意外に思えた。

「やめちゃうんだ」

「倒れるくらい仕事すんのが少し休んだら馬鹿馬鹿しく思えてきた。」

「さっきはノリノリで仕事に参加しようとしたのに?」

涼乃から鋭いツッコミが入った。拓也が小声で「今日の涼乃……やっぱり怖い……」と呟いたのが、恐らく涼乃には聞こえていないのだろうが、茉莉の耳にははっきりと聞こえた。

「あれは自分が引き受けた仕事だから傍観してんのも悪いかなって思っただけで、もうそれを終わらせたらいっかなって。俺がいなくなって生徒会がどうなるかも気になるしな」

「意外とえげつない思考してた……」

「本当に俺以外いなかったからな」

「そんなんでよく仕事してたね」

「そもそも、なんで倒れるくらい仕事してたのよ。昔の結城ならそんな無茶しなかったでしょ」

茉莉も気になった質問が、涼乃の口から出てきた。拓也も頷いている。

「あー……それは……」

結城が口ごもる。部屋の中に沈黙が訪れた。拓也が悠長にカレーを口にしている音が響いていた。

十数秒考え込んだ結城は、ぽつぽつと言葉を紡ぎだした。

「そうだな……俺をここまでさせた原動力みたいな……多分それは『寂しさ』だと思う。高校入って、四人が……二人ずつとは言えども、バラバラになって……涼乃とも特に要件がない限りは話さなくなったし……高校に入ってから新しく友達も作ったけど、なんか違う。この四人でさ、いろいろやった思い出が嫌でも浮かんできて……それを一番誤魔化せるのが、生徒会とか、委員会とかの仕事だった」

「そっか……」茉莉はそう言うほかに、何も言うことができなかった。結城が言うような同様の『寂しさ』を、どこかで押し殺していた節があったからだ。

涼乃も黙ってしまっていたから恐らく同じ心境なのだろう。拓也のカレーを食べる手も、いつの間にか止まっていた。

数秒の沈黙ののち、結城が雰囲気に耐えられなくなったのか、取り繕っているのが丸見えな明るい態度で

「俺の話はもうやめにして、なんか他の話しないか?」

と、提案すると、咄嗟に拓也がこう聞いた。

「弟くんは……正輝君はどうしたの?今日は見てないけど……」

「今日はスポーツクラブで帰りが遅いんだ」

瞬間、茉莉には結城の取り繕った明るい雰囲気が崩れたように見えたが、またすぐに取り繕った態度に戻ったので気のせい、ということにしておいた。なにせ、さっきまで厳しい追及をしていた涼乃が全く気にしていないのだから、気にする必要もないだろう。

「そうだ、茉莉、あの後海見に行ったんだろ?どうだったよ」

「なんで茉莉が海行ったこと知ってるの?」

「結城とは由比ガ浜で会ったの。一緒に鎌倉歩いたりした」

そう言うと、茉莉はポケットからスマホを取り出して、江ノ島と富士山と海が映った写真を三人に見せた。

「すごい……きれい……」

「予想以上にいい画が撮れたな」

「冬で人が全然いなかったからもっときれい撮れたの」

そのあとは、茉莉の旅の話でもちきりだった。旅はするだけじゃなく、お土産話をするのも楽しいなと思える時間だった。いつのまにか結城の取り繕った明るい笑顔も、本物の笑みに変わっていた。

全員がカレーを食べ終わったところで、四人の集まりはお開きになった。沈黙の間でも黙々とカレーを食べ続けていた拓也が、最後に食べ終わったのが茉莉にとって少し不思議だった。

玄関で三人を見送った結城は、弟の部屋の閉まっているドアからこぼれた光を見て、ため息を一つついた。

「なんとか誤魔化せたな……」





三月の期末テストが終わってすぐの日、結城と拓也は駅の中のカフェにいた。事前に拓也からは「行きたいところが決まった」と連絡を受けていた。すぐにどこに行きたいかを聞きたかった結城だが、「内緒」と実際に会うまで誤魔化され続けていた。

「それで、行きたいところってどこだ?」

「えーっとね……橋」

「は?」

男二人旅が始まろうとしていた。

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