第16話 日常編 2月-2

茉莉と涼乃は、結城の家から出て、結城たちが通っている学校に向かった。ここからなら歩いていける距離だ。

「これから学校なんて入って大丈夫なの?」

と、茉莉が心配になるくらいに、あたりはもう真っ暗になっていた。

「完全下校は六時だから、今から行けば全然間に合う。それよりもあいつが私たちに持てない以上の量の書類を残してるかどうかの方を心配した方がいいと思う。」

「涼乃めっちゃ怒ってる……」

涼乃がここまで怒るのはとても珍しいことだ。少なくとも茉莉から見たらとても落ち着いていて優しくて、声を荒げるようなことはしない人だった。茉莉は一回だけ涼乃を怒らせてしまったことがあったが、その時もとても静かに怒っている印象だった。

「今回は……そうね、感情的になっちゃったかも。人が倒れてるの初めて見て、それで冷静じゃなくなった……のかな」

「ということは涼乃が第一発見者?」

「うん。普段は開けっ放しにしてない生徒会室が人もいないのに倒れてたから。ちょっと気になった……というか、完全に好奇心だけど。そしたら、机の陰に隠れて結城が」

「倒れてたわけね」

コクコクと、涼乃はうなずいた。確かに、目の前で小学校からの仲の友人が、高校に入ってから少し疎遠がちになったとはいえ、目の前で倒れていたら動揺するだろうなと、茉莉は思った。

「それで、先生とか呼んで、結城を保健室に運び込んだら、結城が起きて。『俺はもう大丈夫ですから』って言って生徒会室に戻ろうとしたのを先生と一緒に止めて、で、結城のお母さんに迎えに来てもらったの。」

「大変だったんだね……」

「大変なのはそこから。結城、家に帰っても『仕事させろ』ってうるさかったんだから。」

そこまで聞いて、茉莉はやっと涼乃が怒鳴るくらいにまで怒ったことに合点がいった。結城は幼いころから一度決めたことはやり通すタイプの頑固な人で、今回のことでもその性格が顕著にでたのであろう。その性格のせいで、涼乃の親切心が踏みにじられたことに涼乃は怒っているのだ。

「でも、あそこまで大きい声出して大丈夫だったの?少なくとも拓也には聞こえてるよ。今頃『涼乃……すごい怖かった……』なんて言ってるかも。」

「あ」

「気づいてなかったんだ……」

茉莉は少しあきれた表情をした。それに追い打ちをかけるように茉莉はこう言った。

「それと、拓也の前だけ口調がおかしくなってたというか、すごいたじたじになってたからね?さすがに鈍感な拓也も涼乃の恋心、気づいちゃうんじゃないの?」

「あわわわわわわわわ……」

涼乃の顔がみるみる赤くなっていく。学校に着くまでに顔の赤みが引かないと、学校の人に絶対変な人に思われるなあと、茉莉は少し心配になった。

幸い、涼乃の顔は学校に着くころには普通になっていた。

茉莉が違う学校の制服を着ていて目立つので、生徒会室には涼乃一人で行ってもらった。しかしどちらにしろ、校門の前で違う制服を着ている茉莉は、少なからず目立っていた。

不思議だったのは、茉莉についての噂や話題が聞こえるたび、『心の穴』が反応したこと。茉莉自身は、この学校とは違う制服を着ているのでしょうがないと割り切っているはずだったので、茉莉はみぞおちのあたりに手をあてて、首を傾げた。

それほど時間がたたないうちに、涼乃は戻ってきた。茉莉がみぞおちのあたりに手をあてたまま「おかえり」と言ったので、涼乃から「大丈夫?」と心配された。

「うん。全然大丈夫。書類は?」

「鞄の中に入れたよ。とりあえず、結城の家に戻ろ。もう遅いし。」

涼乃は腕時計を確認する仕草をしてから、歩き出した。茉莉もそれに従った。

帰り道、涼乃は同じ質問をもう一度茉莉にした。

「大丈夫?」

「大丈夫だってば、学校から離れたら少しは気にならなくなったし」

「それだけじゃなくて、最近のこと。結城のあの姿見たら、みんな無理してないか不安になっちゃって。」

「私は……『心の穴』がいつ埋まるか不安になってるくらいで、いつも通りの生活はできてるはずだよ」

「それならいいけど。何か困ったら相談してね?一人で悩まれるのは、私が辛いし」

「ん、わかってる。涼乃もね?」

「え?」

「『無理しないでね』って言ってる人が無理してるの、よくありそうだから」

「私はただの恋する乙女だから」

「それ、自分で言う?」

それから二人は、他愛もない話をして結城の家まで帰った。こんな暗い中歩くのは嫌だねと涼乃が言うと、それでもここは夜景がきれいだから時々散歩するのもいいかもねとか、怖いからあんまりしたくないなあとか、じゃあ、今度二人で散歩しようよとか。そういう話をして、結城の家まで帰った。




その少し前。茉莉と涼乃が家から出ていき、拓也と結城だけになった結城の家では、静かな時間が流れていた。卓也はどこか暇そうに部屋の中をふらつくようにうろついて、結城が少しでも体を起こすとすぐさま結城の方を向いた。そのたび、結城は「もう何もしないっての……」と拓也に言うのだった。

その状態が十数分続いた後、今度は結城から拓也に話しかけた。

「拓也、お前とりあえず座ったらどうだ」

「あー……ごめん。久しぶりの拓也の部屋だなーって思うと……なんかそわそわして」

「そうか。でもとりあえず座ってくれ。こっちまでそわそわする」

「ん……わかった……」

そういうと拓也は、結城のベッドに腰かけた。

「よりによってなんでそこなんだよ……」と、結城はすぐにツッコミを入れた。

「ここが一番結城を見張るのにいいかなー……って」

「俺を寝かせないとか、そういうのかと思ったぞ」

「あ、寝たいの?じゃあ……」と拓也が腰を上げようとすると、

「ああ、待ってくれ。そこでいいから」と、結城は拓也を止めた。

「寝てていいのに……」

「でも、ベッドには座るんだな」

「じゃあ」

「ああ、待ってくれ」

この繰り返しがなんだかおかしくて、結城は少し笑った。するとつられたように、拓也も少しだけ微笑んだ。

「結城の笑顔見るの、すごい久しぶり……かも……」

「最近会ってなかったしな」

「それだけじゃなくて……今日だって、みんないるのに……結城、全然笑わなかったから」

「あれは、空気が空気だったからな」

「ああ……涼乃……すごい怖かったもんね……」

「それだけ俺があいつの親切心を踏みにじったってことなんだろうな。あとで謝っておこう」

「謝罪大会とかになったら気まずいから……手短に済ませてね……」

「善処するよ」

今のは、四人でいる空間がいつも平和であってほしいという、拓也なりの配慮だろうと、結城はそう受け取っておいた。

「そうだ……結城、冬休みってどこか出かけた?」

「家族旅行で鎌倉と熱海行った以外、外にすら出てないな。」

「それならさ……近々、一緒にどこか行こうよ……たまには息抜きも必要だよ……多分」

「それもいいかもな。そっちが行きたいとこ行ってくれたら、ついてくわ」

「僕の行きたいところか……わかった。考えてみるよ。」

そんなことを話してるうちに、家のインターホンが鳴った。茉莉と涼乃が帰ってきたようだ。

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