日常編2月
第15話 日常編 2月
その日、
処理しても処理しても見えてこない仕事の終わりを見てみぬふりしながら、一心不乱に作業する。そんな日々が続いている。
かなりの眠気が襲ってきたがもの、エナジードリンクさえ飲んでしまえば飲んでしまえばなんとかなる。そう結城は思った。
その瞬間だった。結城は壁に頬をぶつけていた。移動する壁なんて、そんなものこの学校にあっただろうか、と考えていると、訳の分からない光景が目に入り、結城は絶句した。
机が縦に並んでいる。これでは作業できないと、結城の頭はさらに混乱した。
「まさか」
そう言って、自分が倒れているとやっと理解した瞬間、結城の意識は途切れた。
放課後、親友の
幼馴染としてずっと結城を見てきた
家に戻り、荷物を置いて身軽になった茉莉は、着替えるほどのことでもないだろうと思いつつ制服で結城の家に向かった。
インターホンを押すと、結城の親友である、色白で、少し背は高いがどこか弱々しい印象を茉莉が持っている
「僕はここの家の人じゃないけど……どうぞ上がって上がって……」
この拓也の活力のない口調も久しぶりに聞いたなあと思いながら、茉莉は靴を脱いで結城の家に上がった。
玄関で拓也が何かしゃべりたがっていたので、茉莉は玄関で立ち止まることにした。
「小さい頃の付き合いの茉莉ならできるかもしれないけど……とりあえず結城を止めてほしい……どういう事情化は……結城に会えばわかる」
「うん、わかった」
ここまで聞き終えるまで体感25秒。このとてつもなく活力のない口調は、茉莉も最初は少しいら立つところもあったが、慣れてくると同時に、拓也が自分なりに言葉を選んで喋っているのだと理解してからは、全く気にならなくなった。
拓也に言われるまま、階段を上って結城がいる部屋へと向かった。
部屋の前では、結城と涼乃の声らしき音が確認できた。少し言い争っているようにも聞こえたので、茉莉は部屋の中に入るのが少しおっくうになったが、それでも一旦深呼吸をして、結城の部屋の中に足を踏み入れた。
「だから、もう寝ててって言ってるでしょ!」
部屋に入って第一声が涼乃の怒鳴り声にも近い声で、普段は静かな涼乃がこんなに声を張り上げるなんて茉莉は驚きつつも涼乃と結城に近づいた。結城はベッドで横たわっていて、涼乃がその近くに立っている。
「けど、生徒会の資料を何とかしなきゃいけないって言ってよな?」
結城が弱々しく反論している。そこに割って入るように、茉莉は口を開いた。
「資料よりも何よりも、結城の体の方が大事だと思うよ。体力が自慢だった結城が倒れるってことは、相当無理したんでしょ?」
「俺は自分が倒れるような無茶はした覚えがないぞ」
「1日2時間睡眠のどこが無茶じゃないのよ……」
と涼乃がぼやいた。
と同時にドアの開く音がした。拓也が四人分のお茶を持ってきて入ってきた。
「これ……結城のお母さんから。それと、今日はうちで食べていかないか、だって」
「いいね、四人で晩御飯とか、すごい久しぶり」
茉莉はそれに同調した。四人で過ごす時間は高校に入ってからほとんどなくなってしまったので、こんな機会を逃すなんてことはしたくなかった。
「私も賛成。このまま帰ったらどこかのお馬鹿さんが今度こそ学校に戻ろうとするだろうし」
涼乃もそう言った。最後の方には結城への恨み節が込められていたが……。
その後、茉莉たちはそれぞれの親に晩御飯は結城の家で食べる、という旨を連絡し、すんなりオーケーを貰った。ずっと続いている四人の仲だけあって、親同士の信頼関係も厚い。
「でもさ、今から晩御飯まで何する?私たち、共通の遊びなんて今はないだろうし……」
「そのことなんだが、俺と一緒に学校に行ってくれないか?」
結城がそう言った瞬間、涼乃と拓也がすぐに結城を止める体制に入ると、
「ああ、わかってる、わかってるから、今日はもう学校には行かない」
とすぐに訂正した。
「そこまでして学校に行く用事があるの?」
と、茉莉は結城にそう尋ねた。さすがの結城も、自分が倒れたのだから少しくらい休もうという気にもなるだろう。そう思ったのである。
「今日中に処理しないといけない書類がいくつか。そいつらは片づけておきたかった」
「じゃあ、私たちがやればいいんじゃない?そもそも、なんで生徒会のメンバーを頼らなかったの?」
「今三年はいないし、二年の先輩も他のことで忙しそう。同学年もロクに顔出すやついないし……結局は自分が一番信頼できるし、作業に追われてる方が逆にちょうどいいかな、と思ってな。それが三学期始まってからの話」
茉莉は絶句した。涼乃の言葉通りなら、一か月以上は二時間睡眠を続けていたことになる。そこで茉莉は一つのことを思い出した。
「体力自慢の結城が、鶴岡八幡宮の階段であんなに苦戦したのはそのせいね?」
「ああ……そんなこともあったな」
「そんなこと……あったんだ……」
拓也も少し驚いていた。普段支えられていた身としては意外だったのだろうか。
「とにかく、今日やらんとヤバいのだけでもやればいいのね?そしたら、涼乃と一緒に取りに行ってくる。涼乃もそれでいいいよね?」
「うん。結城が動かないなら、それで。えっと、拓也も、ちゃんと結城を止めておいてね?」
「うん……全力で止めるよ……」
拓也は細い二の腕に力を入れてそう言った。どこか頼りない雰囲気はいつもと同じだった。
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