第14話 湘南編 終 エンドロールの情景の中で
「次は新宿、新宿、終点です」
そのアナウンスで茉莉は目を覚ました。どうやら夢を見ていたらしい。
夢の内容ははっきりと覚えている。不思議なぬいぐるみに会って、『心の穴』についての話をして、最後に。
最後に、『心の穴』を埋めるため、旅を続けることを決意したのだ。
不思議と面倒だな、なんて思うことはなかったし、義務感もなかった。ただ、そう決めたからには、精一杯旅を楽しもうかなと、前向きな気持ちでいた。
新宿駅を降りて、JR線に乗り換えた。ちょうど帰宅ラッシュと重なって座ることはできなかったが、これからは、もう自分の知っている路線で帰るだけ。
今日の旅を思い返していたら、すぐに大宮駅に着いた。ホームを降りると、「帰ってきた感」とでもいえばいいだろうか。そんな感情を茉莉は抱いた。
もう暗くなってしまった空の下、茉莉は家に向かって自転車を漕いだ。もしこれがアニメやドラマなら、エンドロールでも流れているのかな、なんて思いながら。
帰ったら暖かいごはんとお風呂と家族が待っているだろう。それなのに、茉莉の心は寂しさに満たされそうになっていた。寂しい。小説を読んでいる時の、結末が近づいていく時の、残りページが少なくなっていく時の寂しさに似ているな、と思いながら、茉莉はひたすら寂しさを抱えながら自転車を漕いだ。
茉莉が家に着くころには、すでに八時になっていた。玄関を開けて、「ただいま~」と言って家の中に入った。部屋に荷物を置いてすぐに、茉莉は夕食に呼ばれた。今日はオムライスだった。茉莉は夕食中ずっと、今日の旅のことを話し続けた。両親も、楽しそうに聞いてくれた。
夕食を食べ終わって、お風呂に入った。お風呂の中でも、旅の思い出に浸って、また行ってみるのもいいかもな、なんて考えていた。
お風呂から上がって、着替えて髪を乾かしてすぐに、耐えられないような眠気が茉莉を襲った。だから茉莉は、荷物の片づけなどは明日にして、もう寝てしまおうと考えた。
大きな紙袋からイルカのぬいぐるみを取り出し、ぎゅうっと抱きながらベットに横になった。またイルカのぬいぐるみと会話できるかもしれないという淡い期待を茉莉は抱いていた。
横になってすぐに茉莉は意識が薄れて、眠っていった。
翌日起きると、茉莉はとてつもない激痛に襲われた。普段から茉莉はそんなに外出しない方なので、いきなり外出をして歩きすぎたせいで筋肉痛を引き起こしていたらしい。とりあえず、痛みのする体を無理やり動かして時間を確認する。
時計の針はちょうど十時を指していた。昨日最後に時計を確認したのは夜の九時だったので、少なくとも12時間は寝ていたらしい。旅は楽しかったとともに、とても疲れるものでもあった。
そうしているうちにだんだん痛みにも慣れてきたので、部屋から出て朝ご飯を食べた。昼が近かったので、軽めに済ませた。
そのあと、涼乃を昼ごはんに誘うことにした。
”今日のお昼、どこかに食べに行かない?旅のお話とか、お土産とか渡したいな”
”いいね、じゃあ一時半くらいに、駅前のハンバーガー屋で待ち合わせで。”
親に昼ごはんは涼乃と食べに行ってくる、と言って、お土産に鳩サブレを渡しておいた。
茉莉も少し食べることにした。自分で買っておいて、茉莉はうさぎのリンゴなど、そういう動物かかたどられている食べ物は少し苦手なのを、鳩サブレのつぶらな瞳を見て思い出した。それでも、せっかくなので勇気を出して食べることにした。
「……ごめんなさい!」
と言いながら、鳩サブレに頭からかぶりついた。
素朴な味がした。お茶に会うような、そんな味だった。
昼になったので、涼乃に会いに行った。涼乃の方が先に来ていた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「いやいや、私が早く来すぎちゃったから大丈夫。とりあえず中入ろ?」
茉莉と涼乃はそれぞれ違うハンバーガーセットを買って、二階のイートイン席に座った。
「とりあえず、サボり防止の御朱印がこれ」
茉莉は涼乃に御朱印帖を渡した。
「これが鶴岡八幡宮で、これが昨日言ってた御霊神社ね。江ノ島でも貰ったんだ。」
「うん。とっても楽しかった」
それから茉莉は、涼乃に旅の思い出を語った。涼乃はそれを真剣に聞いてくれた。語り終わってから、
「そんな感じの旅だったよ」と言った。
「あ、あとお土産。はい。」
そういって茉莉はペンギンの付箋を涼乃に渡した。涼乃は「かわいい!ありがとうね」と喜んでいた。
二人がハンバーガーを半分ほど食べ終わった後、涼乃が遠慮がちに話を切り出した。
「それで、『心の穴』は治った……?」
「旅をしているときは全然不快な感じはなかったよ。でも、今日起きたら、また」
そういって茉莉はみぞおちのあたりに手を当てた。
「そっか……」
涼乃が残念がっていたのを見てから、茉莉は大きく息を吸って、こう言った。
「でも、でもね、私、旅を続けようと思うの。もっといろんな景色を見たり、いろんなところに行ってみたい。旅してるときだけだけど、『心の穴』も気にしなくていいし。」
「本当?」
「うん、三学期は寒くて忙しいから、また春からになるとは思うけど。だから、また私がどこかに行くってなったら、一緒に行くところ考えたりしてほしいなあって」
「もちろん!」
涼乃は笑顔で答えた。茉莉は、最近見れなかった涼乃の嬉しそうな顔を久しぶりに見れたので、旅を続けることにしてよかったなあと、心の底からそう思った。
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