第13話 湘南編12 明晰夢
「おーい」
そんな小さな声を聞いて、茉莉は気が付いた。
ここはどこだろうかとあたりを見渡す。が、あたり一帯真っ暗で何も見ることはできなかった。
何も見えないのでは仕方ないので、声のする方に歩いて行った。気がついていた時にはボケていてまさか、とは思っていたが、茉莉は生まれて初めて、明晰夢というものを見ていた。
歩いていくにつれて、茉莉を呼ぶ声はどんどん大きくなっていき、2分ほど歩くとついに、茉莉を呼ぶ
最初、茉莉は目を疑った。なにせ水族館で買ったつぶらな瞳のイルカのぬいぐるみが、そこにあったのだから。
いや、
「やっと見つけてくれた、もー、ずっと呼んでも気づかないんだから」
と話しかけてきた。
これが夢だとわかっていても、とてつもない違和感を茉莉は覚えた。目の前でぬいぐるみが喋って泳いでいる。
それでも、どうせ覚める夢だしと思って、イルカのぬいぐるみと会話を試みることにした。
「だって、呼ばれても私動けなかったし……仕方なくない?」
「そこは茉莉ちゃんの努力次第だよ」
「夢のなかでまで努力したくないよ……」
「ま、それもそっか」
それから茉莉は、イルカのぬいぐるみにずっと疑問だったことを聞くことにした。
「ここって、どこなの?」
「君の『心の穴』が埋まる場所」
「……え!?」
思わぬ答えが返ってきた。ここで、あの厄介な『心の穴』を埋めることができる、というのだ。茉莉はどこか安堵のような感情を覚えた。
「じゃあ、今からでも埋めてくれるの?『心の穴』」
「そういうわけにもいかないんだ、『心の穴』はここであって、ここではないどこかで埋まる」
理解が追いつかない。さっき、変わらないつぶらない瞳で「ここで『心の穴』が埋まる」みたいなことを豪語していたのは誰だったかと、茉莉は目の前のぬいぐるみを少し睨む感じで見た。するとイルカのぬいぐるみは申し訳なさそうに茉莉に語りかけた。
「語弊があったね。僕たちが今いる場所は真っ暗だろう?ここには『心の穴』が埋まる場所の風景が映し出されるはずなんだ」
「うん、うん……?」
「続けるね。けれども、君はまだその光景を知ることができる条件を満たしていないんだ。だから、ここは真っ暗なわけ。」
「ちょっとわかってきた。まだ『心の穴』を埋めることができる場所はわからないってことね?」
「そうだね」
「でも、その条件って何?」
「それは僕にもわからない」
「ここまで知っててそれは知らないんだ……」
「一応、ここは君の夢の中だからね?」
「そういえば、そっか。こうやって会話してるから、実感が全然ないけど」
「現実で僕が喋れるわけないからね」
「もっと聞きたいこと聞いていい?」
「僕が答えられることであれば」
「今まで『心の穴』が埋まる前提で話しちゃってたけど、『心の穴』なんて埋まるの?そもそもこの『心の穴』の正体って何?」
「『心の穴』の正体ははっきりとは僕にもわからない、だけど薄々わかるだろう?寂しいとか、悲しいとか、そういう負の感情が関わってるのは」
「それはそうだけど……心当たりがなくて」
「心当たりはなくても、君の心の奥底ではさっき言ったような負の感情がおこっているのかもね。その原因を探るのもいいかもしれない」
「そっか」
「もう1つ、『心の穴』が埋まるか埋まらないかって話だけど、ちゃんと埋まると思うよ。」
「それはどうして?」
「うーん……強いて言うなら、茉莉ちゃん、君だから」
「よくわかんない事言わないでよ……」
「君の性格なら、『心の穴』だってなんとかできそうって今さ」
「そうかなぁ……自覚ないや」
「逆に自覚できてたら心に穴なんて空いてないと思うよ、きっと君なら大丈夫」
そう聞いて、茉莉はどこかあたたかい気持ちになった。『心の穴』を少しだけ埋まるような、じんわりと、言葉が心に沁みて行く感覚。
「私なら大丈夫、か……」
「そうそう、そう思っていけばいい。おっと、もうすぐ新宿に着くみたいだよ」
「じゃあ、目を覚まさなきゃ。どうすればいいの?」
「そのままにしておくといいよ。最後に1つだけ言っておきたいことがある」
「なに?」
「今回旅して、『心の穴』の不快感を感じることはあったかい?」
「あっ……たしかにそんなになかったかも」
咄嗟に御霊神社の絵馬のことを思い出した。思い当たる節はここしかない。あの絵馬の子には元気になってほしいものだと思い返していると、イルカのぬいぐるみはこう言った。
「それなら、旅を続けてみるといい。なに、旅って言っても近場とかでいいんだ。日帰りでできるやつね」
「旅、ね……」
「もしかしたら、そこにヒントがあるかもしれないよ」
茉莉は少し考えてから
「わかった、続けてみるよ」
と、旅を続ける決意をイルカのぬいぐるみに誓った。
「素敵な出会いや景色を楽しんでくるといいよ、それじゃあ」
そうイルカのぬいぐるみが言ったあたりから、茉莉の意識はまた薄れた。
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