第10話 湘南編9 江ノ島にて

砂浜から階段を上がって、信号を渡って、踏切を渡った。ふと振り返ると、どこか見慣れた光景が。


踏切が下り始めた。行き先は鎌倉方面の電車なので、通っていくのを見ることにした。


まもなく列車が茉莉から見て左から現れた。列車が踏切を半分渡ったあたりで茉莉はなぜ見覚えがあったかを思い出した。色々な観光サイトなどに貼ってある画像に、ここの風景が載っていたからだ。


生で見るとさらに映えるなぁ、と茉莉は思った。踏切とレトロなデザインの列車、奥には海とすっきりとした晴天。友達といたら青春の1ページにでもなりそうな風景で、茉莉はやっぱりここに生まれてみたかったなあ、なんて思うのだった。


茉莉は江ノ島を目指して列車に乗った。朝乗った路線を逆走しているので、江ノ島駅まですぐなのはよくわかっている。


予想どうり、すぐに江ノ島駅についた。江ノ島の見えない江ノ島駅。江ノ島までは少し歩くことになるらしい。


江ノ島までの道はおしゃれの一言に尽きた。さまざまなカフェなどが軒を連ね、カラフルでおしゃれなメニューを見るだけでも茉莉は満足した。


数分歩くと、江ノ島が目の前に大きく見えた。ただ、目の前は横断歩道のない国道134号線。流石に渡るわけにもいかないので、茉莉は江ノ島へ行く方法を探した。


その近くに地下道があるのを見つけた。なるほど、この地下道から海岸や水族館にも行けるらしい。茉莉は水族館へ元から行く予定だったが、とりあえず江ノ島方面へと足を伸ばした。


地下通路を出ると、大きな灯籠2つが出迎えた。夜には光るのだろうか。目の前には、弁天橋と呼ぶらしい江ノ島へ通じる橋があった。七里ガ浜でも見た橋は、想像以上に長いようだ。


茉莉の性には合わないが、なんとなく江ノ島をバックに自撮りをした。満面の笑顔で。反応が欲しくて、すぐさま涼乃に写真を送った。


"江ノ島なう!"の一文を添えて。


弁天橋を富士山を眺めつつ渡った。やっぱり長かった。


江ノ島に到着した。入って正面の道は緩やかな上り坂になっていて、海鮮市場やお土産屋が多くあった。中には、古いおもちゃを売っている店もあった。そんな店々に興味を惹かれつつ、茉莉はお目当の店を探した。


それは江ノ島神社へ続く階段のすぐ近くにあった。下調べでは、ここでしか食べれないタコせんべいがあると聞いていた。


食券を買って、少しならんだ。そこからは、タコせんべいが出来る様を見ることができた。タコがプレス機で、「プシュー」とかなりえげつない音を出してプラスをされていた。


「ああ、タコさん……あとで美味しく食べるから許してね……」と茉莉はタコにどこか申し訳なさを覚えた。


熱々の四角いタコせんべいを受け取った。茉莉はそのままかぶりついた。ほのかに潮の香りがした。あとはプラスされたタコの風味。


「んん!美味しい!」


なんて単純な感想を茉莉は漏らした。


流石に食べ歩きをしながら境内に入るのはバチが当たりそうだと思ったので、境内前の階段に腰掛けてタコせんべいを楽しんだ。


いつのまにか涼乃から返信も帰ってきていた。


"いいじゃん!おしゃれ!"


"だよね!島自体がおしゃれなんて、なんかずるい"


茉莉でも何がずるいのかはわからなかったが、そんな返信をした。


"あ、いや、江ノ島もそうだけど、今日の茉莉、とってもおしゃれだよ"


"ほんとに?"


茉莉は褒められて悪い気はしなかった。今日はせっかく久しぶりに外に出る、というので、服装には気合を入れてきたのだ。


"うん、私が男の子だったら一目惚れしてるかもなぁ"


"やめてよ〜。次は江ノ島神社に行くよ"


"江島神社は3つあるから気をつけてね。辺津宮と、中津宮、奥津宮。特に辺津宮は旅の安全のご利益があったはず。中津宮は女子力アップよ。茉莉にはちょうどいいかもね"


"私、女子力ないもんなぁ……"


"全体的に、幸福とか財宝とかのご利益があるところだったはずだから、庭から石油出るように祈っておきなさい?"


"余計なお世話だよ〜"


そう送ったあと、茉莉はタコせんべいを食べ終わったので、江ノ島神社に出発することにした。


目の前には大きな階段。江ノ島にはエスカーというエスカレーターもあるとは知っていたが、茉莉はどこか変な意地を張って階段を登ることにした。


案の定、辺津宮に着く頃にはひどく息を切らした。疲れてよろよろになりながらも、二拝二礼一拝。旅の安全を願った。もう午後であるが、万が一これからも旅を続けるならばそれもいい、と茉莉は思っていた。


御朱印もいただくことにした。


しばらく待つことになったが、はっきりとした字で『江ノ島神社』と書いてもらえて、茉莉は満足だった。


辺津宮の参拝を終えたあと、茉莉は江ノ島の奥へと向かった。とりあえず一番目立っている展望台から行くことにした。


途中のウッドデッキで休憩。そこからは、先程歩いた七里ガ浜を一望できた。さっきまで自分がいた所を見るのはどこか不思議な気分であった。江ノ島はカップルのデートスポットで有名な所だと聞いているが、カップルはこういう所で「綺麗だね」なんて言い合うのだろうか、なんて考えながら、一人で来たことを少し寂しがりつつウッドデッキを後にした。


階段をまた登って、展望台ではなく中津宮に着いた。まだ歩くらしい。とりあえず参拝することにして、今まで通り二拝二礼一拝。茉莉は自分の女子力アップはほどほどに、親友の恋愛成就を強く願った。


さらにしばらく歩いたら、やっと展望台の入り口らしき場所に到着した。どうやら植物園を通って行くらしい。チケットを買って、植物園へと足を踏み入れた。


植物園では冬だというのにさまざまな花が咲いていた。茉莉にとっては名前も知らない花ばかりだったが、それはそれで興味を掻き立てられて楽しめた。後で調べてみよう、なんて気にもなれた。


程なくして、展望台に到着。「江ノ島シーキャンドル」なんておしゃれな名前が付いているらしい。


流石に階段を上る、なんてことはできないようなのでエレベーターで一気に頂上まで登った。


頂上からは湘南の景色が一望できた。西の方には、富士山がうっすら見えた。心なしか、先程見た時よりも靄もやがかかってしまっているように見えた。


北の方には藤沢市街地が見えた。あの市街地で、どんな人がどんな1日を過ごしているのか、少し想いを馳せると、なんとも言えない心地よさがあった。


東には砂浜が見えた。先程地下道の看板で見た江ノ島東海岸だろう。茉莉は砂浜が弧状になっているところにどこか美しさを感じた。東海岸にはしっかり七里ガ浜も見えた。また行きたいものだ。


茉莉は展望台での景色をほどほどに楽しんだので、展望台から降りることにした。エレベーターも使えるようだったが、せっかくなので階段を降りることにした。上るのは辛いが、降りるのだけなら苦にはならない。


階段からの景色も絶景だった。展望台とは違って、ガラス張りではないので、クリアな景色を見ることができた。それを楽しみつつ、茉莉はゆっくり階段を降りた。途中「これ、何段降りればいいんだろう」と疑心暗鬼になりながら……。


階段を降りると、少し広いスペースがあった。カップルが太平洋を眺めている。茉莉も邪魔をしないように太平洋を眺めて、大きく息を吸って、伸びをした。心地いい風が体を吹き抜ける。雄大な海と、波のような形になっていたスケールの大きいすじ雲。『心の穴』なんてどうにでもなりそうなくらいに、良い場所だった。


植物園とシーキャンドルを後にして、茉莉は岩屋と奥津宮に行くかどうかを迷った。行かなければ、余裕を持って水族館に行けることができる。


が、岩屋にも奥津宮にも行くことにした。せっかく江ノ島に来たのだから、全部回らないともったいない、という結論に至ったのだ。


江ノ島の旅は続く。

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