第9話 湘南編8 七里ヶ浜

七里ヶ浜に向かう列車の中、涼乃からメッセージが返ってきた。


"御霊神社なんて名前がつくくらいだから、誰かの霊を祀ってるのかな、御霊信仰なんていうし"


"御霊信仰って……?"


"まずはそこからよね。御霊信仰っていうのは、無念の死とかを遂げた人が怨霊になって天災とか疫病とかを撒き散らす、って考えられてた頃に、じゃあその人を祀って鎮めようっていうやつね"


"じゃあ涼乃の恋が叶わないまま涼乃が死んじゃったら涼乃を祀らないと拓也が危ないってこと?"


"そうなったら、真っ先に茉莉を呪うわ"


"命だけは……"


"大丈夫、死なない程度に呪っておくから。そんな御霊信仰で有名になった神社もあるのよ、天満宮とかね"


"あの、学問の?"


"そうそうそれ。あれは菅原道真が亡くなった後京都で天災が多く起こって、それを鎮めるために作ったのが起源のはずだよ"


"そんなこともあったのね、あ、もうすぐ七里ヶ浜だ"


"それじゃあ、楽しんでおいで"


そう涼乃から送られたあとすぐに、列車のドアが開いた。七里ガ浜駅に到着である。


茉莉はまっすぐ海に向かった。駅のすぐ近くには学校が見えた。あの立地なら、教室から海が見えるだろう。茉莉は少し羨ましくなったが、教室から見える海が日常になってしまったら、海に感動することもなくなるかもしれないと考えて、やっぱり内陸県の学校でよかったかもしれない、なんて思った。


階段を降りると、はっきりと波の音が聞こえた。サーッサーッっという音。聞いていて飽きないし気持ちがいい。


茉莉は江ノ島方面に歩き出してすぐに立ち止まった。結城が言っていたことを思い出す。


「いやでも目には入ってくるとは思うけど、江ノ島の方向を見てみるといい。いい景色が見れる」確かそんなことを言っていたはずだ。


確かに予想を上回るの景色だった。


鎌倉高校駅前方面に真っ青な海を見ると、江ノ島と、それに掛かる大きな橋と、その奥には雪を被った富士山を同時に見ることができた。空には冬らしいすじ雲が浮いている。


右に江ノ島。左に富士山。これは何か絵にできそうだ、と思ったが、茉莉は絵が苦手なのを思い出して少し残念な気持ちになったので、文明の利器であるスマホのカメラに頼ることにした。最近機種変更した茉莉のスマホは、少々高いお金を出して買ったデジカメの性能をはるかに凌駕していた。技術の進歩のスピードを茉莉が思い知った瞬間だった。


茉莉は砂浜を一駅分歩くことに決めた。精一杯波の音と海の景色に癒されようとした。それをすることで『心の穴』が埋まらないかと心のどこかで淡い期待を抱いてた節もあった。


海は陽の光を浴びてキラキラと光っている。ただ、どこまでも美しい。その波打ち際を、茉莉はゆっくりゆっくり歩いた。


波と戯れることもした。波が届くギリギリで歩いて、届きそうになったら逃げる。そんなチキンレースを繰り返した。茉莉の顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。


楽しい時間はあっという間に過ぎ、砂浜から鎌倉高校前駅近くへ向かう階段へ着いた。茉莉は「また来るね」と海に向かって小さく言った。海もそれに応えるかのように、階段へと歩き始めた茉莉へ届きそうな大きな波を立てた。

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