第8話 湘南編7 神社仏閣
鎌倉駅で茉莉は江ノ電を待った。ベンチも看板も、どこかレトロな雰囲気をしていて、暇になるなんてことは無かった。
少しすると、グリーンで染められた短い電車がホームに着いた。茉莉はいつも15両編成の電車を見ているので、余計に江ノ電が小さく、可愛らしく見えた。
電車に乗って、程なくしてドアは閉まり、ゆっくりと電車は走り出した。
先程は由比ヶ浜で降りたので、和田塚までは未知の区間であったが、今まで通った住宅街とほとんど変わりはなかった。
長谷駅にはあっという間に着いた。改札を通るために線路を渡るという珍しい体験をしつつ、茉莉は駅の外に出た。
長谷駅からそれほど距離はないらしいので、長谷寺までは歩くことにした。普通の住宅の中に、古めかしい様子の家が所々にあって、風景に飽きることは無かった。
程なくして、長谷寺に到着。しかし茉莉は上を見上げて、ため息と独り言を漏らした。
「私から見て上に長谷寺が見えるって方は、また階段……?」
鶴岡八幡宮でも苦手な階段を頑張って登ったので、勝手にもう階段を登ることはほとんどないだろうと、謎の達成感を味わっていたことと、下調べしないで涼乃のおすすめに軽々と従ってしまったを茉莉は後悔した。
「それでも、登るしかないか」
半分は決心、半分は諦めであったが、階段を登ることにした。
入り口で拝観料を払う。この時、『のりおりくん』のお陰で粗品をいただくことができた。茉莉は心の中でのりおりくんに「ありがとね」と言った。やはり名前が名前が付いているとなんとなく生き物として扱ってしまう。
入ってすぐのところには、いかにも「和」、という雰囲気の庭が広がっていた。まだまだ木に葉はついていないが、それはかえって「さび」というものの美しさを茉莉に感じさせるには十分な風景になっていた。きっとこの庭には四季折々、色々な美しさを持っているのだろう。
庭の隅の方には鳥居と岩窟らしきものがあった。冒険をくすぐられた茉莉はその岩窟に入ってみることにした。
中には石像があった。横には「弁財天」と書かれている。名前からするに、富などの神様なのだろうか。茉莉は後で涼乃に聞いてみることにした。
一通り見て回った後、茉莉は「よし」と気合を入れて階段を登っていく。途中で休憩を何回も入れつつ……。
時間をかけて、観音堂にたどり着いた。中に入ると、茉莉の何倍もある観音様が立っていた。
涼乃が「ここのお寺の観音様はね、木で彫ったものでは日本最大級なんだよ」となぜか自慢げに語っていたのを思い出しながら、茉莉は手を合わせて拝んだ。二礼二拍手一礼は神社の作法で、お寺ではしなくていい、というのも涼乃から教えてもらっている。
拝み終わった後、茉莉はまたおみくじを引いた。大吉以外が出るかどうか、自分をとことんまで試してみたい気分になっていた。
結果はまた大吉。いつか大吉以外を自分の手で引く日は来るのかな、と茉莉はどこか楽しそうにしていた。
観音堂を出て右には、標高が少し高いところにある長谷寺から鎌倉方面を見下ろすことができる展望スペースがあった。茉莉はそこで少し休憩にすることにした。
「すごいいい景色!海も綺麗だし、階段登った甲斐があったね!」
大きく伸びをして、涼しい風に当たった。展望スペースからは真っ白で綺麗なすじ雲と、そこから顔を出した太陽、光り輝く海がみえた。とても幻想的な風景。
茉莉は少し休憩をして、荷物整理をすることにした。今のところ、鳩サブレーの缶がバッグの大半を占めている。
鳩の置物はいつのまにかバッグの奥底に入っていた。お気に入りの場所なのだろうか。とりあえず引っ張り出してみた。買うときには気づかなかったが、中に何か入っている。どうやら紙のよう。そこには、「各駅停車でがたんごとん。あせらずのんびりいきましょう。いつも景色を楽しむゆとりを。」と書いてあった。
「あせらずのんびり、ね。今日の旅も……『心の穴』も」と、茉莉はひとりでに納得した。
一息ついたあと、階段を降りて長谷寺を出発した。
長谷寺を出るとすぐに、洋風のちょっと変わった建物が目に入った。時間に余裕はいくらでもあるので立ち寄ってみた。
どうやらオルゴール店のようだ。さまざまな色やデザインのオルゴールが置いてある。価格にびっくりするものもあった。音色に少し癒されてから、いつかお金を貯めて来ようと決心して店を後にし、長谷駅に戻ることにした。
「近くには御霊神社っていうのがあるみたいだけど、よくわからないから寄らなくていいかな」
そう決めて、長谷駅から極楽寺駅へ向かった。
極楽寺駅を出て極楽寺へ歩く途中にある橋で茉莉は立ち止まった。そこからは、トンネルから出てくる江ノ電を見ることができるようだった。他の建造物は山沿いに建てることができるが、線路はそういうわけにもいかなかったのだろう。線路だけ標高が低くなっている。
ちょっとすると、茉莉が来た反対側、鎌倉行きの列車がトンネルに吸い込まれていった。
「鉄道は好きってわけじゃないけど、ここから見下ろすと……なんだか風情を感じるなぁ」
茉莉は素直に感動していた。
極楽寺はすぐそこにあった。極楽寺という名前は一説によると、当時そこが「地獄谷」と呼ばれていたからとか、出家した北条家の人がその家に極楽浄土を作ろうとしたとか、そういうのはあるらしい、と教えてくれたのも涼乃だった。
お参りはすぐに終わった。事前にどこか調べたらさらに面白くなったのだろうかと茉莉は後悔するとともに、また来よう、と思ったのだった。
極楽寺を出て橋に戻ると、ちょうど藤沢行きの列車が通る時間帯になっていた。茉莉は橋から線路を見下ろした。
そこからちょうどレトロなデザインの列車がトンネルから出てきた。思わず写真を撮る。いい絵が撮れていた。茉莉は思わず微笑んだ。
「でもこれ、藤沢行きの列車が行っちゃったってことは12分は待つことになるよね?」
茉莉は大事なことを思い出してしまった。
「それなら…どこか寄ろうかな」
となるのも、自然な考えだった。
どこに行こうかと調べていると、先程行くことを断念した御霊神社の名前が。ただなんとなく、そこに行こうと思った。
涼乃に話していない場所だったので、メッセージで御霊神社について聞いておくことにした。
"この御霊神社ってところに行こうと思うんだけど、どんなところ?"
既読はすぐにはつかなかったので、すぐに出発することにした。長谷方面に逆走することになるが仕方ない。行って後悔した方がまだいいかな、と茉莉は考えていた。
茉莉は両側を山に挟まれた坂道を歩いた。これが結城の言っていた切り通しなんだろうな、と思い出しつつ。
切り通しを超えると、道に香ばしい香りが漂った。これがパンの匂いだとわかるのに時間はかからなかった。
程なくして見つけたパン屋でエピを買った。なかなか美味しそうで食べ歩きもしやすそう、という理由だった。
「これ、おいひい!朝少ししか食べてなかったのもあるかもひれないけど、この硬さとベーコンのおいしさがすごいい!」と、食べながら感想を漏らした。
食べ終わった後、少し迷うことになった。どうやら、パンの香ばしい香りにつられたおかげで、曲がるべき道を曲がらなかったらしい。
少し道を戻って直進するとすぐに鳥居が見えた。ただその鳥居には少し見慣れない光景があった。
鳥居の本の目の前に踏切がある。たしかに茉莉は神社に訪れることは少なかったが、それでもこんな光景を目の当たりにしたのは初めて出会った。
タイミングよく踏切が鳴った。鎌倉方面に行く列車が、鳥居の目の前を通っていった。これはこれで風情があるな、と茉莉は感じた。
鳥居の端を一礼して通り、手水でお清めをしてから、お祈りに向かった。
向かう途中、絵馬が飾られてるのが見えた。少し見ると、ふと、一つの絵馬に目が止まった。
そこには「びょう気が早くなおって、色んなところに行きたいです ことね」
と書いてあった。茉莉は少し、胸が痛んだ。『心の穴』も、チクリとした不快感を茉莉に教えた。それに茉莉は、こんなに病気で苦しんでいる自分より年下の子がいるのに、私はどんなちっぽけなことで悩んでいるのだろうと、なんだか自分が惨めになった。
あの絵馬を見たあとなので、神様に祈ることなんて一つしかなかった。病気を治してくれる神様じゃないかもしれないのを茉莉は分かっていたが、それでも、神様に縋りたくなっていた。
参拝したあと、御朱印をもらうことにした。お金と御朱印帳を渡すとすぐに鶴岡八幡宮とは違う達筆とも言える美しい字で「御霊神社」と書いていただいた。
御霊神社からだと長谷駅の方が近いようなので、大人しく長谷駅に戻ることにした。
茉莉は「改札を通って藤沢方面に行った女の子が、またなぜか同じ改札を通ったって、長谷駅七不思議が作られないかちょっと不安になるわ」なんて、くだらないことを考えながら今度こそ藤沢方面の列車に乗って、今回の旅の楽しみである海を目指して、七里ガ浜に向かった。
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