第7話 湘南編6 鎌倉
茉莉と結城は、厚着にとっては涼しい風に当たりながら鎌倉市内を歩いていた。
茉莉はここに小学生以来来たことがないので、結城の土地勘に頼るしかなかった。幸い、結城はそういうことに詳しいので、安心して後についていくことができた。
先ほどとは違って、会話が途切れ途切れになることはほとんどない。結城が出してくれた鎌倉の話題で盛り上がった。
「茉莉はここがどんなところか知ってるか?」
「うーん、幕府があったくらいしか。いい国作ろうの」
「大方、その認識でいいと思うぞ。今はいい国作ろう、じゃなくていい箱作ろうらしいけどな」
「知らない間にちょっと変わってたんだ」
「らしいな。で、ここに幕府が開かれるようになった理由の一つは何だと思う?小学生の頃に教わってるかもな」
「ええっと、山と海に囲まれてるから、だっけ」
「そうだな、山を通るには鎌倉七口っていう切り通し……いわゆる狭い通路を通らなくちゃいけないし、当時は相模湾から攻めることもできなかったから、幕府を開くにはいい場所だったんだよ」
「へぇ……」
思わずそんな言葉が出てしまう。結城が出かけたその土地その土地について、何か豆知識を披露する、なんてことはよくあったが、自分から来た土地に関する話だと、関心の度合いが全く違うことに茉莉は心底驚いていた。結城の話を聞いて、少し賢くなるのにはどこか楽しさを覚えていた。
「ねぇ、結城」
「ん?」
「これからどこか旅をすることがあったら、その土地の事、聞いてもいいかな?」
「喜んで。ただ、早朝だと流石に俺も起きてないからな、寝起き悪いから強引に起こすと変なこと口走るかもしれない」
「それはそれで聞きたいかも」茉莉は微笑んだ。
「この鎌倉で何か聞きたいことはあるか?」
「えーっとね、お土産、何がいいかな」
「お土産か、それなら鳩サブレーとかはどうだ?そろそろ本店が開いてる頃だと思うぞ」
「じゃあ、そこ行く!」
「実はさっき通った道にあったんだぜ、気づいてた?」
「全然気づかなかった……まだまだ未熟ね」
「未熟……?」
そうこうしてる間に、鳩サブレー屋本店に着いた。まだまだ朝というのもあって、店内に人はいなかった。なにも鳩サブレーだけを売っているのみではなくて、鳩消しだとか、鳩クリップだとか、ハトカーなど、茉莉が目移りするようなものもあっていた。それらをじっくり眺めてから、「今度きたら買おう」と言い聞かせて、鳩サブレーだけを缶で買った。
店を出て、香ばしい香りを嗅ぎながら大通りに出た。鎌倉駅まではもう目と鼻の先。
少し歩くと、結城が立ち止まった。店の商品をじっと眺めている。つぶらな瞳をした鳩の置物だった。
「そういうの好きなの?」
「ああ、いや!そういうのじゃなくて」
ではどういうことなのだろうか。誤魔化すにも、照れを隠すにも、下手な対応だった。よく見ると、鳩には青とピンクのものがあった。色違いのお揃いを買うのもいいな、と茉莉は考えた。
間髪入れず、茉莉は店に入ろうとした。が、店の自動ドアに激突してしまった。すぐに開店しているかどうか確認したが、明らかに中に客がいた。彼らはどうやって店の中に入ったのだろうと思案していると、中から店員さんが出てきて、今はTVの取材中だ、ということを教えてくれた。
「珍しいこともあるもんだな」
「ね、私そういうところ見たの初めて!」
「そりゃあ、埼玉の観光地でもないところだと滅多にTVの取材なんてこないからな」
そういうわけで、取材が終わるまで大通りを散策することにした。扇子や鎌倉のストラップなど、色々売っているお店や、昔ながらのおもちゃ屋さん、アイスクリーム屋など、その他にも色々なお店が軒を連ねていた。
最初の店に戻ってきた時には、既に取材が終わっていた。こんどこそ、店の中に入る。結城も後についてきた。
「これ、欲しいんでしょ?」
「ん、ああ。」
「じゃあ、一緒に買おっか。偶然会えた証……って言ったらちょっと大げさだけど」
「それはいいな」
2人はお揃いの鳩の置物を買った。茉莉は他にも、リスの布巾を買った。この辺りにいるリスは、実は台湾原産のリスである、といういつ使うかもわからない、けれど面白い豆知識を結城から聞いた。
それから、2人はまっすぐ鎌倉駅を目指した。3分ほどで到着した。
結城とはここでお別れである。
「それじゃあ、楽しんできてね」
「お互い様、な」
「うん」
「そうだ、茉莉は七里ガ浜に行く予定はあるか?」
「うん、お昼頃に行く予定」
「そしたら、いやでも目には入ってくるとは思うけど、江ノ島の方向を見てみるといい。いい景色が見れる」
「そうなの?ありがと、それ、楽しみにしてるね」
その言葉を最後に、結城はJRの改札へ、茉莉は江ノ電の改札へと、それぞれ向かった。
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