第6話 湘南編5 幼馴染と鶴岡八幡宮

由比ヶ浜から鶴ヶ丘八幡宮へ向かう道を、茉莉と偶然会った幼馴染の結城はゆっくり歩いていた。茉莉は由比ヶ浜から歩いて鶴ヶ丘八幡宮へ歩く予定だったし、それは結城も同じようだった。


「珍しいな、茉莉が遠くに出かけるなんて」


「たしかに、自分からどこか遠くに行くなんてことそんなに無かったかも」


「だよな」


「だって、運賃すごいかかるし、家が遠いってなんか不安だし……」


実際、茉莉は改札を出た時に表示された運賃を見て見ぬふりをしていた。確か2千円台だった覚えがある。


「そうか」


「うん」


「……」


「……」


会話が続かない。かれこれ一年はまともに話していなかったので、積もる話もあるかと茉莉は思っていたが、どういう話をすればいいものかわからず途方に暮れていた。結城も同じようで、どこか逃げるように周りの景色を眺めながら歩いていた。


しばらくして、やっと結城が


「それで、なんで今日はこんな遠くに来たんだ?」


と聞いてきた。


なかなかに難しい質問をされた。そう茉莉は思った。『心の穴』の話なんて、信じてもらえるだろうか。しかし、答えるわけにもいかないので、涼乃の時と同じように


「笑わないで聞いてくれる?」


と前置きをして、結城が無言で頷いてから『心の穴』のことを話した。


結城は笑いもせず、ただ淡々と茉莉の話を聞いて、それから


「それはなんとも言いがたいな、心のことだと、外からは見えないし理解されなかっただろ」


と言った。


茉莉は話を真面目に聞いてくれたことに安心して、胸をなでおろした。


「そうなの、だから信頼できる人にしか話してない。信じてもらえないってわかってるから」


「その方がいいだろうな、むやみやたらに話して回っても、帰って煙たがられるだろうし」


会話が少し途切れたところで、茉莉があるところを指差した。


「ここ、寄っていい?」


結城は無言で頷いた。


それは住宅街の中にぽつんとあった名前も知らない祠のようなものだった。それでも朝日と囲まれた木で神秘的な雰囲気を醸し出していた。茉莉は吸い込まれるようにそこへ向かった。


賽銭を入れて、二拝二拍手一拝。結城もそれにならった。何をお祈りしたのだろうか。


また鶴ヶ丘八幡宮へ向かう道に戻った。


結城はまた何か話すのを迷ったあと、決心した様子で話しだした。


「さっきの、『心の穴』の話なんだけどさ」


「ん?」


「まだ、俺らに気を遣ってないか?」


「えーっと、それは……」


図星だった。『心の穴』の原因について、検討がつかないとは言ったものの、なんとなくの予想はついている、茉莉はそう考えていた。


「俺らが受験に失敗しただけだし、何もお前が気に病む必要はないだろ?」


「そうだけど……」


茉莉には少し心当たりがあった。それは一年前、高校受験の時。茉莉、拓也、結城、涼乃の仲が良かった4人は、同じ高校を目指して受験勉強に励んでいた。


4人とも中々に成績は良かったが、いざ本番を迎えた時、悲劇が起きた。結城と涼乃は目指していた学校に受からず、茉莉は滑り止めに受けた学校全て受からず、目指していた学校だけ合格するという珍事を起こし、まともに目指していた学校に合格していたのは拓也だけだった。


かくして4人は同じ学校に行くことができずに、茉莉と拓也、結城と涼乃が同じ学校に通うことになった。


その時とても悔しがっていた結城の顔を、茉莉は未だに覚えていた。


「別に俺はもうそんなこと気にしてない。今の学校も楽しいし、会おうと思えば茉莉になんていつでも会える。なんてったって2軒隣だしな。」


茉莉は2軒隣、つまりは結城の家の車のライトが点いていたのを思い出した。ということは、結城は家族でここに来たのだろうか?あとで聞いてみることにした。


「会おうと思えば、って言って全然会えなかったよね、私たち。結城とは連絡取れないし」


「それで思い出した。俺、スマホ買ってもらった」「ええ!?」


「それほど驚くことでもないだろ……高校に入ったから買ってもらえた、そんなもんだ」


「じゃあ、これからはどこかに行くこともできそうだね」


「そうだな、また4人でどこかに遊びに行きたいな」


「うん」


「そしたら、茉莉の『心の穴』も埋まるかもしれないし」


「そうかな」


「埋まらなかったら、またみんなで原因とか、治す方法とか、そう言うのを考えればいい。今までみたいに、な」


「そっか」


茉莉は自分に少し自信が湧いた気がした。『心の穴』も、ほんの少しだけ小さくなったような感覚があった。


会話がまた途切れたので、結城と連絡先を交換してから、茉莉は自分から話を切り出した。


「結城はどうしてここまで来たの?」


「冬休みなのに、どこにも行ってないじゃないかって話に家族でなってな、それで熱海の温泉に行こうと言う話になった」


「家族旅行なんだ」


「ああ。ただ、途中どこへ寄るかで意見が割れてな、各自行きたいところへ寄ってから熱海に集合することになってる」


「だから家族が見当たらなかったのね。弟くんは元気にしてる?」


「ん?ああ、元気だ。」


結城の顔がほんの一瞬だけ曇ったのは気のせいだろうか。目にゴミが入ったとか、そう言う理由だと思って、茉莉は気にしないことにした。


いつのまにか、鶴ヶ丘八幡宮は目と鼻の先にまで迫ってきていた。鳥居の前で礼をしてから鳥居をくぐって、太鼓橋の横を通って、境内に入った。


手水でお清めをする。涼乃から事前に作法は聞いている。左手を先に洗い、次に右手、次に口。最後にまた左手を洗う。涼乃に聞くまでは適当に手を洗っていた。


お清めを済ませて、本宮へ向かった。が、すぐに階段の前で茉莉は足を止めた。


「うう、階段苦手……」


「ここまで来たからには、頑張って登るしかないな」


結城は遠慮なく先に階段を上っていく。


茉莉は追いかけるようにして急いで階段を登った。


しかし、少し上ったあたりで、結城が先にバテてしまった。茉莉は呆れたような目で結城を見た。


「頑張って登るんじゃなかったの?」


「ああ……」


喋る元気もそんなにないらしい。いつもどこかクールな印象を結城には持っていたが、目の前でそれは崩れ去った。あまり会っていなかったこの一年で何があったのだろうかと、茉莉は少し心配になった。


「でも、立ち止まって気づいたけど、ここの木、倒れちゃったんだね。また芽吹いてはいるみたいだけど」


「ああ……でも……それ倒れたの8年とかそれくらい前……」


「そうなんだ、それくらいここに来てないってことだよね」


茉莉が最後に来たのは、親に連れられてきた小学生の頃だった。当時の記憶はもう曖昧である。


休み休み結城と階段を上り、ようやっと本宮に着いた。


お賽銭を入れて、二拝二拍手一拝。お賽銭は奮発して50円を入れた。


「茉莉は何をお祈りしたんだ?」


と、参拝が終わった後、結城が聞いてきたので


「今日の旅の安全」


と、正直に答えた。


そのあとは、自然とおみくじを引く流れになった。


「私、大吉以外引いたことないんだよね」


「そう言えばそうだったな。茉莉が大吉以外を引いたところを見たことない」


そう言いながら、『はとみくじ』と書かれたものを引いた。


当然のように茉莉は大吉を引いた。どこか誇らしげな顔をした。結城は吉。なんとも言えない顔をしていた。


お守りも買うことにした。ここでも茉莉は奮発して、『女性の幸せを導く』と書かれていた『美心守』と言うものを手に入れた。


階段を降りてから、茉莉は結城に少し待ってもらって御朱印をもらいに行った。御朱印帳は、まだ白紙のものを涼乃から『サボリ防止』として貰っていた。参拝のしるしとして貰うものらしいので、目的としては変わらないだろう。


1ページ目に、しっかりとした字で『鶴ヶ丘八幡宮』と書いてもらった。


結城と合流してからは、境内を少し散策した。茉莉は真っ白な鳩を見つけて、写真を撮ってからたわむれた。結城からは子供を見るような目で見られていた気がする。


さらに少し散策してから、茉莉達は境内を後にした。


「結城はこれからどうするの?」


「鎌倉駅に散策しながら向かって、そこからJRに乗って小田原辺りに行く」


「じゃあ、鎌倉駅まで一緒に行こうか」


「おう」


という感じで、鎌倉を少し散策することになった。


時計の針は9時頃を指していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る