第3話 湘南編2 『心の穴』
冬休み直前のこと。茉莉は待ち合わせのため駅の中のカフェにいた。
適当に注文したカフェラテを半分ほど飲んだあたりで、親友の風見涼乃が「ひさしぶり」と言って現れた。手にはキャラメルマキアートを持っている。
茉莉も「ひさしぶり」と言って頬を緩めた。
「髪、伸ばしたんだ。」
「うん。」
そんななんて事のない会話を交わしていく。前に会ったのは葉が赤く色づき始めたころで、茉莉の髪はまだ短かった。
「茉莉から会おうなんて言うの珍しいね。」
「そうだっけ?」
「そうだよ、茉莉が家から出たがらないから。」
涼乃は困ったような顔をしている。
「それで、茉莉から呼ぶってことは何か悩み事?」
「なんでわかるの?もしかして読心術?」
茉莉はそういいながら心底不思議そうな顔をした。
「家から出ないし学校だって今も終わったらすぐ帰ってるんでしょ?理由もなく私を呼んだりしないよ。そうでしょ?」
「それもそうか」
「それで、どうしたの?」
「笑わないで聞いてくれる?」
「内容によっては笑っちゃうかも。」
「それじゃあ困るよぉ。」
茉莉は少しふくれっ面になって言った。
少し間をおいて、茉莉がみぞおちのあたりに手を当てて
「心に穴が開いたみたいなの。」
と言った。
涼乃はきょとんとした顔で数秒間静止した後、それでも返す言葉が見当たらないのか、「え?」としか言えずにいた。
茉莉は自分の説明不足にすぐ気が付いて、詳しい話をし始めた。
「10月も終わるころかな、なんだか心に穴が開いた感じがして……ああその、ほんとに空いたわけじゃなくて、そう感じるってだけの比喩表現みたいなものなんだけど……虚しさとか、寂しさとかともなんか違う気がするの。」
「原因とかはわからないの?」
「うん。ちゃんと友達も作れてるし、勉強だってそこそこできてるし。何も精神的につらいこともないよ。」
「そっか……。」
「それで、どうすれば治るかなって相談をしてみようと思って。ごめんね、いきなり変なことを言っても困るよね。」
「困りはしないけど……。」
と涼乃は言っていたが、茉莉には心底困った顔をしているように見えた。
二人は無言で自分の飲み物に口をつけた。
少しして涼乃が
「最近外には出てる?」
と聞いてきた。
茉莉はいきなり短絡的な質問をされて少し驚いたが、すぐに
「学校へ行くとき以外は確かに外に出ていないかも」
と答えた。
「それじゃあ、どこかに出かけるっていうのはどうかな。心は弱ってるかもしれないけど、体はまだ大丈夫でしょ?」
「うん、このとうり元気いっぱい」
茉莉は胸をポンと叩いた。
「でも、どこに行けばいいのかな。せっかくどこかに行くのならちょっと遠くに行ってみようかな」
「それなら……」
そういうと涼乃はおもむろにスマホを取り出して何かを調べだした。しばらくして、茉莉に「鶴岡八幡宮」と書かれたサイトを見せた。「ここはどう?」と言いながら。
茉莉は少し不満げな顔をした。
「これ、涼乃の趣味じゃないの?」
「それもあるけど、これから年末でどこにも行けないでしょ?それなら年が明けてゆっくりできてから初詣、っていうのもありかなって。お参りしたら、もしかしたらその心の穴、治るかもよ?」
「それもそうか……」
と一旦は納得したが、すぐに困った顔をして
「初詣シーズンなら人いっぱいいるんじゃない?人いっぱいいるところはさすがに嫌だなあ……、」
「ちょっと時間をずらせば……十日くらいたてば人もいなくなるよ。」
「それって初詣っていうの?」
「その年で初めて神社にお参りしたらそれが初詣だよ。それがいつでも関係ないみたい。極論、8月に初めて神社に訪れたら、それが初詣。」
「本当にそういうの何でも知ってるね!尊敬。」
感心した様子で茉莉は言った。
「数少ない趣味ですから」
と涼乃は自慢げに返した。
「鶴岡八幡宮の参拝が終わったらどこに行けばいいのかな。」
「近くには有名な神社仏閣もたくさんあるし、そういうのも……。」
涼乃がそう言い終わる前に茉莉は、
「近くには海があるんだって!あ、江ノ島もいいなあ!」
とスマホを見て楽しそうにしていた。
「興味なしですか……。」と小声で言ったあと、茉莉の方を改めて向いて
「行きたいところは自分で探して、自分で行くのが一番だよ。私が言った通りの場所に行っても面白みがないでしょ?」
「それもそうだね。」
「だからある程度行きたいところに目星をつけて、そこを回ってみるといいよ。現地では思いがけない風景とか場所とかに出会うことができるかもしれないから、あんまりしっかり計画を立てるのはお勧めしないよ。」
「行きたいところ、か……。」
そういうと茉莉はスマホのメモに鶴岡八幡宮と海、そして江ノ島を書き込んだ。
「俄然外に出る気が湧いてきたよ!ありがとうね、涼乃。」
「どういたしまして。」
涼乃は笑顔でそう返した。茉莉はその笑顔にこれ以上ないほどの安心感を感じた。
「そういえば、さ。」
涼乃がキャラメルマキアートをすべて飲み干したあたりでそう切り出した。
「ん?」
「拓也、元気してる?」
「さてはそれを聞きに来たね?」
「バレたか」
涼乃はずこし恥ずかしそうに言った。涼乃が言っていた「拓也」とは、茉莉と同じ学校に通っている蘇我拓也のことで、二人の共通の友人でもあり、そして、涼乃が長年想いを馳せている相手でもある。
「隣のクラスだしそんなに見る機会はないけど、私が見たときには大体寝てる。」
「そっか。平常運転だね。よかった。」
「そうやって安心してると他の人に取られちゃうよ?」
少しからかうようにして茉莉は言ったが、涼乃は深刻に捉えているようだった。
「そうしたらどうしよう……。」
「そうなる前に打ち明けたらいいって何回も言ってるのに……。」
「そうなんだけど、なんかね。今の関係壊しちゃうの不安というか……」
涼乃は言葉の最後の方で口ごもってしまった。仕切りなおして、言葉をつないだ。
「そうなることは拓也のことだからないってわかってるけど、やっぱり片思いの年数が多すぎたかな。」と先ほどとは打って変わって自嘲的な笑い方をした。
「私からはもう何も言えないよ?言いたいことはもう言い切ってるし。あとは少し涼乃が勇気を出すだけなんじゃない?」
「私、男の人好きになったことないからわからないけど」
と予防線を張りつつ、茉莉は自分なりに涼乃を励ました。
涼乃は少し安心したのか、「うん、お互い頑張ろうね」とまた柔らかい笑顔に戻ってそう言った。
そのあとは、涼乃がおかわりしたキャラメルマキアートと茉莉がゆっくり飲んでいたカフェラテがなくなるまで、最近起きたことなど、他愛もない話に花を咲かせてから、茉莉たちはカフェを後にして、別々の帰路に就いた。
車内の自動放送が茉莉の意識を現実に引き戻した。どうやらまもなく茉莉がいつも通学に使っている浦和に停車するそうだ。
旅はまだ始まったばかり。
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