第6話

月曜日の朝。

普通の人は仕事だが、シフト制の私は今日は休みだ。

『仕事行ってくるね。』リビングのテーブルの上に置き手紙があった。

優介のこういう細やかな所が好きだった。

今は騙されないけど。

今日は友人の佳菜と会う約束をしている。

佳菜は素敵な旦那さんと子供1人に囲まれて、仕事もバリバリしていて、とても羨ましいと思う。

何の問題もない家族だと思う。

私と優介も子供が欲しかった。

だけどどうやっても出来なかった。

私は1つ精神安定剤を飲んでいる。

そのせいで子供が出来ないのだと義母に言われた事がある。

私もそうかもしれないと思った。

それでも私はそのたった1つの安定剤がやめられなかった。

それがないと生きていけなかった。

今もそれは変わらない。

私は薬がないと人間として生きられない。

でも薬があっても人間として生きられないひとよりはマシだと思う。

喫茶店に入るともう佳菜がいた。

佳菜は約束の10分前にはそこに来ている。

私はいつも5分前に行くので遅刻した事はない。

「久しぶり」

「久しぶりね。先にコーヒー飲んでた」

「いいよ」

私は佳菜の前に座った。

ウェイターを呼んでコーヒーを頼んだ。

佳菜は2杯目を頼んだ。

「珍しいね。話したい事があるなんて。2人目でも出来た?」

私がそう聞くと佳菜の目が見開かれた。

当たったのだろう。

「何で分かったの?」

「たまたま。言った事が当たっただけ。おめでとう」

私は笑った。

佳菜の表情が暗い。

「どうしたの?暗い顔して」

「仕事。また休まなきゃいけなくなると思って」

「そんな事……」

口に出して、しまったと思った。

佳菜は仕事が生きがいの人だ。

仕事をそんな事なんて言われたくない筈だ。

「そうよね、そんな事よね」

怒ると思っていたら佳菜の顔は穏やかだった。

佳菜はその後なんでもない話ばかりをした。

本当に言いたい事をひたすら隠している様子だったが、私は敢えて聞かなかった。

「今日はありがとう」

「ううん」

「じゃあね」

「じゃあね」

きっと佳菜は『子供が出来ない人もいるのに仕事なんて言ってる場合じゃないわよね』と言いたかった筈だ。

だけど私に子供がいない事を知っているから本音を言えなかったのだ。

佳菜は人選ミスをした。

子供の事を相談するには私は向いていない。

私は何か寂しくなって昨日の駅へ向かった。

昨日の青年に会いたくなった。

だけどいつまで待っても青年は現れなかった。

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