第4話 恋するババア


「笠間せんせー!」


その声なら、振り向かなくても分る一之瀬君。由香里は早くも胸がドキドキしていた。


「な、何でしょうか?」

「痩せました?」

「ど、どうして?」

「いやあ、なんか、後姿がすっきりしてたから、へへへ」


ジムに通い始めて2週間、3キロ痩せたが、夫ですら気がついてくれないのに、それを、それを……由香里は嬉しくて嬉しくて、子供のようにピョンピョン跳ね回りたいくらいだった。


「あの、あの、スポーツ・ジムに通っているんですけど……」

「凄げえなあ、結果にコミットか」

「ち、違う、ただのスポーツ・ジムよ。それより、しぃー」


褒めてくれるのはいいが、一之瀬君は声が大きい。由香里は他人に聞かれてはと、口に指を当てると、彼も「いけない、いけない」と小声に変わった。


「どこのジムですか?」

「た、たいしたところじゃないのよ。市民体育館」

「へえ、あそこですか。あの、僕も一緒に行っていいですか?」

「い、い、一緒!」


天にも昇る気持ちとはこのことか、由香里は思わず頭のてっぺんから声が出てしまった。


「笠間せんせ、しぃー、ですよ」

「あ、そ、そうね、くくっ」

「へへへ、来週、いいですよね?」


由香里はまたも甲高く「はーい!」と言ってしまい、慌てて、自分で「しぃー、よね」と口に指を当てていた。


「受験の女神様」は今や「恋するババア」になっていた。

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