第19話 Daylight【デイライト】 その7

たもつ!」


 玲央はなりふり構わずに叫んでいた。

 すでに礼美の裁――ブレイキングハイドの触手は存の全身を拘束している。

 玲央が焦ったのは、触手が首にも巻かれていて、ギリギリと力を込めていたからだった。


「状況は分かるな? 俗に言う『動くな』って奴だ。変な動きをすれば、この存を殺す。剣だけがブレイキングハイドの武器と思うなよ? 触手にちょっと力を込めるだけで、首の骨くらいは簡単に砕いてやれるからな」


 礼美が言い、玲央が鼻で笑った。


「……ゲスが。何をするかと思えばくだらない脅しか? 何をしても私に勝つことが出来ないと言う事が、まだ分からないのか?」

「違うよなぁ! 私が分かったのは、この存がお前にとっての弱点だと言う事だ! ほら、こいつを殺されたくはないだろう?」


 存が、まるで掲げられるように持ち上げられ、苦しそうに喘いだ。

 玲央が舌打ちし、礼美は笑う。


「ハハハハハ! よっぽど大事らしいなぁ!」

「貴様、何が狙いだ?」

「狙い? その前に教えて欲しいことがあるんだけどさ」


 礼美は玲央の指摘に答えず、逆に質問を返した。


「この存とか言う少年は何者なんだ? 裁が使える上に、も持ってやがる。今、お前も見られたよな? 見られたんなら、分かるだろ? お前にとっても、よっぽど大事と見えるしな。でさ、一つ、お前に話があるんだが、どうだ?」

「……話だと?」

「交渉だよ。お前にも利がある話だ」


 いったん言葉を切ると、礼美は楽し気に次の言葉を吐いた。


「この少年、私にくれよ。そうしたら、組織にお前の事を黙っててやる。ついでにそこで寝てるロリガキもだ。乃原の死因だって、上手く理由をつけてごまかしてやる。悪い話じゃないだろう?」

「……存を連れ帰って何をするつもりだ?」

「決まってんだろ。私はこいつを気に入ったんだ。ゆっくり、じっくり愛して、私のモノにするんだよ」

「ショタコンの変態が」

「好きなだけ言えよ。それで構わないからさぁ」


 言いながら、礼美は顔をしかめた。

 思い出したかのように脇腹の裂傷に触れて、その傷の深さを確かめている。


「くそっ、痛え。お前に斬られた傷が痛えよ。お前は良いよなぁ。その裁、デイライトって言ったっけ? 傷が治るんだろ? 死んでも、平気なんだろ?」

「平気だと? ……いや、くだらないことを話すつもりはない」

「くだらない?」

「お前とお喋りをするつもりは無いと言ったのだ」


 玲央が、強い視線を礼美に投げかけていた。

 礼美は、その態度が気に入らない。


「おい、何だそれは。何なんだ、その眼は。状況が分かってるのか? ……何で、裁に剣を構えさせてるんだよ! 逆らう気配を見せるな! 存が死んでも良いって言うのか? てめぇはよ!」


 玲央は、礼美の脅しに全く屈していなかった。

 デイライトに剣を掲げさせると、言った。


「私が……その程度で引くと思うか? お前を殺すと言う事以上に重要なことが、他にあるとでも?」


 目は本気である。

 これには強気だった礼美もたじろいだ。


「こ、殺すぞ、存を!」

「やってみろ。人を見る眼を持って無い私でもわかることだ。お前にとって、その存がどういう存在なのか」

「何を……!」

「お前に存は殺せない」


 言うなり玲央が前進し、デイライトが突撃した。

 すぐさま存のバーサーカーが動き、応戦を始める。

 マインズクラフターの自動操縦である。

 存が指示した迎撃命令がまだ生きていたためだ。


 しかし、礼美の脅しの通りなら、この隙に存の命は無かった。

 すぐさま触手で首の骨が折られているはずである。

 しかし、やはりと言うべきか、礼美は存を殺さない。

 存の拘束を解き、時間を稼ぐかのように戦っている玲央の方へ投げ飛ばした。


「くそったれが……!」


 脅しても意味は無いとなれば、礼美に残っている手段は一つだけである。

 礼美は、突進してくるデイライトと玲央の姿を見ると身を翻し、迷いもなくブレイキングハイドの口の中に逃げ込んだ。


「礼美、さん」


 最後。

 地面に体を打ち付けていた存が呻くようにして名前を呼び、礼美がその顔をチラリと見た。

 視線と視線が交じり合い、一瞬。

 何かを言いかけた礼美は口をつぐみ、口の中に完全に入り込むとブレイキングハイドを透明化させていた。

 すでに準備はしてあったのだろう。

 姿が消えるのは早かった。

 この時、バーサーカーをデイライトの剣で斬り捨てていた玲央が慌てて叫ぶ。


「存!」


 すぐさま玲央は存のそばに駆けつけて、そのまま全方位に意識を放つと、ブレイキングハイドの攻撃を警戒した。


「存、動けるか?」

「……はい」

「姿を消された。奴の攻撃が来るぞ」

「それは、ないです」


 存が自身の携帯端末型の裁、マインズクラフターを掲げ、その画面を示す。

 マッピングである。

 透明化しているブレイキングハイドを示す物だろう、赤い点が路地を離れ、画面の外へと消えていった。


「玲央さん。礼美さんは逃げました。ここにはいません」


 それを見た玲央は、一拍置いて答える。


「……それがお前の裁か。端末で周囲の情報を収集し、自動で戦う怪物を配置させる、か。なるほど」


 マインズクラフターの能力を見ただけで把握した玲央は、マップに自分たち以外の表示が無いことを再び確認し、敵に逃げられたのだと納得した。

 同時に、怒りの感情を隠しもせずに存に言う。


「しかし、なぜ敵を守ったりした? 自分が何をしたのか分かっているのか? あいつが仲間に連絡すれば、我々全員が敵の組織に認識される! 死ぬんだぞ! お前も! 路時も! 分かっているのか?」


 だが、存は冷静に、ハッキリと言うのだった。


「大丈夫だと思う。あの人はもう、。それに、仲間に連絡するくらいだったら、自分の手であなたと決着をつけようとするはずだから。あの人には、強い執着心があった。玲央さんへの。そして僕への」


 ――人を見る眼。

 玲央は存から視線を外し、存がそれを不思議がってその顔を覗き込む。


「私を見ようとするな」


 言いながら、玲央は想った。

 出会ったばかりの時は全く姿を見せなかった才能。

 目覚めたばかりだからか、力の強さは安定していない。が、やはりこれは『人を見る眼』だ。

 他人を理解する力の気配。

 しかも、これは自分が殺害した乃原よりもずっと強い。

 恐らく、存が本気で使おうと思ったのなら、自分を偽ってごまかすことも出来ないだろう。


 一体、いつ目覚めたのか。


「……玲央さん?」

「状況は理解しているな? 今のお前には特別な力がある。他人のことを理解する力だ。視線を交わらせた人物の人となりや考え方――心を知ることが出来る能力だ」


 唖然として何も喋れない存に、玲央は言った。


「聞いておくが、以前に同じ感覚になったことは?」

「ないです。今日、いきなり」

「なら、混乱するのも無理はない。だが、その能力は人が話したくないと思っていることも容易く暴く。『暴力』にも成りうる力だ。あまり使わない様にしろ」

「暴力? 誰かを傷つけたりなんて、僕は……」

「暴力だよ。裁と同様に、その能力は」


 玲央が存の言葉を遮り、否定した。


「それは一方通行で、一方的な、強制的に働く『理解』の力なんだ。見られる側は拒もうと思っても並大抵の事では防げない。お前もお前自身の秘密はお前が話したいと思う時、話したいと思う相手だけに話したいはずだ。そう言う事を、知ろうと思えば簡単に知れてしまうんだ。見られる側はたまったものでは無い。私も、見られたくはない過去がある。お前になら、私が言う事が分かるはずだ」


 存はようやく理解できた。

 同時に、紗亜那が言いたくないなら聞かないと誓った彼女の秘密を暴くことになるかもと怖くもなった。

 玲央の言葉は続く。


「悪人に関わらずに生きて来れた人間は稀だ。だから、その過去を覗き見て、他人の悪意に触れることは恐ろしい毒になる。そのせいで心を壊して道を踏み外した人間も私は見てきた。知り過ぎることが幸せであるとは思わないことだ。それに」


 言いかけて、玲央は首を振る。


「いや、細かい話は後にするぞ。いつまでもここにいたくない。移動するぞ」

「移動?」


 玲央は存のデバイスを指さした。


「お前の裁で周囲を警戒しておけ。あいつが私やお前に執着していると言うのなら、機会を狙っているかもしれない。奇襲で殺されるのは面白くないからな」


 存は、ただ頷いた。

 玲央は視線を動かすと、続ける。


「路時は大丈夫か? 先ほどから動きがない」


 存が慌てて紗亜那を確認すると、少女は気絶していた。

 何度も存を殺されそうになって、必死に気絶しまいと頑張っていたのだろう。

 グロテスクな死体が歩く光景もあった。

 多分、限界だったのだろう。


「路時さん?」


 存は駆け寄って、少女が呼吸をしていることを感じ取って安心した。


「路時は裁を破壊されたか? それも一度、二度ではないと見える。しかし、抱えている余裕はない。何とか起こせ。動くぞ」

「あの、動くってどこに?」

「ひとまず、身を隠す。この閉鎖区画から出ることも考えたが、それは敵も予想するだろう。だから、裏をかいて、この閉鎖区画に在る私の拠点に移動する。そこで数日、隠れるぞ」


――――――――――――――――――――


 一方、三人とは遠く離れた閉鎖空間の一角で、空志渡礼美が服を脱ぎ、その下に装着していたショルダーホルスターを外していた。

 服の下、脇腹に受けた切り傷に手当をするためである。

 ホルスターが重々しく地面に落ちると、礼美は自分の傷に触れて、痛みに喘いだ。


「ち、ちくしょう。ちくしょう!」


 傷は浅いが、軽傷で済ませて良いものでは無さそうだ。

 皮が裂けて、血が止まらない。

 動き回ったせいで、傷口が広がったような感覚さえある。

 しかし、剣があばら骨に当たっていなかったのは、不幸中の幸いである。

 礼美は、服を裂いて傷口に当てると、圧迫した。

 止血の試みである。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 気に入っていた服がボロボロになったための怒りだけでは、もちろんない。

 玲央に対する恨み言もあったが、それよりもずっとイライラさせるものが礼美にはある。


「私のモノに出来るはずだったのに、連れて帰れなかった!」


 失意。

 欲しいと思ったものを手に入れられなかったと言う自分への憤りである。

 そして、今の礼美の頭は存少年の事でいっぱいだった。


『僕は、あなたの味方だ。味方になりたいんだ』


 その言葉が染み入って、酷く傷が痛む。


「……何が、味方だ」


 どうして今になって自分を想い、助けてくれようなんて奴が現れたのか。

 知らずに目から涙がこぼれて、礼美は必死にそれを拭った。


「何が味方だ! 私が欲しいのは、そんな関係じゃないんだよ! 仕事のパートナーと、性処理の道具だ! なんだよ! それを分かってないんだよ、あのガキは!」


 許せなくなった。

 自分をこんなにも弱くする、あの少年をどうしても生かしておけなかった。

 しかし、同時に存が欲しかった。

 そばにいて欲しかった。

 こんなにも一人でいるのが辛くなったのも、全てあの少年のせいなのだと、礼美は思った。


 私の邪魔をしやがってと玲央にも怒り、同時に存に対しての執着がますます顔を出して来ている。

 一時は、少年を犯す寸前まで言ったと言う事にも気づき、貞操を奪えなかったと思えば、下腹部――股座も疼き出して余計に少年が欲しくなった。


 ふと、先ほど外したホルスターに銃が無い事に気づく。

 そう言えば、収納した記憶もない。

 きっと先ほどの場所に落としてしまったのだろう。

 念のためにと持ち歩いていた弾倉。拳銃のマガジンを収納していた場所も、デイライトの剣がかすめたのか留め金が壊れて、消失していた。


 だが、それは些細なことだ。放置するのは確かにヤバいが、そんなものは後で回収すればいい。

 もちろん、あの三人に拾われていなければ、だ。

 問題は、ホルスターに仲間と連絡するための携帯端末があることに気づいたことだった。


「……ちっ」


 仲間と連絡をとるべきだろうか。

 もし連絡を取れば、組織から裁能力保持者による戦闘特化のチームが派遣されて存たちを追うだろう。

 最も、自分が定時連絡をしなければ、遅かれ早かれそうなるだろうが……


 礼美は思った。


(近場にいてすぐ来れそうな奴らと言えば、あの三人だ。どれもあのデイライトの能力を封じれる能力ではないが……あいつらが一斉に攻撃するなら、存とあのロリガキは死ぬだろうな)


 礼美は携帯端末を手に取り、連絡先の一覧を呼び出すと、その画面を見つめた。


 しかし。

 礼美の判断はもう、決まっていたいたのだ。

 それは、存が感じた通りの答え。

 礼美はその端末をホルスターから取り出すと地面に叩きつけ、ブレイキングハイドを実体化させると剣で乱雑に叩き続けた。


「あいつらに、存を殺させるか!」


 破片が飛び散り続け、もはや原型が判別が出来ないほど粉々になった後、礼美は言った。


「あの女。玲央とか言ったか。私に、存が殺せないだと? あいつは……存は私の物だ! 誰かに殺されるくらいなら、私が殺す! 他の誰にも殺させない! この手で抱きしめてからゆっくり殺してやる! 絶対に、私が殺すんだ! 絶対に!」

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